1-10: 村の天敵。なにそれ?美味しいの?
土の匂いが少し薄くなって、風が畑の葉を揺らす季節になった。
朝の冷たさは短くなり、日が高くなる前に村の子どもたちの声が広がる。
この村の生活リズムに、俺もようやく混ざれるようになってきた。
ミリアが嫌がるほど野菜を持ち帰る日もあれば、ベルトンさんに「背中丸めんな!」と怒られる日もある。
つまり――“馴染んだ”ということだ。
最近の俺は、薬草摘みではなく、低ランク帯の魔物討伐を受けている。
と言っても、世界を救うような命懸けじゃない。
狩る相手は――ホーンラビット。
角が生えたウサギ。
可愛い見た目で、胃袋へ直行する機動兵器。
人を襲うことは少ないらしいが、農作物の被害が尋常ではない。
畑に穴を開け、芽を食い、根ごと持っていく。
村の農家にとっては、魔物というより“天敵”。
つまり――絶対に許されない可愛い奴だ。
ホーンラビットは小さく、速い。
そして跳ねる。
横に、縦に、斜めに。
俺の魔術訓練にはこれ以上ない相手だった。
> (小さい的を狙う=“一撃で仕留める”)
“森ごと消す魔術”しかできなかった俺にとって、
ホーンラビットは 「点」で仕留める練習台だ。
大輔、35歳。
大魔道士の称号を持ちながら、日々ウサギを狙撃している。
人生、何が起きるか分からない。
森の影が短くなり、草が乾き始める頃――
大量に仕留めたウサギを肩にかけて、ローデ亭に戻る。
ミリアは興奮して駆け寄ってくる。
「いっぱい!すごい!今日は角が四つ分ある!」
ウサギ二匹で角は二本だから――つまり二倍。
数字に強い子だ。
俺は笑って、半分をベルトンさんに渡す。
これは最近の習慣。
「訓練させてもらってるお礼です」と言ったら、
ベルトンさんは最初、無言で受け取ってくれた。
今では当たり前のように半分持っていく。
……俺も嬉しい。
ベルトンさんの目利きがあると、肉は二倍美味くなる。
素材の扱いが違う。
肉を“食材として扱う魔術”を持っている男だ。
ホーンボアもたまには倒しに行く。
ただ、最近はほとんど見ない。
理由は分かる。
> 俺が倒しすぎた
昔話のように言ってるが、昨日の話だ。
理想的な練習と思って、
角だけを消す練習、心臓だけを消す練習、脳だけを――
……色々研究していたら、ホーンボア地域一帯が静かになった。
ベルトンさんは膝から崩れて言った。
「うちの看板シチューがあああああ!!!」
ミリアも泣いた。
「ホーンボアのお肉……!」
俺は泣いた。
「……すみませんでした」
村全体が優しいから笑ってくれたけど、心の中では土下座し続けている。
その後、ホーンボアはめっきり見かけない。
野生動物にも“噂”はあるのかもしれない。
> (昔、この森には恐ろしい通り魔がいた……みたいな)
動物社会にも都市伝説が存在している可能性。
それでも、日常は回る。
村の子どもたちが畑を走り、商人が荷物を降ろす。
ベルトンさんは店の前で客を迎え、ミリアは草を踏んで笑う。
そして俺は――ウサギを狙う。
魔術訓練と生活が、同じライン上に乗った。
強くなるだけじゃ意味がない。
“村で生きる力”が必要だと知ったから。
いつの間にか、それがこの村での“冒険者の形”になっていた。
ステータスを見ると、相変わらず 能力:???
称号だけ立派。
大魔道士(ウサギ狩り)
長い称号になった。
でも悪くない。
むしろ、ちょっと誇らしい。
> 異世界生活の革命は、食卓から始まる。
今日もウサギを拾い、半分を渡し、食卓に並ぶ。
笑いがあって、肉があって、銀貨が少し増える。
これが最近の俺の日課だ。




