1-9: 大魔道士、地に伏す
昼の太陽は“殺意”がある。
森の中の影は薄く、草は膝に刺さってくるし、虫は常に目を狙ってくる。
Fランク依頼:薬草摘み
報酬:銀貨3枚。
難易度:ゼロ……のはずだった。
> (いやぁ……異世界って薬草摘むだけで稼げるのかよ、楽勝だな)
そんな甘いことを考えた自分を、縄で縛って木に吊るしたい。
現実:薬草は“似てる雑草”だらけ
ギルドで渡された小冊子を片手に、俺は膝をついていた。
> (色は同じ、形は同じ、匂いが違う?俺、犬じゃない)
例の薬草は“コモレ草”と言う。
薄黄色の花、小さな葉、ふわっとした輪郭。
……似たやつ5種類ある。
一日中、姿勢は“中腰 or 土下座”。
膝が悲鳴を上げる。
腰は別の生命体として独立しそう。
樹液が服について乾き、手は土で真っ黒。
俺、異世界に来て何やってんだ。
> (こういう時、異世界主人公なら――)
・鑑定スキル
・インベントリ収納
・採取速度UP
・地図表示
・モンスター索敵
・経験値うまうま
あるはずなんだよな?普通。
俺?
称号:大魔道士(意味不明)
スキル?無し。
鑑定?目視。
インベントリ?リュック。
サポート?虫。
虫が友達になった。
途中で何度も思った。
> (大魔道士って……何?)
ステータスを見る。
昨日から何度も見ている。
> ステータス!
………(期待の間)
能力値:???
称号:大魔道士
> (なんだよこの情報量ゼロのステータス!!)
俺、何をどうすれば“魔道士”としてふるまえるんだ。
社会性のある名前に見えて、中身がごっそり抜けている。
大魔道士……自己紹介で言えないランキング1位。
「え?なんの魔術が得意なんですか?」
→爆発するしかない。
ダメだろそれ。
夕方、かごいっぱいに薬草が集まった。
全部自力。
根性のみ。
森の影が長く伸びる。
腕には虫刺されの星座ができていた。
ベルトンは言ってた。
「薬草採りは“生活の基礎”だ」と。
その言葉が、今はよく分かる。
戦わなくても生きていける仕事。
命を賭けずに食える銀貨。
異世界でも、地道に働けば稼げる。
それは……悪くない。
悪くないけど、大魔道士は働かないイメージなんだよ!
ギルドで報酬を受け取る。
アリサが微笑んで言った。
「こんなに綺麗に採れるなんて……すごいです、大輔さん」
いや褒めるところそこ?
羊羹切った時のほめ方だよそれ。
俺は銀貨3枚を握りしめながら思う。
> (一日中、腰を犠牲にして、銀貨3枚……)
いや、現実的には十分価値がある。
宿代と飯代になる。
生活が繋がる。
でも――
“異世界主人公としては悲しい”。
今日一日で分かった。
この世界、俺の妄想二次元理論は戦闘でしか役に立たない。
日常はまったくチートじゃない。
鑑定もない。
インベントリもない。
薬草自動回収もない。
> 俺=手作業大魔道士
響きは強そうなのに、内容が農作業。
夜、宿に戻る途中でステータスを一応見る。
> ステータス!
能力:???
称号:大魔道士
なんのヒントもない。
> (なんてこった……)
称号だけ世界トップ、生活力はFランク。
このアンバランス、いつか致命傷になりそうだ。
でもその代わり――
今日一日、“生活”を学んだ。
魔術があっても、人は地面を掘る。
ステータスがあっても、草を抜く。
称号がなくても、働けば飯が食える。
その事実だけは、戦闘より大きい“生存技術”。
俺は銀貨3枚を鞄にしまった。
一日稼いだ、しっかりした重み。
たぶんこれは、魔術より強い。
……いや、魔術で楽できるなら、そっちがいいんだけど。
夜空に向かって呟く。
> 「俺の異世界、バグってない?」
風が吹く。
返事はない。
代わりに、虫の声が、やけに元気だった。




