無力な最強
「このゲームもクリア目前ってやつかな」
宙に浮かぶ魔王城を見つめながらボソッと呟く、とうとうここまで来たか、霧に覆われた森を歩きながら、俺はこれまでの旅の記憶をたどってみる、うん、いい思い出がほとんどない
「あなたなら絶対に成し遂げれます」
「僕は君を信じてるよ」
「どこまでもついていく」
魔王城が近づいたことで仲間が激励の言葉をかけてくる
「お前らは口だけだからな、口すらねぇけど」
正直たとえ相手が魔王でも負けるビジョンは見えないんだよなあ、それより魔王城が近づくにつれ小川の口数が少なくなってる気がする、いうも配信中は無駄に話しかけてくるのに
こっちから小川に話しかけてみようかと思った時、視界全体を埋め尽くしていた霧が晴れた、どうやら森を抜けたようだ、そこには古びた祭壇がありその奥には透明な階段が魔王城まで伸びている、しかし俺の視線は祭壇の手前に佇むその存在に注がれていた
そいつはフードを深くかぶっており影になって顔はよく見えない、人間?なのだろうか、なんにせよこんなところに一般人がいるとは思えない、そうでなくともそいつの佇まいからただ物でないことは俺でも分かる
とりあえず剣を抜く、だが敵とは限らない、恐る恐る声を掛けようとしたとき、視界からそいつが消えた、次の瞬間俺の背後に現れ剣を振り下ろす、ギリギリで反応しそれを防ぐ、攻撃をさばきこちらも剣を振るった、それをそいつは後ろに飛びながらかわした、着地を狙って攻撃を仕掛けるそれもかわされたが剣先がフードをかすめたことでそいつの顔が見えた
そいつは・・・彼女は、かつて『高台の遺跡』で行動を共にし、『メタルゴーレム』を倒した少女、これまでの旅で唯一美化された思い出、互いに魔王を倒すという共通の目的を持った同志
「ど、どうして・・・」
姿かたちは間違いなくあの日会った彼女と同じだが、雰囲気があまりにも違う、それにさっきから一言も言葉を発さない、極めつけは目の色が違う、比喩表現ではなく物理的に、以前会った時は緑色の瞳だったのだが今は血液を彷彿とさせる程に深紅に染まり鋭く光っている
「小川、なんだよあれ」
「ルミアだよ、忘れたわけじゃないだろ」
だからこそ理解できない、いや・・・したくないんだ
「ルミアはもう・・・死んでるんだ、魔王によって殺されてる・・・今は無理やり肉体を操られ戦わせられてるだけで、もうあれはただの屍なんだ」
「・・・助け・・られるんだよな」
俺の質問に小川は答えなかった、その沈黙が何を意味するか分からないほど俺は馬鹿ではなかった
「お前に出来ることは彼女を倒して魔王の支配から解放することだけだ、それが今できる精一杯の弔いだ」
意思なき屍の剣士は覚悟を決めるのを待ってはくれない、呆然と立ち尽くす俺にルミアは容赦なく切りかかってくる、目で追うのがやっとの連撃を防ぎきれず吹き飛ばされる
変わり果てた様子のルミアを見て本当に死んでしまったのだと理解する、どうやら覚悟を決めなくてはならない、幸い俺はどれだけ攻撃を受けようがダメージを受けない、そう痛みなど感じるはずがないのだ、だからきっと呼吸の度に胸がきしむようにズキンッと痛むのは気のせいだ
「すぅ~」ズキンッ、気のせいだ
「はぁ~」ズキンッ、気のせいだ
「すぅ~」ズキンッ、気のせいだ、気のせいだ、気のせいだ
「うおおおおおっ」
俺はルミアの肩から腰まで斜めに切り下ろした、腕には鈍い感触が伝播し目の前は血で真っ赤になった、ルミアは倒れこみ苦しそうにうめき声をあげている、俺は追撃の手を止めてしまった
返り血を浴びた服や手のひらを見て足が震えだす、そんな致命的なスキをルミアが見逃すはずがなく顔面に拳が飛んできた、殴り飛ばされ這いつくばる、泥だらけになり敵を前にすぐに立ち上がることもしない、ようやく俺は自分がなんの覚悟もなしにここまで旅をしてきたのだと気づいた
強くなった気でいた、地竜を倒して無敵になったと、けど実際はゲームのバグのような仕様に守られてるだけだった、俺自身は強くなってない身も心もレベル1のままだった
俺は弱い、死体をもてあそばれてる彼女を一撃で楽にしてやることもできない、半端な攻撃で苦しみを長引かせてる、それどころか傷つける覚悟もなく戦意喪失している
ルミアはは地べたに這いつくばったまま動かない俺の頭を蹴り上げる、宙に浮いた俺の顔めがけて剣を振り下ろし、倒れこむ俺の首根っこを掴んでがら空きの腹に回し蹴りを食らわせた
これだけ攻撃を受けてもダメージはない、傷一つ付いていない、なのに・・・
「どうして・・・こんなに痛いんだ」
胸を押さえうずくまる俺、その様子を見て今まで戦いを静観していた小川が口を開いた
「何やってんだよ、それでも勇者か」
「いつまでウジウジしてやがる」
うるせぇよクソが、プレイヤーのお前に俺の苦しみや痛みは分からないんだ
「お前そんなもんじゃないだろ、今まで散々俺の理不尽な命令に耐えて来たじゃねぇか」
理不尽な自覚あったのかよゴミくずが
「憎くないのか、魔王が」
憎いさ、けど・・・
「ルミアを倒さないといつまでたっても魔王のもとには行けないぞ」
そんなこと言われなくても分かってる
「このままじゃお前もルミアも永遠に操り人形になっちまうんだぞ」
・・・そんなの嫌だ、何度死んでも、どれだけの苦痛にさいなまれてもそれだけは拒み続けたんだ、たとえ身体が言うことを聞かなくても心までは支配されてたまるかと抗い続けたんだ、俺たちは操り人形なんかじゃない、立ち上がりルミアの顔を見る、生気のこもってない無機質な表情、以前会った表情豊かな女の子はもうそこにはいなかった、あんな風になっちまうくらいなら俺は・・・
「人形として生きるより、人として死ぬ、お前もきっとそっちを選ぶよな」
今一度強く剣を握る、ルミアの攻撃を防ぎカウンターを食らわせた、やはり腕には鈍い感触が伝播する、だが今度は攻撃の手をゆるめない、一撃でも少なく一秒でも早く彼女を解放するため、力いっぱい剣を振り続けた
返り血で服の色が変わり、腕の感覚が麻痺したころ、ようやくルミアは倒れた
そしてすぐにルミアの身体がボロボロと崩れだした、身体全体が灰色になっていきあっという間に全身がチリになった、風に吹かれてチリが宙を舞う、残ったのは剣と衣服それと大量の血痕だけだった
「遺言くらい、残せよ・・・」
せめて託してくれよ、魔王を倒せって
俺はこれから何を理由に戦えばいいんだ