1-18: 雷は落ちない、撃つものだ
森の空気には“速度”がある。
ホーンディアが棲む森は、葉の揺れが違う。
風が細く、枝がピンと張り、音が少ない。
――静かすぎる。
生き物が「余計な動きをすると死ぬ」と理解している空気だ。
> (あー……これはいるな)
俺は木陰で立ち止まった。
鹿は臆病、というのは一般論だ。
ホーンディアは違う。
魔力を持った鹿は、この森ではボスだ。
獣たちは角の音を聞くだけで道を譲る。
闇の奥で、角が揺れた。
黒い角に縞模様の光が走る。
――ストライプ・ホーンディア。
> (あれを倒すと、今日の食卓が豪華になる)
人は恐怖より空腹で動く生き物である。
「よし……今日はステーキだ」
その一言が、完全なフラグだった。
森が、破れた。
風が爆発し、
次の瞬間には鹿が“跳んでいた”。
いや、飛んでた。
音を置き去りにして、
木を越え、地面を削り、一直線。
> (速っ!!)
反応した時点で距離はゼロ。
避ける? 無理。
盾? 持ってない。
詠唱? 間に合わない。
> (よし。予定通りだ)
俺は両手を上げる。
親指と人差し指だけを伸ばす。
銃の形。
「……これが一番落ち着く」
> 《ライトニング バレット》
名前を言うのはテンション維持用だ。
意味はない。たぶん。
瞬間、空気が回る。
土と風が擦れる。
微粒子が跳ねる。
静電気が集まる。
湿気が捕まる。
水滴が圧縮され、回転し――
> (弾になれ)
狙うのは未来。
鹿が次に“そこに来る場所”。
角。突進。心臓。
> 「タン」
……軽い。
拍子抜けするほど軽い音。
光はない。
雷っぽさもない。
派手さゼロ。
結果だけが、ある。
ホーンディアの胸に、
丸く、綺麗な穴がひとつ。
鹿は二歩走って、
「あれ?」みたいな顔で前に倒れた。
ズン。
森が揺れた。
俺は近づいた。
> 「……はい、完璧」
肉は無傷。
皮も無傷。
角は立派。
ステーキよし。
シチューよし。
祭りもいける。
> 「科学と二次元の合作、今日も勝利っと」
誰も聞いてない。
森だけが、なぜか納得した顔をしている。
問題はここからだ。
鹿、デカい。
蛇より軽いが、それでも人間の倍はある。
角と骨が立派すぎる。
> (……持てるか?)
持つしかない。
角を掴み、肩に担ぐ。
足が沈む。
> 「っし……!」
腰が悲鳴を上げるが、
気合で誤魔化す。
一歩。
また一歩。
> (これも戦闘の一部です)
村が見えた瞬間、声が飛んだ。
「鹿だ!!」
「ホーンディア!!」
ざわっ。
子どもが走る。
大人が集まる。
ベルトンさんが飛び出してきた。
「お、お前……それ……一人で……!?」
俺は親指を立てた。
「おすすめされました」
「誰にだ!?」
「アリサちゃんに」
ベルトンさん、頭を抱えつつ目がキラキラしている。
「肉だ! シチューだ! ステーキだ!!」
ミリアが跳ねる。
「すごい!! 今日のご飯なに!?」
俺は即答した。
> 「雷ステーキ」
誰も意味は分からない。
でも全員、うまそうだと思った。
少し離れたところで、誰かが言った。
「今、森で雷が鳴った気がした」
違う。
雷は――
> 落ちない。撃つものだ。
今日も一日、無事終了。
森は静か。
肉は確保。
村は賑やか。
大魔道士(自称)は、また一歩成長した。
理由は簡単。
> 飯がうまい方が、人生は楽しい。




