2-1: 風が多すぎる
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ホーンディア(黒角)襲来は村人に恐れられる災害でした。
無事討伐できたことで、一安心かと思いきや…
ここから2章スタートです。
フェルミナ村の天気は、
どうにも落ち着きがなかった。
強い風ではない。
肌を刺す冷えもない。
それなのに――
空の色が、ひとつに定まらない。
灰色とも白とも言えない雲が、
低い位置で重なり合っている。
厚みはあるのに、切れ目が多く、
そこから不自然な明るさが漏れている。
雨が来そうで来ない。
晴れそうで晴れない。
その中途半端さが、
妙に神経に触った。
屋根の上では、
風が一定の方向を持たずに渦を巻き、
干してある布同士が絡まり合っている。
煙突から立つ煙は、
真っすぐ上がらない。
途中で折れ、
引っ張られるように横へ流れ、
また上へ逃げていく。
大輔はローデ亭の前で足を止め、
その様子をしばらく眺めていた。
眉間に、自然と皺が寄る。
「……嵐、来そうだな」
独り言のような声だった。
薪を抱えたまま、
ベルトンも同じ空を見上げる。
「降るか?」
短い問い。
天気の話だが、
それだけではない響きがあった。
「分からん」
大輔は首を振る。
「でも、
降りそうで降らないやつだ」
しばらく、
二人とも黙る。
ベルトンは鼻を鳴らした。
「一番厄介なやつだな」
その言葉に、
大輔は小さく頷いた。
経験則だ。
畑仕事でも、狩りでも、
旅の途中でも――
こういう天気は、
何も起きないか、
あるいは“まとめて起きる”。
理由は分からない。
だが、備えたくなる。
体が先に、そう判断してしまう。
ギルドの建物では、
風に合わせて木が軋む音を立てていた。
掲示板の前で、
アリサが一枚の依頼書を貼り直している。
紙は、
四隅を金属製のピンでしっかり固定されていた。
普段なら、
木製の留め具で十分だ。
だが今日は違う。
風が吹いても、
その紙だけは、
微動だにしない。
> 《討伐依頼》
高空魔獣 出現確認
飛行個体・風属性
被害:家畜消失、農地被害
危険度:測定不能
アリサは貼り終えると、
一歩下がって全体を確認し、
それから短く息を吐いた。
「……まだ“名前”が付いてません」
声は低い。
事務的だが、
どこか慎重だった。
大輔は紙から目を離さずに言う。
「高いところを飛ぶやつか」
「推定ですけどね」
「家畜が消えて、畑が荒れてる」
大輔は淡々と続ける。
「地上じゃない」
それだけだ。
根拠は、被害の形だけ。
推測であって、
確信ではない。
アリサは腕を組み、
少し考えてから言った。
「受けるなら、
村の上での戦闘は禁止です」
「分かってる」
即答だった。
「本当に?」
疑うというより、
確認だ。
「建物壊したら、
肉運びが面倒になる」
その返答に、
アリサは一瞬、言葉に詰まった。
説教でも、反論でもない。
ただ現実的すぎる。
「……無事に戻ってください」
結局、
それしか言えなかった。
「努力はする」
いつものやり取りだった。
ローデ亭に戻ると、
ミリアが桶の前にしゃがんでいた。
洗い物の途中らしく、
水面には細かな泡が浮いている。
その水が、
時折、ぴくりと揺れた。
誰かが触ったわけではない。
風でもない。
「ねえ、大輔さん」
「ん?」
「今日の天気、変」
大輔は手を止める。
「どう変?」
ミリアは少し考え、
言葉を探すように視線を泳がせる。
「雨じゃないのに、
空が重い」
子どもの言葉だ。
だが、妙に的確だった。
「いつもは、
上って“何もない”感じなのに」
ミリアは、
自分の胸のあたりを指で押さえる。
「今日は、
何か乗ってるみたい」
大輔は、笑わなかった。
(……子どもは、
説明しないな)
感覚のまま言う。
だから、余計に引っかかる。
ベルトンが腕を組む。
「飛ぶ獣か」
「多分な」
「厄介だぞ」
「分かってる」
言葉は短いが、
三人とも同じ方向を見ていた。
しばらくして、
書類を抱えたアリサが村外れまで来る。
「正式に受理しますか?」
大輔は頷いた。
「受ける」
「理由は?」
少し考えてから、
答える。
「この天気で放置すると、
あとが面倒になる」
回りくどい言い方だが、
本音だった。
アリサは、
それ以上聞かなかった。
「……無事に戻ってください」
「努力はする」
灯りが一つ、
また一つと点り始める頃。
村の上を、
雲がゆっくりと流れていく。
羽音のような音が、
遠くで混じった気がした。
気のせいかもしれない。
大輔は見上げず、
工具袋の口を締める。
革の音が、
やけに大きく聞こえた。
「今回は――
時間がかかりそうな相手だな」
空は、何も語らない。
ただ、
天気だけが、
確実に悪くなっていった。




