1-12: 美味しい魔物、募集中
朝、ギルドの前に立つ肖像が、ほんの少し変わった気がした。
「Eランク、おめでとうございます」
アリサが笑顔で言った。
カードには小さく“E”の印字。
これが、最近のホーンラビット討伐の成果らしい。
俺は思わずカードを何度もひっくり返した。
> (ウサギ狩ってたら、ランク上がっちゃった)
異世界らしい成長じゃないが、生活の結果としてのステップアップ。
妙に納得できる。
ランクは上がっても、中身はウサギ専門。
大魔道士の称号なのに、やってることは “ウサギ職人”。
人生、何が起きるかわからない。
気になってアリサに聞いてみた。
「ホーンラビットだけで、ランクって上がるんですか?」
アリサは、胸元に手を宛てて説明する。
「ホーンラビットは、農作物被害がとても深刻なんです。
食べる量も多いですし、繁殖も早い。
討伐が進むと、村全体が助かるんですよ」
つまり――
俺のウサギ狩りは、村の経済を支えていたらしい。
> (俺、もしかして知らないうちに“農業革命”をしてる?)
それはそれで面白い。
魔術の革命じゃなくて、食卓の革命。
アリサは続ける。
「なので、Eランク昇格は当然です。
正直、助かっています」
真面目な声。
少しだけ胸が熱くなった。
戦ってる自覚はなかったけど、誰かの役に立っていた。
それなら、ウサギ狩りも無駄じゃない。
それで、今日の依頼を考える。
俺がアリサに聞いた。
「今日はどうしようかな。
食料になって、練習になる“美味しい魔物”いません?」
返事が返ってくるまでの一瞬、アリサは目を瞬かせた。
この質問、普通は出ないらしい。
冒険者の基準は「安全・危険」だ。
俺は「美味い・美味くない」。
戦闘理由が飯なのは、どうやら異世界的に珍しいらしい。
アリサは苦笑しつつ、紙束をめくった。
「でしたら……少し遠いのですが、“ブラッディパイソン”はいかがでしょう?」
ブラッディパイソン。
名前からして“食べる前に戦う”魔物だ。
血の赤さが特徴だとか、毒を持つ個体もいるとか。
そして――
「行商人を襲って、荷物や食料の輸送を止めるんです。
最近、村に物資が届かないのはそのせいで……」
つまり、ブラッディパイソン=物流の敵。
倒せば、村にパンや香辛料が届く。
「倒すと、美味しいんですか?」
俺の質問に、アリサは目をパチパチさせた。
「えっと……食べた人からは、美味しいって聞きます。
特に骨の近くが……」
骨の近く。
ウサギと同じじゃないか。
つまり――煮込める。
スープになる。
肉が柔らかい。
> (可能性=シチューの新作)
戦闘動機:完全にローデ亭
アリサは少し心配そうに言った。
「でも、ホーンラビットよりは難易度が高いですよ?
体も大きいですし、動きも速くて……」
俺は笑った。
「挑戦してみたいです」
興味が勝った。
飯の力は偉大だ。
外に出ると、空気が少し冷たい。
森へ向かう道が、ほんの少し違って見える。
ウサギ狩りの日々が、今日から少し変わる。
ただ生活するために仕事していたのが、村の物流を守る仕事になる。
俺、人生初の“行商ルート護衛”らしい。
> (美味い魔物を倒せば、村に物資が届いて、俺もシチューが食べられる)
なんて美しい世界だ。
戦いが生活になり、生活が戦いに繋がる。
それがこの村の冒険者の形だ。
今日も魔術を使う。
指を構えて、狙って、“タン”と弾くだけ。
火の玉じゃない。
雷でもない。
詠唱もない。
ただ、“一点だけ壊す魔法”。
ウサギで練習した。
そして今日は――蛇だ。
> 「行くか、ブラッディパイソン。
美味しく頼むぞ」
そう呟いて、森の奥へ足を踏み入れた。




