あいさつをしていたら助かったかもしれない
挨拶って一番最初のコミュニケーションだよ、と思うこの頃です。
午後2時くらいにその青年は突然やってきて大声で話し始めた。担当だった自分が呼ばれて大急ぎで向かった。
「父の件はおかしいですって!もっとちゃんと調べてください!」
先日自宅で亡くなった父親の話だ。
「間違いなくお父様の件は事故ですし、証拠も証言も揃っています」
「でもこんなのあるわけないじゃないですか!」
最初のうちは淡々と説明を聞いているなと思ったのは父親を亡くしたばかりで憔悴していたのだろうか。あの時と同一人物なのかと疑うくらいには今目の前にいる青年は騒がしかった。
「司法解剖をして物的証拠も状況証拠も揃えて検証した結果です。それとも誰か犯人の有力候補がいらっしゃるんでしょうか」
「それは、その、これから見つけるというか、意外な人が関わっているのかもしれないじゃないですか」
先程までが嘘のように静かになった。心当たりもないし、見当もついていないのか。もしかしたら誰かに入知恵をされて勢いでここまできたのかもしれない、心の中でため息をつく。
しかし、本当にこの人の父親は不幸な事故だったのだ。もしかしたら避けられていたかもしれない事故だった。
帰宅中に転んで頭を打った。道路に血痕が残っていたのでそれは確実だ。そしてそのまま救急車を呼ぶなり病院に行くなりすれば助かったのかもしれないが、怪我に気がつかず処置することはなかった。市販の痛み止めを常用していたので痛みを鈍く感じていたのかもしれないし、痛み止めを飲んでいれば大丈夫と判断したのかもしれない。帰宅後も痛み止めを飲んでいたようだった。
転倒した後に近所の人に声をかけられていたことが聞き込みで分かった。その時に何か不審なことはなかったと聞いても近所の人は「なかった」というだけだった。何か異変があっても気づくことはできなかったのかもしれない。
「あの人いつも挨拶しても無視するのよね」
その人は自分も挨拶しないと負けたような気がする、と言って挨拶は欠かさないようにしていると語った。他の近所の人は挨拶を返さないので挨拶をしないと言う人がほとんどだった。そうだろう、10年以上挨拶返されなかったら自分だって挨拶をしなかったと思う。
帰宅して奥さんが何か気が付かなかったのかと聞いても同じような返答だった。
「あの人私がおかえりとか、ただいまとか、言っても返事しないんですよ」
そう、なんの返答もないことに奥さんもなんの疑問を持たなかったのだ。家でもそうなのか、とどこかこだわりめいたものを感じてしまった。
帰宅してすぐにシャワーを浴びて眠ったらしい。いつも同じようなルーティンなのかと聞いたら違うとのことだった。
「別にってしか言わなかったんです」
いつもそうなんです、と奥さんは続けた。どうやら夫婦は会話が少ないようだった。
そして、発見されたのが翌日の昼頃だった。
「朝起こそうとすると『子どもじゃないんだから自分で起きれる』と言われるので朝は起こさないんです」
その反論が子どもじみている。口には出さなかったが。
「でもお昼ご飯の用意をしないと怒るので昼前には起こすんです」
そこで息をしていない、頭部からの出血を発見したとのことだった。
もし近所の人の挨拶を返しているような人だったら近所の人も怪我に気づいたのかもしれない。もし奥さんの挨拶や声掛けにしっかり返答するような人だったら奥さんが怪我に気づいたかもしれない。
避けられたかもしれない事故だったのだ。
「ちなみに、挨拶しない人ってどう思いますか?」
「はあ?」
「いや、少し気になって」
「合理的でいいと思います。挨拶って無駄、挨拶するくらいならもっと他のことをしたらいいと思うんですけど」
この人が父親と同じことにならないことを祈るばかりである。
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