互いに知らない場所で
『ヒマワリ山脈』大陸の最南端に位置するこの場所では視界は蒸気で満たされ、気温は六十度を超える火山地帯である、ある偉大な魔術師の予言によるとここの火山が数日中に噴火するらしい、俺はそれを止めるようにとその魔術師に依頼されたのだ
「しかしこんな石で本当に噴火を止められんのか?」
魔術師に渡された青い光を放つ石を手に持ってみる、なんでもこれを火山の火口に投げ入れれば火山の動きを抑制し噴火は起こらなくなるらしい
「一応この後ボス戦だから、あんまり気を抜くなよ」
この辺りは強力な地竜の魔物が縄張りにしているようで、非常に危険な場所なんだとか、まぁだからこそ勇者である俺に白羽の矢が立ったのだが
「にしても暑いなここ」
額から流れる汗を何度も拭うもんだから袖が湿って気持ち悪い、地面は靴を履いていても火傷しそうになるほどの熱を帯びている、おまけに呪いの装備を四つも身に着けているからまともに頭は働かない・・・だというのに
「そろそろ休憩にしませんか」
「疲れた、おんぶして」
「これも修行と思えば」
最近わがままな魔法使いや堅物な武闘家が仲間に加わった、といっても仲間の誘いはもちろん断らされたのだが、例によってバグで何もない空間から声だけするようになった、もはや誰が喋っているのかも分からない、ただでさえ暑くて頭が回らないのにこんなの脳がバグるってんだよ、その上
「なあ、配信中なんだしもうちょい元気出してくんね」
「なんか面白い話してよ」
小川のダルがらみにより俺もフラストレーションをためる一方だ
「もうまじ全員黙れつか死ね」
イライラしながらも進み続ける、数刻かけて山を登り山頂にたどり着いた、山のてっぺんだというのにやけに広く平坦な地面を前にして、これからボス戦が始まるのだと予感する、案の定そこには全長五メートル近いトカゲのような魔物が鎮座している
「あれが地竜『ケルタ』だ、『炎のブレス』や爪、ツノ、尻尾を使った物理攻撃などを得意としてる」
なるほど、物理攻撃はともかく『炎のブレス』ならあれが有効だろう、最近技能開放で新たに習得した能力『旋風剣』、確実に先制できる技でありかつそのターンの間はあらゆるブレス系の攻撃を跳ね返すことができるのだ
『旋風剣』
地竜の首筋に剣を叩き込む、鱗が一枚はがれたが大したダメージにはなっていなさそうだ、すぐさま地竜は反撃を試みる、でかい口を開け炎を吐いた、しかし先程の俺の攻撃によって空気は俺にとって追い風、地竜にとっては向かい風になっていた、吐き出した炎は俺に届くことはなく、吹き荒れる風に流され地竜の顔面を焼いた
うめき声をあげながら暴れまわる地竜、振り回された尻尾が俺の胴体に直撃し十メートルほど吹き飛ばされたが、痛みはない、爪で引き裂かれようとツノを立てて突進されようとその巨体に踏みつぶされようと、ダメージを受けることはない、この恩恵が呪いの装備のおかげだと思うと少々複雑な心境だが、なんにせよもう俺は負けない
確かな自信と優越感が俺の心を満たす、今の俺は誰にも負けない、今まで魔物と対峙した時に感じていた痛みに対する恐怖や緊張感といったものはもう俺の中にはなかった
気分が高揚していた、初めての感覚だった戦闘を楽しいと感じるなんて、俺には無縁の感情だと思っていた、今こうして強力な魔物である地竜を圧倒して初めて俺は戦闘中に笑みを浮かべた
百を超える斬撃をあたえすっかり赤く染まった剣をふき取り鞘に納める、振り返るとそこには全身至る所に切り傷を残し顔は焼き焦がされツノは折れた、見るも無残な地竜の姿がある
地竜の死体はチリとなって消え代わりにその場所には宝箱が置いてあった、開けると中にはざらついた触り心地の鎧が入っていた
「これは『ヤスリアーマー』だな、殴るとか蹴るとかそういう相手に接触するタイプの攻撃を受けた時、相手にも少しダメージを与える鎧だ」
「へえ~強いじゃん装備しないの?」
「でもこれ呪いの装備じゃないからな、これ装備したら『幻惑の法衣』を外さなきゃいけないからな」
なるほど、無敵じゃなくなっちまうのか
「まあ今後、別の呪いの装備を手に入れたら『ヤスリアーマー』を装備してもいいかもな」
俺は『ヤスリアーマー』を装備袋に入れここに来た本来の目的を果たすため山の頭頂部から火口を見下ろす、渡された石を投げ入れ様子をうかがう、数秒後ゴゴゴという音と共に大地が揺れだした、噴火するのかと身構えたがすぐに収まり火口を覗くと溶岩は落ち着きを取り戻していた、おそらくはこれで大丈夫なのだろう
「さーてこの調子で魔王もさっさと倒すぞ」
勇者クリオネが地竜『ケルタ』を倒したという噂は大陸中に広まりとある少女の耳にも届いた
「そういえば聞いたかい嬢ちゃん、勇者クリオネがヒマワリ山脈の地竜を倒したんだってよ、思ったより骨のあるやつみてぇだな、この調子なら魔王を討伐するのもそう遠い話じゃないかもしれないぜ」
クリオネ、その名前は聞き覚えがある『高台の遺跡』で出会いともにメタルゴーレムを倒した少年だ、彼から貰った剣は今も手元に肌身離さず持っている、そうか彼は勇者だったのか
魔王を倒すという同じ目的を持った同志が今も旅を続け人々の為に戦っていると知り嬉しくなった・・・けどたとえ彼が勇者なのだとしても魔王を倒すのは私だ、これだけはどうしても譲れない
ようやく全ての準備が整ったのだ、魔王城は常に空に浮かんでおり何人も足を踏み入れることができなくなっている、だがこれまでの旅で集めたこの『天の宝玉』と『地の宝玉』それと『狭間の宝玉』を使えば魔王城と地上をつなぐことが出来る
さっそく私は魔王城へと向かう、街を出て北に進み森の中を進んだ、森の中は霧が濃く迷いそうになるが上を見ればそこには魔王城が今も存在感を放ちながら浮かんでいる、それを目印に進み続けた、森を抜けるとそこには古びた祭壇があった
絡まっていたツルを取り除きかるくほこりを掃った、そして私は三つの宝玉を祭壇にセットした、宝玉は光だしその光は集まりまぶしくて目をつむりたくなる程の輝きを放つ、そのまま光は魔王城の方へと伸びていきその軌跡が道となり透明な階段を出現させた
私はその階段を上ってついに魔王城にたどり着いた、正面入り口には門番が待ち構えていたので別の侵入ルートを模索する、裏口のようなものは無かったが、城の裏には大きな木がありそこから二階部分に飛び移れそうだ、さっそく木を登り城の二階に飛び移った、城の内部に入るとそこは陰鬱な空気が漂っている、多くの魔物が巡回しており今まで以上に慎重に動かなければならない
魔物が後ろを向いてる隙に進み物陰に隠れて見張りの目をやり過ごし、足音を立てないように細心の注意をはらいながら歩いた、そうやって少しづつ進みようやく城の中心の部屋にたどり着いた、その部屋は外からの光が全く入らない作りになっており、部屋の端にある数本のろうそくがわずかながらに照らしているだけの薄暗い空間だった
部屋の奥には玉座がありそこに座っているのはこの城に漂う陰鬱な空気を発生させている張本人だ、目に見えるほどの禍々しいオーラを放ち、侵入者に気づいていながら一切動じず今も玉座でふんぞり返っている、間違いないあれが魔王『ゲルナーガ』
「貴様は誰だ、名乗るがいい」
「娘の顔も忘れたのか」
「我に子はおらぬ」
「なら私に父はいらない、死ね」
私は魔王に飛び掛かり剣を振りぬいた、だがその剣は片手で止められてしまった、私は首を掴まれ投げ飛ばされた、すぐに立ち上がりもう一度剣を構える、しかし魔王の手から放たれた黒いエネルギーの塊、それをよけきれずもろに食らい、私は膝から崩れ落ちた
どんどん意識が遠のいていく、まぶたが重い体の感覚が薄れていく、それでも剣は離さない彼から貰ったこの剣を今一度強く握りしめる、私はまだ戦えるまだ負けてない
ルミアは決して諦めなかった、意識が完全に途切れるその瞬間まで