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乱暴者の第四王子

 南の大陸南西に位置するパピヨス連合王国は3国に別れ、連合王国の国王は1人だが、各国に1人ずつ王妃が存在する。その王妃から生まれた王子達がそれぞれの国を統治し、やがて一番優秀な王子が次代の連合国王になる。

 3国は、北西に位置するトゥシャ国、北東に位置するパピヨス国、南部に位置するバンナ国に別れ、それぞれに違った文化を持つ。

 3国をまたがり流れる雄大な川をナイレ川と呼び、連合王国北に位置するナイレ川河口付近には、連合国王の直轄区にあたるホッカイと言う首都がある。トゥシャ国とパピヨス国をまたいだこの首都ホッカイに王の住まう宮殿があり、王妃や王子達は行事ごとに集まって過ごす。

 首都ホッカイとは別にトゥシャ、パピヨス、バンナの各国にも王宮が存在しており、行事以外はそこで王妃や王子達は暮らしている。

 その3国の中の1国、トゥシャ国に住まう一人の王子の物語。


 季節は乾季と雨季に分かれ、一年を通じて暖かいが、南のバンナ国に比べると乾燥した気候のこのトゥシャ国で、眠たそうに本をめくる青年がいる。黄色みがかった髪の色に琥珀色の瞳の青年は色鮮やかな絨毯の上に寝そべり本を読んでいる。

 「…ペラ。…ペラ。」

 この青年はトゥシャ国第四王子のジルグと言い、六人いる王子達の中でも一番の乱暴者として知られている。歳は20前頃だろうか、つまらなそうに見ているその本の背表紙には「ジョーンズ冒険記」と記されており、本の装丁は擦り切れ、幾度となく読んだ形跡がある。

 「ふぁ…あっ!」

 大きなあくびを繰り返しながらも頁をめくるジルグに、やや冷たい声音で声を掛ける女性がいる。

 「そんなに眠たいのであれば、お昼寝でもされたらいかがですか?」 

 第四王子だと言うのに物おじせずに言ってのけるこのお付きの女性は、アルマと言う。アルマは目が大きく釣り目で、髪や目は黒色のショートヘアの女性だ。歳は18だが、小柄で貧相な体つきのため、一見すると15歳くらいの少年に見える。

 アルマは元々ログオムという村で暮らしていたが、村が飢饉の際に奴隷として売られた。両親と死別していることもあり、都合が良かったのだろう。パピヨス連合王国は、各国の宮殿付近や海沿いには大きな街があるものの、内陸では各部族の治める小さな村が点々としているだけで、飢饉や貧しさから子供を売ることも珍しくはなかった。

 そんなアルマだが、奴隷として売られた後、神子みこの印である聖紋が肩に浮かび上がったことから、神殿に引き取られた。

 連合国王では聖紋を体の一部に宿すものを神の使い=神子として扱う。聖紋を宿した者は神から加護が与えられていると考えられているためだ。魔法は、適正や魔力量には個人差があるものの、誰でも使うことが出来る。ただし、神子となるとただ魔法が仕えるだけではなく、神からの加護、例えばこのアルマという女性で言えば、火の神の聖紋を宿していることから、火魔法が得意なことはもちろん、火に耐性をもつ魔法まで使える。

 そんなアルマの声を無視し本を読んでいたジルグは、眠そうにしながらも結局最後まで読み終えたようだった。

 乱暴者で知られているこの第四王子ジルグの部屋で、アルマは床や机に散らかった本を書棚に戻し片付けていた。

 「おい。」

 片づけをしているアルマにジルグは声を掛け、カウチから身を起こした。

 「はい、なんでしょう?」

 そっけなくアルマが返事をすると、その態度が面白くなかったのか、むすっとしながら「狩りに行ってくる。」とジルグは告げ、部屋を出て行った。


 連合国王の3国には、それぞれ龍が住まう。龍といっても大きなトカゲや蛇の様な魔物だ。

 トゥシャ国では飛龍ワイバーン、パピヨス国では炎龍サラマンダー、バンナ国では地龍バジリスクが主に出る。

 一見すると間抜け顔のトカゲ、サラマンダーは体長約1mほどの大型のトカゲだが、火を噴くことから一番やっかいな龍として知られている。

 次いで恐れられているのがバジリスク。体調2mほど蛇だが、頭が5つあり、それぞれの頭についた牙には毒、石化、麻痺、魅了、衰弱といった、いずれも嚙まれると恐ろしい状態異常にかかる。

 トゥシャ国に住まうワイバーンは体長2.5mほどの飛龍で、羽を広げると4mほどの大きさになる。単体では大した力もないが、このワイバーンの厄介な所は群れをなすことだ。また、上空を飛び回るため、駆除しずらく、群れで襲われると村が1つ滅びてしまうこともある。

 「ちっ。中々当たらないな。」

 第四王子は部屋を出た後、狩りと称して幾人かの兵とワイバーンの討伐に出ていた。ジルグが弓を引くが中々当たらない。落ちた矢を拾い集めて来た兵の一人ケセルが中々当たらない矢に焦れて言う。

 「風魔法で追い落とした方がよろしいのでは?」

 「ああ、そうだな。だが、どうやったら矢が当たると思う?」

 「どうやったら…ですか?風魔法が得意なものに弓を引かせるか、…ですがワイバーンは皮膚が固いので貫通は難しいでしょう。火魔法で撃ち落としますか?」

 「いや、火魔法は使わない。俺がワイバーンを落とすから、落ちた後は兵達で囲み仕留めろ。」

 ワイバーン討伐に有用な魔法は風と火。しかし、すべての属性を誰もが使えるわけではないし、火魔法を森や林で使うと火災のリスクがある。

 トゥシャ国は大半が乾燥した荒野で、ところどころに生い茂る枯草と雑木林がある。木もありはするが、多くはなく、燃え広がりやすい草原で使えば、辺り一帯は焼け野原になってしまう。ジルグはそれが嫌で火魔法を使いたくなかった。風魔法に至っては使えない。

 彼の得意魔法はワイバーンに対して有用ではない土魔法だ。ジルグは、地面に落ちている小石をいつくか手に取ると、魔力を込めてワイバーンの羽目掛けて勢い良く飛ばした。

 上空をぐるぐると旋回していたワイバーンの一体に小石がぶつかり「ギャッ!」という鳴き声と共に落下してくる。落ちて来たところを兵士達が囲み、剣で片方の羽を落としてから、そのまま首を刺し息の根を止めた。

 どうやったら兵士達への被害が抑えられ、確実に仕留められるかジルグなりに考え、最近はこの方法を取ることが多くなって来た。

 十数体いたワイバーンも残す一体となった頃、最後の一体が怒ったように「ギャギャッ!」と鳴き、ジルグ目掛けて急降下して来た。ジルグは持っていた弓を捨て、剣に持ち替え構える。真正面から飛び込んで来たワイバーンを交わし、持っていた剣で刺し右翼に切れ目を入れた。右翼に切れ目が入ったことで飛べなくなったワイバーンはそのまま地面を擦りながら落下する。落ちてからは痛みでのたうち回っていた。

 兵士達が落ちた最後の一匹に止めを刺し、ワイバーンの討伐は幕を引いた。

 (……弓で当てるのはやはり難しい…か。もう少し有効な道具があればいいが…。)

 ワイバーンは群れを成すことから繁殖力が高い。増えすぎると討伐に苦労する。大規模な討伐になるとワイバーンの群れは数十体に上る。なるべくそうならないように日頃から狩りをすることが肝心なのだ。ジルグは兵士達に怪我人がいないか確認をし、帰還した。

 トゥシャ国の宮殿はオセアの都に囲まれた中央に位置している。ワイバーン討伐が終わりジルグは宮殿へと帰る。宮殿へ入ると石造りの廊下を左へ進み、宮殿の中庭へ出て、外廊下を進むとジルグの部屋がある。幾何学模様の鮮やかな木製の扉をくぐると、側仕えのアルマが居た。

 中にいた側仕えのアルマへ目をやると絨毯の上で、ジルグの本の1冊を読んでいるようだった。ジルグが入って来た事に気づいていない。ジルグはそのまま部屋に入ると、書棚から1冊本を取り出し、自分も絨毯の上へ座るとそのまま寝転がって本を読み始めた。そこでアルマがジルグに気づいたが、ジルグは「どうせやることもないのだから、そのまま本を読んでいていい。」と気にしない様子で言った。

 

 数日後、またワイバーン討伐に兵士を連れて出る。宮殿があるオセアの都の北西へ進むと小高い丘になった所がある。そこへワイバーンの巣が出来たので掃討しに行く事になったのだ。

 兵士の一人、ダンは、元々第二王子ムスルフの兵士の一人だった。ムスルフ率いる兵士達とワイバーン討伐の際、この丘へ訪れていた。その際、火魔法を使うと火災の恐れがあるとムスルフに進言したところ、王族に歯向かうような役立たずな兵士はいらないと言われ、ジルグの兵士として配属になった。乱暴者の第四王子と呼ばれるジルグに仕えることになり、今度はどんな横暴を振る舞いをされるのかと内心憂鬱だった。

 北西の丘へつくと、ワイバーン達が警戒し、巣から飛び立ち始める。巣の中には卵があるため警戒音を発しながら上空を旋回し、時折急降下して兵士達を追い払いに来る。

 ジルグは前回、弓矢が当たらなかった事から今回は軽量化された片手槍を持って来ていた。丘の上を飛ぶ一匹に投げつける。片手槍は一直線に飛んだが、飛距離が伸びず上空までには届かなかった。落ちて来た片手槍をケセルが拾ってくる。

 ケセルが片手槍をジルグに渡していると、一匹のワイバーンが兵士達を追い払おうと急降下して来た。陣形を乱された兵士達は一旦散開するが、ワイバーンは執拗に追い回してきた。ダンが足がもつれ体勢を崩した時、ワイバーンが後ろから迫り、ダンの肩がかぎ爪で引き裂かれる。「うわ!」とダンは叫び声を上げた。

 ジルグはダンの叫びに気づくと持っていた片手槍を投げつけた。「ギャァ!」と言う鳴き声とともにワイバーンが崖の下へ落ちて言った。崖の下ではワイバーンが痛みでもがいている。ジルグはダンの方へ駆け寄り怪我を確かめる。

 「おい、怪我をしたなら手当てをしてもらえ。」

 ダンは戸惑いながらも「は。ありがとうございます。」と返事した。

 ジルグの言葉を聞いていた他の兵士が駆け寄り、ダンの手当てを始める。ダンは手当てをしてくれている兵士にジルグに聞かれないように小さな声で聞いた。

 「第四王子は乱暴者と聞いているが…なぜ兵士の怪我の心配をするんだ?」

 ダンがそう聞くと、手当てをしてくれた兵士のコセフは「ジルグ様はいつもああですよ。」と答えた。ダンはうわさに聞く第四王子のイメージと実物がかけ離れていることに困惑した。


 一方、ジルグはと言うと、投げた片手槍がワイバーンと共に崖の下に落ちてしまい回収できない事に気づき、舌打ちしていた。ケセルが「拾ってまいります。」と声をかけたが、距離が遠いことからジルグは「構わない、放っておけ。」と言った。

 「ジルグ様は風魔法は使われないのでしょうか?」

 ケセルがジルグへ質問した。

 「俺は風魔法は使えない。」

 ジルグはケセルの言に嫌な顔をせずに答えた。

 「火魔法を使わないのは火災を懸念してのことですよね?ここいらは特に草木も生えていませんし、使われてはいかがでしょうか。」

 ケセルがそう言うと、ジルグは地面へしゃがみこみ土を少し払いのける、ケセルがのぞき込むと小さな緑芽が見えた。

 手当の終わったダンは、ジルグとケセルの話が気になり一緒にその緑芽をみる。ジルグの手元をみると確かに小さな緑芽が出ていた。緑芽を見つめるケセルとダンにジルグは手短に説明した。

 「ここはひと月前にワイバーン討伐の際に火魔法を使ったようなんだがな。巣を排除するために辺り一帯を焼き尽くしたらしい。時間が経てば草木も生えるが、この辺りは乾燥しているから中々生えてこない。」

 2人が納得したように頷くとジルグは立ち上がり、兵士達に3人ずつで組んで丘の上に散開する様に支持をした。ダンとケセルは剣を抜き、ジルグの防衛にあたる。他の兵士は散開した後、3人で背合わせになりながらワイバーンを牽制した。

 ひと月前に討伐したためワイバーンの数は多くなかったが、丘の上という事もあり、360度どこから襲ってくるか分からないワイバーンの攻撃に兵士達は浮足立っていた。

 ジルグは最近よく使う礫の攻撃をするために小石を拾い始める。ケセルそれを見て、付近の小石を拾ってはジルグに渡し始めた。ジルグは兵士達に大声で叫ぶ。

 「ワイバーンは上空で旋回しているが、降りてくるのは1匹ずつだ。お互いに羽風が邪魔し合うからな。今から撃ち落とすが、ワイバーンが落ちてきたら付近の者で囲んで各個撃破しろ。」

 それを聞いた兵士達は、浮足立っていた様子がなくなり落ち着いていく。兵士達は「はっ!」と短く返事をすると槍を構え始めた。ジルグの言った通り、ワイバーンは地上に降りてくるときは1匹ずつで、同時に何匹も降りてくることはなかった。礫による投擲からの各個撃破を繰り返し、ワイバーンの数は減っていった。

 途中、土魔法が使えるケセルが投擲をしてみていいかと聞くと、ジルグは片眉を上げながら「試してみろ。」と言った。結果は失敗、ケセルの投げた礫は放物線を描き、ワイバーンの飛ぶ上空までは届かなかった。

 討伐が終わった後、「ジルグ様は本当に風魔法が使えないんですか?!」とケセルはジルグにしつこく聞いていたが、ジルグは「風魔法というのはどうやったら使えるようになるんだ?」と逆にケセルに聞き返していた。

 コセフはケセルにお構いなしに「ワイバーンの産卵期ってことはそろそろ遠征ですか?」とジルグに聞いた。ジルグは「そうだな…、そろそろ行くか。」と言った。

 ダンはジルグと他の兵士達の様子を不思議そうにみていた。第二王子ムスルフ様にそんな軽口を叩けば、首が飛びかねない。それにワイバーン討伐の際の的確な指示にも驚いていた。入隊して来たばかりのダンが不思議そうにジルグをみているとコセフや他の兵士達近付いて来てが笑いながら耳打ちしてきた。

 他の王族の兵士から転属したものは皆最初は不思議がるが、兵士の怪我を心配するのはあの第四王子だけだと言う。ジルグは兄王子達に落ちこぼれ兵士をおしつけられているが、今日の様に一つ一つ教えて兵士を育ててくれるのだと言った。

 オセアの都の東に位置する正門をくぐり、ジルグ達は帰還した。討伐したワイバーンは、肉は食用、皮などは素材として使えるため、解体専門業者へ渡す。解体業者へ売り渡した金は兵士達で分けるように指示するとジルグは宮殿へ戻った。ダンは売り渡した金を受け取るなんてとんでもないと遠慮しようとしたが、他の兵士達に「まあまあ。これもいつものことですから。」と言われ、「今日は飲みに行こう。」と引きずられていった。

 ジルグが部屋に戻るとアルマが出迎える。ジルグは次のワイバーン討伐は遠征になることを告げるとアルマに付いてくるように言った。アルマは「かしこまりました。」と一言、そっけなく返した。


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