1-28: フェルミナ村「角祭」
――鹿の夜、村に火が灯る
森は落ち着きを取り戻していた。
昨日、あれほど騒がしかったとは思えないほどに。
鳥の声が戻り、風が葉を揺らす。
だが――
村の中だけは、最初から違っていた。
カン、カン、カン――
乾いた音が、広場に響く。
誰かが木槌で角を打っている。
広場の真ん中。
大きなテーブルの上に積まれた“角”。
黒い縞模様の角。
白く輝く若い角。
曲がりくねった古い角。
素材屋カナトが声を張る。
「角は“戦いの証”だ!
祭で掲げる飾りにするぞ!!」
子どもたちが角に紐を通していく。
顔より大きな角を肩に担ぎ、誇らしげに笑う。
昨日までは、恐怖の象徴だったものが――
今は、手に取れる“誇り”になっていた。
> 災害が、恵みに変わる瞬間だ。
アリサは広場全体を見渡して指示を飛ばす。
ギルドの受付嬢は、いつの間にか進行役に変わっていた。
「男性陣は薪運び!!!
女性陣は調理の準備!!!
子どもは角飾りと果物!!!」
声が飛ぶたびに、村が動く。
誰も命じられた顔はしていない。
ただ――
動きたくて、動いている。
時間が進むにつれ、匂いが変わる。
ローデ亭の裏庭では、
すでに大鍋が三つ吊られていた。
鍋の中で、
ホーンディアの骨から取ったスープが静かに沸く。
灰汁が掬われ、
香草が投げ込まれる。
土の匂い。
森の匂い。
肉の甘さ。
ベルトンは額に汗を浮かべながら叫ぶ。
「今日は“味に遠慮はいらん!!”
食うぞ!飲むぞ!笑うぞ!!!」
その姿は、
いつもの温厚な料理人じゃない。
戦いを終えたあとの、
宴会を率いる男だった。
ミリアが跳ねる。
「お父さん!!
角シチュー!?角ステーキ!?
鹿串!?鹿ハンバーグ!?」
「全部やる!!新しい料理だ!!!」
村人たちの笑い声が重なる。
昨日まで“恐怖”だった獣肉が――
今は、笑いの中心にある。
空の色が変わるころ、
村の中心に一本の柱が立てられた。
その上に掲げられるのは――
黒角。
二叉に裂け、
黒い炎のような模様を帯びた巨大な角。
沈黙が落ちる。
誰に言われるでもなく、
村人たちが頭を下げた。
老人が静かに手を合わせる。
「この角は――
災いであり、恵みだ」
声が、わずかに震えている。
「鹿は森の恵み。
だが群れは村を滅ぼす。
それでも、この戦いで――
恵みは災いを超えた」
手を広げる。
「この日を――
“角祭”と呼ぶ!!!」
その瞬間、火が入る。
松明が灯り、
焚き火が燃え上がる。
角が光に照らされ、
村が一斉に息を吹き返した。
鹿肉の串が鉄板に乗る。
ジュワアアア――!!
脂が爆ぜ、煙が立ち、
香りが空気を満たす。
酔った行商人が皿を掲げる。
「こんな肉、王都にもねぇ!!!」
農夫が笑って返す。
「王都には森がねぇからな!!!」
子どもたちは角の冠を被る。
重たいのに、誇らしげだ。
「見て!!鹿王!!」
「俺の二つ角!!」
「私は花飾り付き!!」
布や花で飾られた角は、
完全に“宝物”になっていた。
踊りが始まる。
古い歌。
樽を叩く音。
子どもの笛。
大輔は串を手に、少し離れて眺めている。
> これが“祭”か。
ただ戦いが終わったからじゃない。
戦いを肯定し、未来に変える時間だ。
アリサが隣に来る。
「角祭は今日が第一回です。
でも……来年からは“伝統”になります」
大輔は頷いた。
「昨日なかったものが、
気づけば“当たり前”になる」
「ええ。
あなたの魔術と同じです」
ミリアが手を引く。
「大輔さん!!こっち!!」
焚き火の輪の中心。
角が輝く。
ベルトンが叫ぶ。
「この戦いで村を救い、
鹿を恵みに変えた男――」
歓声が爆発する。
大輔は困った顔で手を振る。
「俺は飯食いたかっただけだって」
ベルトンは笑った。
「それで村が救われたんだよ!!!」
時間はゆっくりと流れ、
食べ、飲み、笑い続ける。
子どもはこの光景を忘れない。
それが、文化になる。
焚き火の端で、大輔は空を見上げる。
> 「……生活って、こうやって出来るんだな」
火が爆ぜる。
あけまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




