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村の名前

 そんなこんなで新しい家も建ち、アルマにも少しずつ仕事が増えてきた頃にジルグ達が帰還した。戻って来た兵士達は何かを掴んだような、やりとげたような顔をしていたが、行軍中は芋ばかり食べさせられていたせいか村に帰るや否や「芋以外のものが食べたい。」とこぞって訴えた。

 帰還した兵士達には一晩休んでもらい、新しく出来たジルグとアルマの家の前に集まってもらっていた。家の中でも数人であれば集まれるような広さはあったが、全員は入りきらないため、家の前に広場をを設けることで村の人たちが集まれる場所を作った。中央に石のベンチを作り、円形上に置くことで話し合いが出来るようにしてある。

 「それで、重大な話があると聞いたが…。」

 ジルグは村の人達に促され、中央付近のベンチに腰掛けていたが、何の用かと尋ねた。ケセルも興味津々でジルグの隣に腰掛けている。帰還したばかりの兵士達も不思議そうにしていた。

 ジルグは内心何を言われるのかとそわそわしていた。帰還してから、いつの間にか家や畑が新しくなっていたり、家の中には光石が置かれていたり、おまけに家の前には広場までできていた。帰ってきてからと言うもの驚きづくめだった。そんなジルグを囲んで、さらに重大な話があると聞かされたら、これ以上の何があるのだろうかと思っていた。

 こほんっと咳払いしてから話し始めたのは年長者のウルだった。

 「ジルグ様がお留守にされている間に気づいたことがあるのですが…。」

 「なんだ?」

 「この村にはまだ名前がありません。」

 「なんだと?」

 キョトンとするジルグに向かってウルはもう一度言う。

 「この村の名前を決めていただきたいのです。」

 ジルグは思いもよらなかった方向からの話に「うっ。」とたじろいだ。村の名前を決めることなど全く念頭になかったからだ。ジルグはぶっきらぼうに言う。

 「ふん、好きに決めろ。」

 そう言って見回すと広場に居る全員がジルグをじっと見て来た。逃げられそうにないことを悟ると、今度はケセルに話題を振った。

 「……じゃあ、ケセル。お前が決めろ。」

 ジルグは正直名前などどうでも良かったし、興味の範疇外だったのでケセルに振ったが、ケセルは「やっぱジルグ様が決めないと納得しないですよ。」と言い、ジルグへ話を引き戻すのだった。ジルグは観念したようにうなだれ、首の後ろをぼりぼりと掻きながら言った。

 「セマだ。ここはセマ村と名付ける。」

 「セマですか?」

 アルマや兵士達は不思議そうな顔をしたが、ウルやニギル達には伝わったようだ。“セマ”はここ周辺の部族の言葉で「1つになる」と言う事を意味するらしい。自分の部族の名を捨てる事は嫌ではないのかとアルマは思ったが、ログオム族もザイル族も喜んでいる様子だった。ジルグは補足するように言った。

 「すぐに一つになると言う意味ではない。だが、同じ場所に住めば混じり合う。それはお前たちが良く知っていることだ。」

 「混じり合う…ですか?」

 ケセルが問うと、これにはウルが答えた。

 「我々少数部族は度々部族が滅びる危機に合いますが、そうした時は近くの部族で残った人々を受け入れ、受け入れてくれた部族が文化を引き継いでくれることがあります。例えば入れ墨などは信仰する神ごとに違うものを入れますが、お互いの入れ墨を付け加えるなどです。そうして互いが1つになることを“セマ”と呼ぶのです。」

 「つまり、互いの文化を受け入れ合い、1つになる村…という事ですか?」

 ジルグは「そうだ。」と言って、「これが嫌なら別の名前を勝手に考えろ。ふん。」とそっぽを向いた。

 ログオム族やザイル族は納得がいった様子でこれでいいと言ったが、兵士達はいまいちよく分かっていない様子だった。その様子を見てジルグは兵士達を見て言った。

 「同じ場所で文化を共有し合うとどうなると思う?ケセル。」

 「お互いのいいところを集めて1つの文化になりますね。」

 「そうだ。それに同じ場所で生活すると、血も混じり合う。」

 「あぁ、婚姻を結び、子供が出来ていく事で混血が進み、やがて1つの人種にもなるんですね。」

 兵士達は何かを察したように、そして中には顔が赤くなるものもいた。ログオム族やザイル族の女性に思いを寄せる者もいるのだろう。ジルグの言ったこの言葉の意味は、このセマ村だけでなく、やがて発展していこの土地に大きな意味をもたらすことになる。

 ジルグは立ち上がると村のみんなを誘導し、村の外堀まで来るとナイレ川の支流を指さした。1月半の行軍により、海へと流れるこのナイレ川の支流は、川幅も深さもしっかりと取り、川の両サイドには土手を作り、河川の縁には法面が貼られたしっかりと整備された河川になっていた。それにいつの間にか橋まで掛けられていた。

 だがジルグは、見てほしいのはその対岸にあると言う。見ればそこにはぽつりぽつりとだが小さな部族の家が立ち並んでいた。随行した兵士の一人が言う。

 「…今回の行軍は本当にキツかったです。ですがっ、なんかこんなに満ち足りた気持ちになれるなんて思いもしませんでした。」

 「河川の整備をするだけでそこは安全になる。それに水の側には集落が出来るからな。すまなかったな。お前達には大変な思いをさせたが、やったことは無駄にならない事を伝えたかった。」

 兵士達は涙ぐむ。ジルグに付いて行くと、後からではあるが、こうやって一つ一つやって来た事に意味が生まれる。それが嬉しかった。

 「…とは言えだ。今はまだまだ不便が多いし発展途中だからな。今回の目的は河川の氾濫を防ぐことと、安全な橋を架けることだ。」

 「何かまた考えているんですか?教えてくださいよ。」

 興味津々にケセルが言うと、ジルグは仏頂面で言う。

 「俺だって全てを上手く出来る訳じゃない。失敗だってある。考えていることはあるが、結果が伴うかは分からない。これでもいつも悩んでるんだ。」

 口をとがらせながら言うジルグは、うっかり忘れがちだがまだ二十歳の若い青年だ。周囲の者たちの方がよほど年上なのに、なぜか期待をしてしまう。だけど、もっと支えてやらねばとみんな思うのだった。


 「…で、聞いてくださいよ。ニギルさん、アルマさん。」

 ひと月半の河川整備から帰って来たケセルは、自分の身に起きた変化についてニギルとアルマに話していた。

 ケセルによると、河川の整備をし始めた最初の頃には大規模な土魔法は使えなかったが、土魔法をずっと使っていく内にケセルの右手の甲には聖紋が浮かび上がったのだそうだ。体内の魔力量は変化がなかったが、大した魔力を使わなくても大きな魔法が使えるようになったことを説明した。

 ニギルとアルマは聖紋持ちだから身に覚えがある。聖紋があるからと言って必ずしも大がかりな魔法が使えるとは限らないが、神からの加護を得られるようになると小さな魔力量でも大きな魔法になることをケセルに伝えると、ケセルは納得したように頷いた。

 「それなら、ジルグ様は土の聖紋をお持ちなんでしょうか?」

 ケセルに問われると、アルマはいずれバレる事だからと、でも出来るだけ口外しないように伝えてから説明した。

 移住して間もなく、ジルグには左肩甲骨辺りに土の聖紋が浮かびあがっていた。用水路の溝を作っている時に付いたものらしく、ジルグにもそのことを伝えたが、本人は大して気にする様子もなく「これで作業がはかどるな。」とだけ言ったそうだ。

 ケセルは驚きはしたものの、今までの疑問が納得したようで、はぁ………と大きくため息をついた。

 聖紋は誰にでも浮かび上がるものではないが、持つものは意外と多い。ただし、火・水・風・土・光・闇の6属性については中々浮かび上がるものではない。目や手、星など聖紋にはさまざまな紋様があり、正直よく分からないものもある。それに入れ墨と区別も難しく、聖紋かどうか疑わしく思えるものもある。だが実際に力を使ってみれば、分かる者にはすぐに分かるのだった。

 実のところを言えば、この6属性の聖紋を持つ王族となると、王位継承権は上位になる。ジルグは王位継承権ははく奪されたし、その後で浮かび上がったのだからどうもしようがないと言っていた事をアルマはケセルに伝えるが、ケセルは不満そうに言った。

 「ジルグ様は、兄王子様達よりずっと有能だと思うんです。小さな部族を集め、移住者まで受け入れてくれて。一から開墾して村まで作ってしまう方ですよ?おまけに聖紋まで宿す王族なのに、俺はずっとジルグ様はすごい!ってもっと言いたいんです。もっと評価されて欲しいんです。」

 「分かりますよ、ケセルさん。ですがジルグ様はそう言ったことを嫌うし、本人はあまり自覚がない方ですから。」

 「くやしい!」と地団太を踏むケセルを、ニギルは笑いながら「まぁまぁ。」となだめる。噂話の当人は隣の畑の隅でたい肥作りをしていた。馬糞と腐葉土を混ぜ合わせながら何やらご満悦のようだった。

 ケセルには、もう一つ疑問に思う事があった。それは、ワイバーン退治の時にジルグが飛ばしていた礫の攻撃をどうしても成功させられないことだ。土の聖紋が浮かび上がったのならと試したが、やはり飛ばなかったことだ。いや、飛ぶには飛ぶし威力は上がったが、ジルグの様に上空へ一直線とはいかなかったようだ。

 この説明を聞いてアルマはなんとなく気づいていたことがあり、今から試すから見ていて欲しいとケセルに言った。アルマは隣の畑にいるジルグに声をかける。

 「ジルグ様ー!」

 ジルグは振り向き返事をした。

 「なんだ?」

 「今日は暑いですね!」

 ジルグはその言葉を聞いて空を見上げ、太陽がじりじりと照り付けるのを感じた。そして、「そうだな!」と返事をすると、腰に手を当てふーっとため息をついた。少しすると、さわさわとそよ風が吹き始め、ざぁっと心地よい風が通り抜ける。その様子を一部始終見ていたケセルは驚いた顔でアルマに振り返るのだった。

 「ジルグ様は風魔法が使えないですよね?!」

 アルマは淡々と答える。

 「使えませんね。」

 ケセルも遠征中何度か風魔法を試みるジルグを見かけたことはあったが、使えない事は確認している。

 (だよなぁ…ジルグ様は矢の精度は高いが、風魔法が使えないから得意という訳でもないし…。)

 ちらりとニギルと見ると、とっくに気づいている様子で見守る姿勢になっていた。ケセルはくやしそうに頭をガシガシと掻き、「教えてくださいよぉ~。」とニギルに泣きついた。

 ニギルは笑いながら説明してくれた。魔法の適正はないが、ごくまれに精霊に好かれる人がいるという。そうした人は、本人の望むことを周囲の精霊がくみ取り、そっと協力してくれるのだそうだ。

 「そっと…の補正じゃない気がしますが、そう言う事もあるんですね。」

 おそらくジルグが何度も試している内に精霊が協力するようになり、自然と礫を遠くまで飛ばせるようにしたのだろうという事だった。長きにわたる疑問が解消されたと同時に、ジルグと同じことが出来る人は多くないことを察したケセルは、魔法ではなく道具による投擲を試みようと決意した。

 トゥシャ国は全土に渡り暑い土地だが、ジルグの側にいる時、アルマは暑さを感じたことがないと言う。側に居ると勝手にそよ風が吹くそうだ。ニギルはと言うと、ジルグと要ると水の精霊が喜んでいるのを感じるらしい。

 「なんでこんなお方が、王位継承権をはく奪されて辺鄙な村にいるんでしょうね。」

 アルマが言うと、ケセルは「本当になんでなんでしょう。」とくやしそうにぼやいた。


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