1-21: 一発で足りない時の答え
フェルミナ村のギルド掲示板には、
大輔が無意識に視線を逸らす依頼がある。
理由は単純だ。
> 食えない。
肉にならない。
料理にならない。
ローデ亭のメニューに載らない。
つまり――
優先度が低い。
そんな大輔の前に、
ある朝、アリサは一枚の紙を「すっ」と差し出した。
音がしない。
だが、嫌な予感だけは確実にあった。
「……こちらをお願いします」
大輔は紙を見る。
> 《依頼》
岩角群体駆除
※食用不可
※素材価値ほぼゼロ
※放置すると街道崩落の恐れあり
一秒。
二秒。
大輔は、ゆっくり顔を上げた。
「……これ、うまい?」
「食べられません」
即答。
間髪入れず。
慈悲なし。
「……じゃあ却下で」
「却下できません」
にこやかだが、
完全に逃げ道を塞ぐ声だった。
「いや、ほら、俺って生活魔術士だからさ」
「はい」
「食材になる魔物を優先的に」
「はい」
「つまりこれは……管轄外では?」
アリサは小さく首を傾げた。
「街道が崩れます」
「うん」
「街道が崩れると、行商人が来ません」
「うん」
「行商人が来ないと、塩と油が止まります」
「うん……?」
「塩と油が止まると――」
一拍。
「ベルトンさんが泣きます」
大輔は背筋を伸ばした。
「行こう」
早い。
判断が早すぎる。
アリサは少し驚き、
それから頷いた。
「……ありがとうございます。助かります」
「泣かれるのは困る」
「そこなんですね……」
アリサは念のため確認する。
「今回は……森、削りませんよね?」
「努力目標で」
「努力で済ませる規模じゃない気がするんですが!?」
「今回は食えないから、派手にしない」
「“派手にしない”の基準が信用できません!」
「前回よりは」
「比較対象が“森消失”なのが問題なんです!」
アリサは深呼吸した。
「……相手は群体です」
「うん」
「三体以上、一直線で突進してきます」
「うん」
「普通の魔術だと、一体ずつしか倒せません」
「うん」
「だから、複数同時に対処できる手段が必要で――」
大輔の目が、きらりと光った。
「散弾か」
「……今、嫌な単語が聞こえました」
「FPSの基本だろ?」
「ここは異世界です!」
「知ってる」
アリサは額を押さえた。
「……わかりました。
ただし、村から離れた場所でお願いします」
「了解」
「街道を壊さないでください」
「努力する」
「努力じゃなくて遵守してください!!」
「善処する」
アリサは椅子に座り直した。
「……もう行ってください」
「行ってくる」
そう言って、大輔はギルドを出た。
アリサはその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……なんで毎回、
“街道が無事ならいい”みたいな顔するんですか……」
開けた斜面。
ロック・ホーンは最悪の魔物だ。
岩と魔力が融合した角獣。
肉は硬く、臭く、
焼いても煮ても“岩の味”。
しかも――群れる。
三体。
一直線。
距離は中距離。
「……一発一体は、テンポが悪いな」
ライトニング・バレットは確実だ。
だが数が多いと時間がかかる。
大輔は、誰もいない森で呟いた。
「FPSなら……散弾だよな」
最初の試行。
雷弾を分割。
三方向へ同時発射。
――失敗。
弾道がばらけ、
木が砕け、
岩が欠ける。
ロック・ホーンは無傷。
「……違う」
角獣が動く。
地面が揺れる。
「散弾の本質は、散らすことじゃない」
突進。
「当たる“瞬間”が同じなんだ」
再構築。
雷弾を球状に展開。
空間にばら撒く。
そして――
同時収束。
時間差は限りなくゼロ。
指を構える。
「……《ライトニング・スキャッター》」
ドドドドドドッ!!
音は一つ。
だが結果は――
三体のロック・ホーンの体に、
無数の小さな穴が刻まれた。
胸、首、胴、脚。
散弾が走り抜けた痕跡。
悲鳴はない。
角を振るう暇もない。
三体は同時に崩れ落ちた。
地形被害なし。
街道無事。
大輔は死体を見下ろす。
「……うん、やっぱ食えない」
岩の匂いしかしない。
「でも処理としては満点だな」
戦闘用じゃない。
英雄譚でもない。
これは――
生活を詰まらせないための魔術。
ギルド。
報告書を読んだアリサは、静かに目を閉じた。
「……全滅」
「食えなかった」
「そこはもういいです!!」
彼女は帳簿に書き込む。
> 《ライトニング・スキャッター》
用途:群体制圧
備考:
・食用不可対象専用
・素材価値完全消失
・街道無事(最重要)
書き終えて、アリサはため息をついた。
「……ありがとうございました」
大輔は笑う。
「道が無事なら、それでいい」
アリサは思う。
> この人は、
魔物を倒してるんじゃない。
“生活の詰まり”を消している。
だから怖い。
だから助かる。
ギルド受付として、
これ以上に胃が痛くて、
これ以上に頼れる冒険者はいなかった。




