軍人の話
軍人の話
目が覚めた時は霧がかかったように頭がぼんやりして、
何も考えられなかった。
でも、時が経つにつれ頭がはっきりしてきて、
記憶を思い出してくると、身体が震えだした。
歯の根が合わなくてガチガチと音が鳴る。
涙が両目から絶え間なく溢れ出ていて、
ただ、恐怖に震えている。
ここがどこだとか、
男なのに見っとも無く震えて泣いているとか、
そういうことは、はなから頭にない。
ただ、ただ、
自分の感情には関係なく、身体が震える。
これは別に俺が恐怖を感じているのではなく、
目が覚める前の記憶が、自分が死ぬという、記憶だったからだ。
身体が条件反射でその記憶に対して恐怖しているのだ。
身体が恐怖に支配されて、ぜんぜん動かない。
それでも、力を振り絞ってようやく一言、声に出す。
「俺は―――生きているのか」
恐怖に支配された身体が作り出す声は、
心に反して、小さく、
頼りなかった。
でも、震えてはいなかった。
心の平静を表すかのように静かだった。
己の震えることしか知らないかのような身体と
静かで取り乱すことを知らないかのような平静な心が
とてもアンバランスだった。
だが、ふと思い、
今までのことが嘘だったかのように心を取り乱す。
自分が発した声を聞き、
自分が生きていることを改めて認識した。
今、俺が取り乱している理由は、自分が生きているという事実だった。
普通なら、そこは安堵するべきだが、自身としては自分が生きているという事実は恐怖に値することだった。
いや、正確に言うとするなら、生きているということに恐怖しているのではない。
自身が生きていることから推測される自分の未来に対して恐怖しているのだ。
でも、どこかで、そんな自分を冷めた眼で見つめる俺がいた。
俺がいた国は今、戦争をしている。
俺は軍人だ。はやく国に戻り、国を守らなければ。
そのこともどこか遠くて、まだ眠っているかのようにぼんやりと思っていた。
でも、あることに思い至って、『帰りたくない』と強く思った。
俺はもう、死んだとされているだろうから。
もし、そうでなくても、戦争に参加して死ぬだけだ。
俺の国はもう負けるんだから、さっさと白旗を揚げればいいのに。
フト、そう思った。
運悪く、他国のスパイだと思われて俺は殺されるのかも。
なら、国に帰らなければいいのだ。
・・・・・・マイナス思考に陥っているな。
そうすれば、死ぬ必要はない。
だから―――国に帰りたいと思う。
心が矛盾している。
帰れば死ぬ。だが、あの国には、親友が、恋人がいる。
思い出が脳内を早足で駆け巡る。
せめて、彼らの安否だけでも確認したい。
そう、切に願った。そこからどんどん想いが溢れていく。
これは郷愁というものか。そして同時に帰ったら、帰った後を想い、身体が震える。
それでも、帰ろう。あの国へ。帰ろう。あの街へ。帰ろう。彼らのもとへ。
震えた身体を鞭打ち、引きずり、それでも帰ろうという想いで向かう。
信じてくれないかもしれないけど、俺はあの爆発で、あの戦いで、生き残ったんだって。
彼らは信じてくれるだろうか。
恐怖がないといったら嘘になるけど、彼らだけは信じてくれそうな気がする。
少し、自惚れ過ぎだろうか。しかし、他の人たちは信じてくれないだろう。
あんな、激戦地で戦って、あの爆発の中心地近くにいた俺が残っているなんて。
あの大爆発だ。
信じろって方が土台無理な話だ。自分なら信じられないだろう。
あの気のいい上官は死んでしまっただろうか。
死んでしまっているのだろう。
あの大柄だけどよく気が利くあの青年は死んでしまっただろうか。
死んでしまっているのだろう。
もう他に、誰も生き残ってはいないのだろうか。
誰も生き残ってはいないのだろう。皆、もういない。残されたのだ、俺は。
生き残っていて欲しい。
でも、彼らが、信じてくれるなら、俺は上官が、青年が死んでいてもいい。
酷い考えだ。それでも、藁にも縋る想いで思った。希望はもう、ないけれど―――
彼らが生きていれば、他はどうでもいい。本心でそう思う。心から、そう願う。
たとえ自分が殺されても、あの二人が平和で、幸せに生きていればいい。
帰りたい。彼らのもとへ。会いたい。彼らに会いたい。
笑顔を見せて欲しい。
理不尽なことも、悲しいこともなく、幸せに、笑って、生きていて欲しい。
希望を失くすことなく、純粋に、まっすぐに、生きて欲しい。
彼らを守りたい。だから、
帰ろう。あの国へ。帰ろう。彼らのもとへ。
「―――帰ろう。彼らのもとへ。たとえ、死ぬことになっても。」




