1-26: 王を撃て 〜空を使う狩り〜
黒角が踏み込んだ。
大地が沈み、
森が歪み、
空気が、低く悲鳴を上げる。
角が地面を抉り、
その衝撃だけで木々が揺れた。
> (……やっぱ、王だな)
大輔は空中で姿勢を制御しながら、
頭の中でいつもの“最適解”をなぞる。
ライトニング・バレット。
一点確殺。
ライトニング・スキャッター。
広域殲滅。
> (普通なら、散弾)
王相手なら、それで終わる。
確実で、速い。
だが――
一瞬、脳裏をよぎったのは、
鉄板の上で焼かれる肉の断面だった。
> (……これ、撃ったら終わるな)
雷弾が何十発も肉を穿つ。
裂け、壊れ、焼ける。
> (ステーキが、死ぬ)
その一文で、却下。
黒角が吠えた。
次の瞬間、
風が刃になった。
――かまいたち。
不可視の刃が連なり、
地面を走り、
空間そのものを切り裂く。
大輔はエア・フリーズで“床”を保ったまま、
身を滑らせる。
ギリギリ。
一歩でも遅れれば、脚が飛んでいた。
> (風属性か……)
しかも、洗練されている。
ただ振るうだけじゃない。
風を「待たせて」、撃ってくる。
> (やっぱ、真正面は無理だ)
黒角が、再び跳んだ。
鹿とは思えない速度。
かまいたちを纏いながら、
一直線に迫る。
> (……じゃあ、どうする)
大輔の視線が、上を向いた。
――空。
高い位置に、
まだ薄いが、確かに雲がある。
> (……雲か)
雷は、点を撃つ現象じゃない。
濡れた“場”を選んで流れる。
> (だったら――
先に、場を作る)
大輔は、わずかに笑った。
> (撃つのは……黒角じゃない)
大輔は、腰を落とした。
足元には、
いつも通りのエア・フリーズ。
風の円盤。
空中の床。
> (床は、そのまま)
踵の下、
一点に空気を集める。
圧縮。
方向固定。
逃げ場を、下へ。
> 《エア・ジェット》
ドンッ!!
空気が爆ぜた。
身体が、押し出される。
浮くのではない。
飛ぶのでもない。
ただ、
反作用で、上へ。
エア・フリーズが姿勢を殺し、
噴射のブレを抑える。
内臓は遅れない。
視界も歪まない。
> (……これなら、問題ない)
黒角が吠える。
かまいたちが、
空を裂いて追ってくる。
だが、届かない。
高度差が、決定的になる。
森が縮み、
音が遠ざかり、
湿気が、肌に張り付く。
雲に突っ込んだ。
白。
視界が、消える。
ここで――
ジェットを切る。
衝撃はない。
ただ、ふわりと。
エア・フリーズだけが残り、
身体は雲の中で
“止まって見えた”。
> (……よし)
濡れた空気。
水分が、髪と服に絡みつく。
> (場は、整った)
大輔は雲を突き抜け、
その“上”に出た。
太陽が眩しい。
足元には、白い海。
> (ここだ)
右手を構える。
親指と人差し指。
銃の形。
> 《ライトニング・スキャッター》
――黒角には、向けない。
雲の中心へ。
撃つ。
バリバリバリッ!!
雷弾が雲の中で散り、
同時に、空間全体へ広がる。
雲が、壊れる。
霧が、落ちる。
電気を含んだ雨が、
一気に地上へ降り注いだ。
黒角は倒れなかった。
だが――
動けない。
全身が濡れ、
筋肉が痙攣し、
脚が、震える。
かまいたちは消え、
風が、乱れる。
> (……よし、生きてる)
大輔は即座に下降する。
エア・フリーズを弱め、
自然落下。
最後に、
エア・ジェットで速度を殺す。
着地。
黒角の心臓が、
はっきり見えた。
> 《ライトニング・バレット》
タン。
一発。
黒角は、
静かに崩れ落ちた。
大輔は、黒角に手を置く。
温かい。
筋は締まり、
肉は、無事だ。
> 「……危なかった」
空を見上げる。
雲は、もうない。
> 「スキャッターは、
殺すために撃つもんじゃないな」
> 「場を作って、
最後に一点」
それでいい。
英雄じゃない。
戦争でもない。
> 「ちゃんと、食うための戦いだ」
森は、何も語らない。
だがその日――
空まで使う狩人が、生まれた。
黒角は、
最高のシチューと、
最高のステーキになる。




