1-29: 角祭の夜に、私は泣いた
村の夜は、いつも暗い。
森が深く、月が細く、風が冷たい。
いつもは、焚き火ひとつで夜が終わる。
でも今日は違う。
夜が“燃えている”。
焚き火が十、二十、三十。
火は線になり、光は輪になって、
広場が炎の中に浮かんでいる。
笑い声、歌声、肉の焼ける音。
こんな夜、私は見たことがない。
私は、火の向こうで笑う子供を見ていた。
頭に角の冠を被って走る。
昨日、泣いて震えていた子だ。
――たった一日で、違う未来になった。
胸がざわついた。
堪えていた何かが溢れそうになる。
私はギルドの受付嬢だ。
村の誰より、村の不安を聞いてきた。
「鹿が畑を荒らす」
「森に入るのが怖い」
「子どもが襲われるかもしれない」
「角群が来たら村が終わる」
その言葉を、私は毎日受け止めてきた。
だから知っていた。
昨日――角の群れが村へ向かった時、
この村がどうなるか。
子供が泣き、老人が震え、
皆が“終わり”を覚悟した。
その“終わり”を――
たった一人が止めた。
狂気みたいな戦い方。
詠唱もなく、術式もなく、
指先から“何か”を撃って、
空を飛んで、群れを断ち切った。
私は理解できなかった。
けれど――結果が全てだった。
あの人は
> 「村を守った」
それだけが真実。
私は焚き火に一番近い席に座る。
手元の皿には鹿肉のステーキ。
塩だけで焼かれ、香りが強い。
噛むと少し涙が出そうになるほど美味しい。
隣を見た。
大輔さんが座っている。
空を見て、酒を飲んで、ぼんやり笑っている。
祭の中心にいるのに、
一番騒いでない。
まるで“自分のことじゃない”みたいに。
私は聞いた。
「……どうして戦ったんですか?」
大輔さんは答えを考える顔でもなく、
ただ普通に言った。
> 「飯がなくなると困るから」
私は固まった。
理解が追いつかない。
「……え?」
笑いながら続ける。
> 「ホーンディア食えるだろ?
もし群れに食い尽くされたら、
鹿ステーキなくなるじゃん。
それは困る」
私は言葉を失った。
誰かを守るためでもなく、
英雄になるためでもない。
賞金でも名誉でもない。
理由は――
> “飯が美味い方がいいから”
それだけ。
でも、だからこそ、私は深く理解した。
「……それが、村を守る理由になるんですね」
大輔さんは頭を掻いて笑った。
> 「生活が楽しい方がいいだろ?」
その言葉で――
胸の中の何かが壊れた。
私は泣いた。
泣きながら笑った。
戦争の後の涙じゃない。
英雄譚の涙でもない。
“生活が続く喜び”の涙だ。
誰も死ななくてよかった。
明日も畑がある。
ミリアはまた笑って走る。
ベルトンのシチューが食べられる。
それだけで――胸が崩れた。
夜は深く、祭りは続く。
歌が響き、角が飾られ、
火が燃えている。
私は涙を拭いた。
「大輔さん」
彼はこちらを見た。
「……この村は、あなたのおかげで“未来”を持てました」
大輔さんは笑う。
> 「未来なんて知らん。
俺の目標は、明日の晩飯だ」
私は答える。
「それで充分です。
明日があるって、奇跡なんです」
大輔さんは酒を飲んだ。
何も言わない。
でも――それでいい。
この人は“英雄”じゃない。
生活を守る人だ。
村を救ったのは、魔術じゃない。
“美味しく生きたい”という欲望だった。
それが一番強い。
焚き火が爆ぜた。
角が光った。
笑い声が空へ飛んでいった。
私はこの夜を忘れない。
角祭の第一夜。
村が未来を手に入れた夜。
そして――
私は決めた。
> この人の物語を、私が誰よりも見届ける。
ギルド受付嬢としてではなく、
この村で一緒に笑う人として。
夜空は深く、星は強い。
フェルミナ村の未来が、
火の色をしていた。




