1-25: 空を切り裂く雷
鹿は飛ばない。
――普通は。
だが、ホーンディアは違う。
地形という概念を、最初から無視している。
斜面も、倒木も、段差も関係ない。
跳ぶ。
前へ、横へ、そして――上へ。
森の中で、角の軌道が交差する。
一体の跳躍が、次の踏み台になるように、
群れは立体的に膨らんでいった。
前方。
側面。
背後。
空中という逃げ場は、いつの間にか――
檻に変わっていた。
> 「……なるほどな」
大輔は空中で身体をひねる。
恐怖はない。
だが、油断もない。
足裏に意識を集中させる。
風を“押す”のではなく、“ずらす”。
身体の軌道が、わずかに横へ流れる。
角が、数十センチ下を掠めて通過した。
> 「数は……問題じゃない」
呟きは、空気に溶ける。
問題なのは――
密度と継続だ。
右手を上げる。
親指と人差し指を伸ばす。
銃の形。
それは詠唱ではない。
構えだ。
> 「ライトニング・バレット」
タン。
乾いた音。
雷は、光らない。
閃光も、轟音もない。
ただ、結果だけが残る。
跳躍中の一体が、空中で崩れた。
筋肉が止まり、角が失速し、
地面へ落ちていく。
タン。
タン。
二体、三体。
雷弾は、直線だ。
曲がらない。
迷わない。
だから――
撃つのは“今”じゃない。
> ほんの一瞬先。
踏み込みの角度。
空気を裂く速度。
次に角が来る場所。
未来の位置を、頭の中で組み立てる。
妄想。
だが、それは演算だった。
タンタンタン――
音が連なる。
360度。
視界すべてが射線。
前を撃ち、
横を撃ち、
背後を撃つ。
身体が回転し、
風圧で姿勢が変わる。
だが、大輔は止まらない。
> 「動きが読めれば、撃てる」
鹿たちは速い。
だが、速いだけだ。
パターンがある。
癖がある。
同じ跳び方をする。
同じ距離で踏み切る。
だから――
当たる。
タン。
タンタン。
落ちる。
崩れる。
空中から、黒い影が次々と消えていく。
> (……楽だな)
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
だが――
その考えは、すぐに打ち消された。
終わらない。
倒しても、倒しても、
群れは止まらない。
前列が崩れても、
後列が押し上がる。
上を落とせば、
下から湧く。
> 「……数、多すぎだろ」
初めて、愚痴が漏れた。
地面を見る。
倒れた鹿たちが、
森に点々と転がっている。
だが――
その数より、動いている影の方が多い。
空気が重くなる。
風の流れが、乱れ始めた。
> 「……?」
違和感。
群れの動きが、変わった。
跳躍のリズムが、揃いすぎている。
まるで――
合図を待っているような。
その時。
森の奥で、
影が、動いた。
一体だけじゃない。
別格の存在感。
地面が、沈む。
ドン……
ドン……
踏みしめるたびに、
大地が悲鳴を上げる。
> 「……出てきたか」
声は、低くなった。
群れが、道を空ける。
角の壁が割れ、
中央に、黒い影が立つ。
大きい。
単純に、二回り以上。
角は二叉に裂け、
縞模様ではなく、
黒い揺らぎをまとっている。
呼吸一つで、
周囲の空気が震えた。
> 「……キング、か」
理解した瞬間、
背中に冷たいものが走る。
今までの鹿たちは、前座だ。
数で押すための、消耗品。
本体は――これだ。
黒角が、首を上げる。
その視線が、
真っ直ぐに大輔を捉えた。
> 見られた。
獲物としてじゃない。
敵としてだ。
次の瞬間。
地面が、爆ぜた。
黒角が跳ぶ。
鹿とは思えない速度。
質量を無視した跳躍。
角が、空を切り裂く。
> 「……来る!」
大輔は、空中で身構えた。
撃てる。
だが――
簡単じゃない。
この一体は、
今までとは、まるで違う。
空は、まだ戦場だ。
雷は、まだ切り裂いている。
だが――
本当の勝負は、これから始まる。




