1-27: 戦場は終わり、村が消える夜
大輔は地面に腰を下ろし、額に付いた土を拭った。
肺の奥に残っていた戦いの空気を、ゆっくり吐き出す。
視界の先――
森の奥から、フェルミナ村の灯りが揺れている。
火だ。
焚き火とランタンの光。
人の生活の色。
風の匂いが戻り、草木がざわつく。
夜が、完全に降りてきていた。
だが――
大輔の足元にあるのは、夜とは無関係な“量”だった。
ホーンディア。
鹿、鹿、鹿、鹿。
数十頭。
倒れ方が揃っている。
胸に小さな穴。
血はほとんど流れていない。
筋肉は張り、皮は傷んでいない。
> 「……あの時の俺、テンション上がりすぎたな」
呟いた声が、森に吸われる。
一頭なら背負える。
二頭なら無理。
三頭なら論外。
これはもう「獲物」じゃない。
村の規模を変える量だ。
戦利品でもない。
独占できるものでもない。
> 「……これ、資源だな」
大輔は立ち上がり、森に向かって大声を張り上げた。
「おーい!!
ベルトンさーーーん!!
人手いるーー!!」
声が反響し、
数分後――森の入口にランタンが揺れた。
走ってくる影。
肩に大斧。
ベルトンだ。
その後ろで、小さな足音が追いかけてくる。
「くそっ……!!
一人で先に行くんじゃねえって言っただろ!!」
息を切らしながら、怒鳴り――
そして、言葉を失った。
ランタンの光が、地面を照らす。
鹿。
鹿。
鹿。
見渡す限り、鹿。
戦場というより、
解体前の市場だ。
「…………は?」
ベルトンの声が、情けないほど小さかった。
ミリアが口を開いたまま、固まる。
「……え……
これ……全部……?」
大輔は気まずそうに頭を掻いた。
「まあ……
“戦闘の結果”というか……」
ベルトンは一頭に近づき、しゃがみ込む。
皮を撫で、筋を確かめ、鼻を近づける。
血の匂いがない。
内臓損傷もない。
料理人が一目で理解する“最良”。
> 「……一頭も無駄になってねぇ……」
声が震えた。
> 「こんな“死に方”、
狙ってできるもんじゃねえ……」
ミリアの瞳が、ぱっと輝く。
「お父さん!
これ……村のみんなで食べれるよ!!
今日、いっぱい!
いっぱいだよ!!」
その言葉で、大輔は腹を決めた。
ベルトンを見て、
まっすぐ言う。
> 「お願いがある」
料理人に頼む声だ。
冗談の余地がない。
> 「これ、俺の獲物にしないでほしい」
ベルトンが顔を上げる。
> 「村総出で運んで、
村総出で食おう」
> 「一人で持ち帰る量じゃない。
これは――この土地の獲物だ」
少し照れたように笑う。
> 「宴会しよう。
祭だ」
その一言で、空気が変わった。
森の入口から、
松明の列が現れる。
村人だ。
老人。
農夫。
行商人。
職人。
子ども。
誰も寝ていない。
アリサが先頭で走ってきて、息を切らしながら叫ぶ。
「村中に伝えました!!
“鹿の戦士”が帰ったって!!」
大輔が吹き出す。
「だからその呼び名やめろって!」
アリサは真剣だった。
「でも事実です。
村が救われました」
村人たちが鹿を見る。
誰も声を出さない。
沈黙のあと――
誰かが言った。
「……祭だ」
別の誰かが続く。
「村を救った鹿だ。
みんなで食おう」
ベルトンが、大斧を掲げた。
「よし!!
やるぞ!!
ローデ亭、大宴会だ!!」
怒鳴る。
「鍋出せ!!
薪割れ!!
塩持ってこい!!
樽開けろ!!
酒だ酒だ酒だ!!」
森が、一気に動き出す。
縄が掛かり、
男たちが鹿を担ぎ、
女たちが肉を切り、
子どもが角を拾って走る。
鹿は、村へ向かって運ばれていく。
一頭残らず。
ランタンの列が続き、
森から鹿が消え、
夜の森は――空っぽになる。
やがて。
フェルミナ村は、
その夜、人影が一つもなくなった。
全員が、ローデ亭に集まったからだ。
鍋が沸き、
鉄板が鳴り、
肉の匂いが村を満たす。
歌が始まり、
酒が回り、
子どもが眠り、大人が笑う。
大輔は焚き火の前で空を見上げた。
> 「……いい夜だな」
ベルトンが肩を叩く。
「おう。
村が空になるくらい、いい夜だ」
大輔は笑った。
> 「魔術で救ったんじゃない。
飯作っただけだ」
ベルトンは豪快に笑う。
> 「それが一番強ぇ」
炎が揺れ、
夜が更けていった。




