1-22: 依頼がない日は、重たい話だけが残る
ギルドの扉は、開いていなかった。
掲示板には紙が一枚も貼られていない。
依頼札を留める木枠だけが、やけにきれいだ。
大輔は立ち止まり、首を傾げた。
「……休み?」
その瞬間、背後から声がした。
「はい。今日は“何も起きてない”ので、お休みです」
振り返ると、アリサがいた。
いつもの制服じゃない。
動きやすそうな服に、肩掛けの小さな鞄。
「珍しいな」
「珍しいですよ。
ギルドが丸一日“暇”なんて」
「それ、喜んでいいのか?」
「喜んでいいんです」
アリサは胸を張った。
「森が静か。
街道も平和。
討伐報告ゼロ。
行商人からの苦情なし」
一拍。
「最高の休日です」
「で、どうする?」
「昼ごはん、です」
即答だった。
「……ローデ亭?」
「はい。
家で食べる気分じゃなくて」
大輔は頷いた。
「奇遇だな。
俺もだ」
ローデ亭の扉を開けた瞬間、
ベルトンの声が飛んだ。
「お、今日は揃ってるな」
「今日は依頼がないんだってさ」
「珍しい日だ」
ミリアが椅子から身を乗り出す。
「アリサさん、今日はお仕事じゃないの!?」
「うん。お休み」
「じゃあいっぱい食べていい日だ!」
「そういう認識なの?」
席に着き、
運ばれてきたのは軽めのスープとパン。
鍋は小さい。
火も弱い。
ベルトンが言う。
「こういう日が続けばいいんだがな」
「続いたら続いたで不安です」
アリサは苦笑した。
しばらくは、
本当にどうでもいい話をしていた。
天気。
パンの焼き具合。
最近ミリアが覚えた字。
そんな中で、
アリサがふと思い出したように言った。
「……そういえば」
「ん?」
「今だから言いますけど」
スプーンを置き、少し真顔。
「私、大輔さんのこと、
最初から“普通じゃない”って思ってました」
「今さら!?」
ミリアが元気よく言う。
「知ってた!」
「お前は黙ってろ」
アリサは指を折り始める。
「最初はブラッディパイソンです」
「ああ」
「倒した報告は、別に珍しくないです。
でも――」
ちらっと大輔を見る。
「抱えて来た人、初めて見ました」
ミリアが勢いよく頷く。
「揺れてた!」
「揺れるな!」
「揺れるだろ、蛇だぞ」
ベルトンが腕を組む。
「俺もあれは腰やると思った」
「三日痛かった」
「言えよ」
アリサは続ける。
「次がホーンディアです」
「鹿か」
「普通は引きずるか、解体してから運びます」
「で?」
「肩に担いで来ました」
ミリアが誇らしげに言う。
「“今日の晩ごはん”って言ってた!」
「言った気がするな」
アリサはこめかみを押さえた。
「角付きの魔獣を担いで、
村を普通に歩いてくる人って……」
「いないよな」
「いません」
「二回言うな」
アリサは少し笑って、言った。
「その時、思ったんです」
「何を?」
「この人、
魔術師として異常なんじゃなくて」
一拍。
> 「生活感が異常なんだって」
大輔が吹き出す。
「ひどくない?」
「褒めてます」
「どこが!?」
ミリアが首を傾げる。
「でもお兄ちゃん、
重そうにはしてたよ?」
「してました」
アリサは即答。
「ちゃんと汗もかいてました。
余裕じゃなかった」
「だろ?」
「だから余計に怖いんです」
ベルトンが鍋をかき混ぜながら言う。
「魔物を“戦果”じゃなく
“食材”として見てるのがな」
ミリアが元気よく言う。
「食べれるかどうか、
いつも最初に言うもんね!」
「大事だろ」
アリサはスープを一口飲んで、言った。
「普通の冒険者は、
“倒したか”を報告します」
「うん」
「でも大輔さんは」
少し間を置く。
> 「重さと量の話しかしない」
沈黙。
ミリアがぽつり。
「……ほんとだ」
大輔は肩をすくめた。
「生活だからな」
アリサは頷いた。
「だから最近は、
“すごい魔術”より」
大輔を見る。
> 「何を持って帰ってくるかの方が気になります」
「ギルド的にそれどうなんだ」
「評価基準がずれてるだけです」
外は穏やかだった。
森も、空も、村も静か。
依頼のない日。
アリサはぽつりと締めた。
「……今思うと」
「ん?」
「魔物を抱えて来た時点で、
もう十分おかしかったんですね」
大輔は笑った。
「今さらだろ」
ミリアが元気よく言う。
「でも!
それでごはん増えたからいいよね!」
全員、黙って頷いた。
――依頼がなくても、
こうして食卓が回るなら問題なし。
ローデ亭は今日も平和だった。




