1-16: 科学と二次元は、今日も腹を満たす
フェルミナ村の朝は、空が高い。
森の輪郭がくっきり見えて、鳥の声が遠く響く。
村は静かだが、大輔の脳内だけは毎日が戦場だ。
「本日も晴天なり!」
声に出してみると、なんだか冒険者っぽい。
気分だけでも一人称視点の勇者。
実際は――飯のために戦う大魔道士(自称)だ。
今日はギルドへ向かう足取りが軽い。
理由は一つ。
> 新必殺技ができた。
しかも、名付けまで完了している。
> 《ライトニング・バレット》
――厨二病?
違う。
“理論名”だ。
(本人は本気で言っている)
ギルドの扉を押すと、受付嬢――アリサが顔を上げた。
「おはようございます、大輔さん」
もう敬語ではない。
最近は――
「アリサちゃん!」
大輔が満面の笑顔でそう呼ぶと、アリサはピクリと肩を震わせた。
「……ちゃん付け、定着しましたね……」
嫌じゃない。
むしろちょっと面倒くさいけど、嫌じゃない。
アリサはそういう顔をするようになっていた。
大輔はカウンターに身を乗り出して言った。
「今日も美味しそうな討伐、ある?」
依頼を探す基準がおかしい。
普通は「安全」「報酬」「難易度」だ。
大輔は――
> 「美味いか?」
そこ一点。
アリサは資料をめくりながら答える。
「はい、ありますよ。
ただ……今日のおすすめは、“ちょっと危ない”です」
「危ないってどのくらい?」
「ベルトンさんが泣くくらいです」
「あ、それはやめとこう」
判断基準が独特だ。
ベルトンが泣く=看板食材消滅
この村では、そういう方程式が通用する。
アリサが資料を整えて言う。
「で、今日は……どうしてそんなにやる気なんですか?」
大輔の目が輝いた。
「聞いて驚け。新スキルだ」
「……嫌な予感しかしないんですが」
「《ライトニング・バレット》。雷魔術だ」
雷。
この世界では、上級魔術の一角。
扱いを誤れば即死案件。
アリサは慌てて声を潜める。
「雷って……扱えるんですか!?大輔さん、魔力少――」
「任せろ。理論がある」
アリサは知っている。
大輔の「理論」は、
“二次元+科学=理論”という意味だ。
二次元も科学も理解できないが、おそらくとんでもなく危ない思考であることは確かだろう。
大輔は語り出した。
「まず、土魔法で微粒子を作る。
次に風魔法で高速回転させる。
摩擦で静電気を蓄積して電荷を作る。
そこに圧縮した水滴を通せば、誘導放電で貫く」
アリサの思考は止まった。
「……難しく聞こえますけど、要するに……?」
大輔は胸を張る。
> 「要はイメージだ!」
科学者と厨二病の境界線が消えた瞬間。
この男は本気で言っている。
「電気が一瞬で集まるイメージと、水滴を高速射出するイメージさえできれば、弾丸は生まれる。
万が一貫通しなくても、電流で心臓止められる。最悪、痺れで動けない」
アリサは気圧されつつ答えた。
「……戦いの説明じゃないですよね?それ。
完全に“料理の下処理の話”みたいです」
「命は素材」
「言い方どうにかなりませんか!?」
大輔は身を乗り出す。
「で、アリサちゃん。今日の“美味い素材”は?」
アリサは深く息をついて、資料を指で弾く。
「今日なら……この三つ」
紙に書かれた魔獣名は――
“ストライプ・ホーンディア”
“アカガネ・ロックビートル”
“ファイア・スラッグ”
「どれも美味しいと評判です。
ただし、どれも“難しい”です」
大輔は即答した。
「美味いなら行く」
アリサは頭を抱えた。
この人は、命に関する基準が“味”だけだ。
大輔は立ち上がり、指を拳銃の形に構える。
「今日は雷だ。二次元が現実になる日だ!」
アリサは言う。
「お願いですから、村ごと消し飛ばすのはやめてくださいね!?」
大輔は振り返り、真顔で言った。
> 「大丈夫。ベルトンさんが泣くことはしない」
それはこの村で、
一番“安全宣言”になる言葉だった。
――ライトニング・バレット。
今日、森に雷が落ちる。
理由は――ただ一つ。
> “美味い朝飯のため”だ。




