1-2: 初級魔術≪ファイア≫
夜のフェルミナ村は驚くほど静かだった。
水車の回転が、かすかに文明の音を告げている。
異世界に来てまだ一日。
俺は村外れの草地で、剣士のベルトンとその娘ミリアに囲まれていた。
どうしてこうなった――と思うが、
考えるより先に“魔術の仕組み”への興味が勝っていた。
「悪いな冴島。ミリアを家に一人にするのは心配でな」
ベルトンがそう言うと、ミリアが眠そうに俺を見上げた。
「気にしないでくれ。こちらも興味がある」
正直に言えば、魔術がどう動くのか観察したかった。
子どもを気にする余裕もあるし、なにより“安全圏”の目撃者にもなる。
ベルトンは草地の中央で立ち止まった。
「ここなら何が起きても大丈夫だ」
その言い方は不安だが、たしかに人の気配はない。
「俺は剣士だから理論は弱いが、感覚なら教えられる」
そう前置きした後、ベルトンは胸に手を当てた。
「腹の下に“熱”があると感じろ。それが身体を巡り――手に至る。
そこで“ここだ”と思った瞬間に、《ファイア》だ」
ぽっ、と小さな火が生まれた。
蝋燭の火のように弱い。
しかし確かに“魔術による現象”だ。
ミリアが胸を張る。
「お父さん、ファイア得意なんだよ!」
ベルトンは笑った。
「生活魔術ならこれで十分さ」
生活魔術――
火をつける、草を焼く、調理の補助をする程度。
魔術がインフラとして機能していることがわかる。
俺は自然と分析していた。
熱源を“ある”と信じる
熱を“巡らせる”イメージ
手のひらへ誘導
詠唱は起動スイッチ
つまり、
魔術は精神イメージを現象化するシステム
ということだ。
ただ――問題がある。
人の“信じ方”には個人差がある。
イメージの強度も操作精度も曖昧だ。
それなら――
“俺のイメージ”はどう反映される?
「次は冴島、やってみな」
ベルトンが言った。
俺は深呼吸した。
腹の下に熱を“あるものとして扱う”。
プログラマー的に言うなら、変数の初期化だ。
熱が上がる。
流れる。
手のひらへ。
ここまではベルトンの言う通りだ。
だが俺の思考は自然と、
熱の集束と放出のメカニズムへ向かった。
“熱を帯びた気体が一点に集中したらどうなるか”
“圧縮率と解放ベクトルを固定したら”
“火は“炎”である必要すらないのではないか”
この世界は、理論ではなく“イメージ”で動く。
だから俺は――
ただ、自分の思う最適な形を思い描いた。
指先を軽く構える。
「《ファイア》」
刹那、空気が跳ねた。
白光。
衝撃。
音が遅れてやってくる。
地面が波打ち、風が渦巻き、
草地が一瞬で吹き飛んだ。
遠くの木々が、爆風に耐えきれず裂けていく。
視界が晴れた時――
そこには円形の荒野ができていた。
直径、およそ一キロ。
ミリアは尻もちをついたまま固まっている。
ベルトンは言葉を失い、その場に立ち尽くした。
俺は、自分の指先を見た。
熱はない。
痛みもない。
ただ、“結果”だけが世界に残った。
心の中で、冷静に整理する。
魔術は“世界側の仕様”を参照するのではなく
“術者のイメージ”を優先して現象化する。
そして俺のイメージは、
初級魔術の枠を完全に超えていた。
つまり――
“俺の思い描く現象”がそのまま仕上がってしまった。
ベルトンが絞り出すように言う。
「冴島……お前、本当に魔術師じゃないのか……?」
「魔術は知らない。ただ……
“こうなる”と考えたことが、そうなっただけだ」
ミリアが小さく呟く。
「なんで、こんな……?」
俺は荒野を見ながら答えた。
「世界が決めた“初級魔術の限界”より、
俺の中の“火の起こり方”のイメージの方が強かったんだろう」
世界のルールと、自分の頭の中のルール。
それがずれた時、優先されるのは後者だ。
つまり――
この世界の魔術は“イメージ直結型”。
そして俺は、
想像力に関してだけは昔から人より強い自覚があった。
ベルトンは震えながらも笑った。
「……とりあえず、生活魔術のレベルじゃないな」
「そうかもしれないな」
俺も笑った。
戸惑いと興味が混ざった、不思議な笑いだ。
俺は言う。
「ベルトン、もっと魔術のことを教えてくれ」
ベルトンは深く息を吐いた。
常識が壊れる光景を見たはずなのに、
恐怖ではなく“好奇心”に目を輝かせる男が目の前にいる。
そんな表情をしていた。
「……わかった。教えるよ。
だがまずは、出力を抑える練習からだ」
「それは確かに必要だな」
荒野になった森を見て、心から同意した。
この夜、静かな村の片隅で――
世界の仕組みを解析しようとする異世界人が一人、
新たな第一歩を踏み出した。




