1-6: 食材と魔術制御
土の匂いが濃くなった森の入口。
昨日より葉が乾いていて、足元の感触が軽い。
大輔は腰に手を当て、深呼吸する。
> (“食材を消し飛ばす”とか、冒険者として最低だよな……)
昨日の森爆発事件は、本人にとっても傷が深い。
“魔術の威力”ではなく“食材消滅”が精神ダメージになっているあたり、精神は健康だ。
ミリアは横で笑っていた。 「今日は食べたい!」
欲望はいつも純粋だ。
ベルトンは剣の柄を叩く。
「今日は練習だ。ホーンボアは“命”だが、同時に“生活”だ。
倒すんじゃねぇ、“残す”んだ」
その言葉が、今日のすべてを定義した。
倒すではなく、残す。
“素材として確保する戦闘”。
大輔は思わず敬礼したくなった。
企業研修で聞いたような言葉だ。
「任せて。残す。絶対」
> (食材は守る。これは誓い)
昨日の惨事を思えば、誓いは固い。
森を進む。
空気が少し熱い。
草の香りが濃い。
ベルトンが手を上げる。
視線の先で、ホーンボアが木の根を掘り返している。
小石が跳ね、鼻息で土が舞う。
角に微弱な光。
魔力が脈動し、空気がピリピリする。
ベルトンが低く言う。
「真正面は昨日と一緒だ。
角が光った時が“突進”の前触れだ」
大輔は頷き、指先を見た。
昨日は大爆発。
今日は“狙撃”。
(拳銃の形=“集中”)
親指を立て、人差し指を伸ばす。
手のひらに“魔力”が流れるイメージではなく、“弾丸を一つ、心臓に通すイメージ”。
> (威力じゃない。速度でもない。
“一点だけ削除する”)
昨日“世界”を削った。
今日は“点”を削る。
> 一点の革命
大輔は小声で息を吐く。
「……《ファイアショット(狭域)》」
ピ。
空気が震えた。
次の瞬間――ホーンボアがふわりと膝から崩れ落ちた。
爆発はない。
煙もない。
穴もない。
ただ**心臓だけが“消えた”**という静かな終わり。
ベルトンが目を見開く。
「……やりやがった。消さずに仕留めた……!」
ミリアが跳ねた。
「すごい!お肉ある!!お肉あるよ!!」
昨日は涙目だったのに、今日は歓喜。
子供はいつでも結果評価だ。
大輔は頭を抱えた。
(……良かった……本当に良かった……
俺なんで昨日、森を全削除したんだ……?)
罪悪感と達成感が同時に押し寄せる。
解体。
木陰に敷いた布の上で、ベルトンが手際よくナイフを動かす。
赤い色が布に広がり、香りが濃くなる。
「心臓が丸ごと無ぇ……他は無傷だ。
俺でもこんなの見たことねぇ」
ベルトンの口調には、恐怖よりも尊敬が混ざっていた。
大輔の魔術は、破壊ではなく“選択”になった。
ミリアは大輔の袖を引っ張る。
「お兄ちゃん、次は頭!」
「……え?」
「頭だけ“ポンッ”って!」
嬉しそうに“残虐な要求”を言ってくる。
子供の発想は自由だ。
ベルトンが咳払い。
「いや、頭は……肉が減る」
ミリアは頷いた。
「心臓がいい」
(経済的判断!?)
大輔だけが混乱している。
練習は続く。
ホーンボアが一頭、また一頭。
爆発はない。
木々は揺れない。
森は生きている。
ただ、“一点”だけが消えていく。
【ピ。】
心臓が消える。
【ピ。】
脳だけが掻き消える。
【ピ。】
角の付け根だけが吹き飛ぶ。
ベルトンは粉塵混じりの息を吐く。
「……お前の魔術、何だ?」
大輔は悩む。
説明できない。
“術式”も“詠唱”もない。
ただイメージと結果だけがある。
でも、分かることが一つある。
「……アニメで見た“狙撃シーン”が基礎……です」
ベルトンが目を瞬かせた。
「アニ……何だ?」
「二次元……理論?」
「……二次?」
言語が通じてない。
けれど、“やり方”は通じている。
> 世界にない概念を“形”にしている。
拳銃の形。
引き金の感覚。
“狙う”という概念。
世界に存在しない道具を、
イメージだけで成立させた。
ベルトンは腕を組んだ。
「お前……魔術師じゃなくて、“何か別の職”なんじゃねぇか……?」
ミリアは嬉しそうに言う。
「ごはん職!」
大輔は即頷く。
「それです」
職業:ごはん職。
異世界初のハンター定義が生まれた。
日差しが葉を白く染め始め、影が短くなる。
布の上に、肉と骨と角が並ぶ。
大量のホーンボア肉が、食材として目の前に積まれている。
大輔は腰を下ろす。
握った手が少し震えていた。
(……これは、“魔術の訓練”であり、同時に“生活手段”なんだ)
革命は派手じゃない。
世界を覆す魔術は、まず食卓を支える。
それは――生活が革命の始まりという証明。
ベルトンは大輔の肩を叩く。
手は重いが、温かい。
「これなら……どこでも生きていける」
ミリアも頷く。
「食べられるね!」
生きる=食べる。
シンプルな式が成立する。
そして今日、大輔は一つの技を手に入れた。
> “森を消す魔術”ではなく、
“一点を削る魔術”
これが次に繋がる技術になる。
狙撃。
精密破壊。
“点”の魔術。
革命は小さく始まる。




