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肉体の主導権は既に失われた


「それじゃあ、いってらっしゃい」


「うん、行ってきます」


俺の名前はクリオネ、この世界の勇者だ、今日はついに魔王討伐の旅に出る。

だがその前に国王に挨拶しに行かねばならない、俺は目の前にそびえ立つ城に向かって歩き出した、はずなのだが、

なぜか俺の身体は突然、進行方向を変えて全速力で走り出した。


何が起こっているのか理解もできずいると、この身体は街外れの酒場についていた。

中に入ると脇目も振らずに奥に置いてある宝箱の前に行きそれを開けた、中には質素な作りの指輪が入っていた、当然の如くそれを身につけた時、ようやく俺は声を出した。


「なにがどうなってるんだ」

「どうして俺はこんなこと」


周りの目など気にならなかった、それほどまでに心は恐怖と驚きに満たされていた。

人目も気にせず叫び声を上げた時、頭の中に声が聞こえた。


「しゃべったああああ」


突然聞こえた声に困惑しつつも周りを見る。しかし誰も叫んでいる様子はない

そう考えている間も気持ち悪い奇声は頭に響いている、だがどうやらこの声の主も状況を理解出来ていないようだ。そう思ったら少しだけ冷静さを取り戻せた、俺は恐る恐るこの声の主と会話することにした。


「あの、あなたはだれですか?」

「俺はクリオネと言います」


数秒の沈黙の後、返答が返ってくる。


「知ってるよ、俺が名付けたんだから」


声の主(小川さん)と話して分かったことはこの世界はゲーム?と言われる現実とは異なる世界で小川さんは、そのゲームで遊ぶプレイヤー?らしい。

あまり理解できなかったが一応納得してひとまず城へと向かう、とはいえ既に肉体の主導権は俺にはなく俺の意思とは関係なく勝手に動く身体が城に着くまでの間、俺はこの先どうすればいいかそればかり考えていた。


あまり考えがまとまらないまま城に着いた、すぐに『玉座の間』へと通される。

階段を上るとどこからか聴こえてくるハープの音色が出迎えてくれた。導かれるままに歩を進め玉座の前に立った時、王がくちを開く


「よく来」

「この」

「つい」

「さ」


なんだ、いったいどうしたんだ

俺が困惑していることに小川さんは気づいたようだ。


「ごめんごめん、Aボタン連打してた」

「まあ大丈夫、俺二周目だし」


Aボタン?二周目?何を言っているんだこいつ、まったく理解出来ないまま俺はステータスプレートと世界地図、それに二百ゴールドを手に入れていた。


「お金貰ったことだし武器屋にでも行きますか」


返答はない、どうやら無視されたらしい

城を出て武器屋ではなく銀行に向かう、さっき貰った二百ゴールドを全額預けその足で街を出る何をするかも聞かされずに、街を出て右手に見える森に入っていく。

少し歩くと森の中に小さな洞窟があった。


「いい加減、なにをするのか教えてください」


「スキルスライムってやつを倒したいんだ、そいつが落とすスキルの実が欲しい」


「魔物倒すんですか?でも俺、木製の剣しか持ってないですよ」


「大丈夫、そいつ”は”弱いから」


それなら安心だ、そう思い洞窟に入った。

しかし、そこには『スキルスライム』どころか魔物が一匹もいなかった。


「あの、魔物の姿が全然見当たらないんですけど」


「そりゃあこのゲームは、ランダムエンカウントだからな」


ランダムエンカウント?その言葉の意味を考えようとした瞬間さっきまで何もなかったはずの空間から雄叫びが聞こえた。そこには白い翼を生やし、虎のような爪と牙をもつ魔物がこちらを睨みながらよだれを垂らしている。


「小川さん、どうすれば」


「とりあえず逃げろ」


身体は魔物に背を向けて逃走を図る、しかし


「くそ、回り込まれた小川さん」


「しゃーない、そいつが無駄行動とることを祈れ」


無駄行動ってなんだよ、そんなことを考えていると目の前の猛獣はその爪をこちらに向けて振り下ろす。


『狂気の爪』


俺は三枚おろしになった。


「目覚めるのです勇者クリオネ」


目を開けるとそこには穏やかな表情でこちらを見ている修道女の姿があった。

ここは教会らしい、どうやらこの世界では死んでも教会で復活できるようだ。これは後に小川さんに聞いたのだが本来、魔物に殺されると所持金を半分失うらしい。なるほどだから全額銀行に預けたのだな。そうすれば失うものはない何度でも死ねるってわけだ。ふざけるな!たとえ生き返るとしても、痛いものは痛いし怖いし苦しいのだ。


「あなたの旅路に神の加護がありますように」


修道女に見送られ、もう死にたくない死んでたまるかと心に決めつつも身体は勝手にまたあの洞窟へと向かう。中に入りあたりを見まわすやはり魔物の姿はない、だが警戒はゆるめないほんの数分前ここで死んだ、自然と鼓動が早まる額からでた汗が頬を伝い地面に落ちた時、先ほどと同様に何もない空間から魔物が飛び出した。だがさっきとは違うそこにいたのは握りこぶし二個分ほどの大きさでゼリーのような質感の魔物だった。そうかこいつが『スキルスライム』だな、確かにこいつなら俺でも倒せそうだ。

俺は木製の剣を握りしめ力いっぱい薙ぎ払う。


「よし、倒したぞ」


喜んでいると小川さんの舌打ちが聞こえた、どうやら『スキルの実』はドロップしなかったようだ。

そうゆうこともあるのか、だがやることは分かったあとはドロップするまで『スキルスライム』を狩るだけだ。油断する俺の背後には、息を荒くした猛獣が獲物を仕留める準備を整えていた。


「あなたの旅路に神の加護がありますように」


同じセリフ同じ声色、しかし顔を見れば分かる完全に呆れている。

それもそのはず、なぜなら俺は短時間ですでに五回も死んでいるのだ。八の字を描く修道女の眉毛を見て

次こそはと、心に決めまたあの場所へ


「とりゃあー」

「お、これは」


間違いない『スキルの実』だ、これでようやく


「ふぅ、やっと一個目かじゃあこの調子であと二十七個お願い」


「。。。。」


聞き間違いか?冗談だろ、一つ手に入れるのに五回も死んだのにそれをあと二十七個だと冗談じゃないたとえそれが世界を救うためだとしても俺はもう死にたくない、これ以上は人間性を失いかねない魔王を倒してもそのために廃人になりましたでは話にならない。

今こそ嫌なものは嫌だと毅然とした態度で断れる、意思のある人間として誇りある生き方を選ぶのだ。


「あなたの旅路に神の加護がありますように」


もとより俺に拒否権など無かった、このセリフを聞くのもこれで百十六回目だもはや誇張抜きで親の顔より修道女の顔を見た気がする。ともあれようやく『スキルの実』を二十八個集めることができた本来であれば地獄のような時間が終わったことに安堵していただろう、しかし今はそんな気分にはなれない。俺は知ったのだ、この小川という男がどうゆう人間か骨の髄まで理解した。仮にこの『スキルの実』が今後の旅で役立つのならば、百十五回の死については水に流しても良い。だが最後の一回、最後の一回だけはなにがあろうと許せない。二十八個目の『スキルの実』を手にいれ、浮かれる俺に奴はこう言ったのだ。


「徒歩で帰るのだるいしもう一回死んでくんない、そのほうが早いから」


人の心があるとは思えない、覚えていろ強くなって必ず同じ苦しみを味合わせてやる。

強くなって、そうだレベルだ。スライムとはいえあれだけ倒せば少しはレベルも上がっているのでは、そう思いステータスプレートを取り出したが、そこに書かれていたのは俺の期待を裏切るものだった。


           クリオネ

         レベル ; 1

          HP ; 12


そんな・・・どうして


「言い忘れてた、お前はレベルあがらねぇよ」


唐突に告げられた言葉に、頭が真っ白になる。


「酒場で拾った指輪、あれをつけてると経験値が入らなくなる代わりに攻撃力が少し上がって、かつ毎ターンMPが10~12回復するようになるんだよ」


何でそんなことするの?そう聞くまでもなく珍しく冗舌にベラベラと語りだした。


「アプデでその指輪が追加されて、ずっとレベル1の状態で旅ができるようになった。こりゃあやるしかないっておもったね、やっぱゲームする上で達成感って重要じゃん。それで達成感ってのはそこにたどり着くまでの壁が大きいほどでかくなるわけ、その点レベル1縛りは最高の壁なんだよ」


「レベル1でどうやってたたかうってんだよ」


「大丈夫だって、とりあえず『スキルの実』食って、『技能開放』するぞ」


『技能開放』それはポイントを消費することで技や特殊能力を習得するシステム、消費するポイントはレベルアップや『スキルの実』を食べることで得られる。


「習得してほしいのは『まだ戦える』と『ドレインアタック』な」

「『まだ戦える』はHPが満タン状態ならどんな攻撃を受けてもHP1は残る能力で『ドレインアタックは敵に与えたダメージの半分、自分が回復するって技だ」

「で、お前のHPってたったの12しかないんだけどそれって逆に言うと全回復するのに必要な回復量も少ないんだよ。要はどんな攻撃も『まだ戦える』でHP1耐えて、それから『ドレインアタック』で攻撃しつつ全回復する。『ドレインアタック』のMP消費は指輪の毎ターン回復で賄える範囲だ、つまりお前はレベル1の雑魚だがそれゆえに死なないし無限に戦える無敵の存在になったんだ」


無敵、にわかには信じがたいが本当なら素晴らしいことだ。しかしこいつの言うことだなにか裏があるに決まっている。そう思いつつも無敵という響きには心が躍る、期待を持たずにはいられなかった。


「もちろん、敵が強くなれば与えられるダメージも減るから全回復できなくなるし完全に無敵ってわけじゃないんだけど、少なくとも最初のボスは今のお前なら完封できるはずだ」

「じゃあ装備整えて早速最初のボス、倒しに行くぞ」


そうしておれは最初のボスがいるという『沼地の塔』へと向かった。なぜそこにボスがいると知っているのか聞いても二周目だからとしか答えてはくれなかった。まあ何はともあれ塔に着きボスがいる最上階に向かう、その道中また何もない空間から突然魔物が現れた、しかもそいつは初めて遭遇し俺に死を教えたあの猛獣だった。だがあの時とは違う今こそあの時の雪辱を果たす時


「無敵を試す良い機会だ」


大丈夫、死にはしない、威勢よく啖呵を切り戦闘態勢に入る。

確かにこの戦闘で俺は死ななかった、いや死ねなかったというほうが正しい表現だ。俺はあの猛獣が繰り出すどんな攻撃もHP1で耐えた、だが耐えたと言ってもそれは瀕死の重傷で俺は毎ターン死にかけては回復しを繰り返す羽目になった。そんな勝ちは勝ちでも精神的には負けてるような戦闘を重ねようやく最上階へとたどり着いた。


そこには、こん棒の先端に直径七十センチはある岩を括り付けた武器を持った、二足歩行の闘牛のような魔物とその後ろでおびえる村娘?がいた。なぜこんなところに人がいるのかは分からない、だがなんにせよ助けねばなるまい。俺は剣を抜いた、自身に向けられた敵意に気づいたのか魔物もこちらを向き武器を構えた。


戦闘は非常に長引いた、とはいえ実力が拮抗していたわけではない。魔物が繰り出す一撃はどれも全身の

骨をバキバキに粉砕する威力があった、対して俺の攻撃は魔物の皮膚を数センチ削る程度のもの、実力差は歴然で最初の攻撃を受けた時には勝つことを諦めていた、それでもなおこの身体は倒れなかった。

意思も心も覚悟さえもとっくの前に折れている、それなのにこの肉体は勝手に戦い続けている。俺の魂を

置き去りにして今も剣を振り続けている。

痛みとやすらぎが交差する地獄が永遠に続くかと思えたその時、振りぬいた剣が空を切った。


外したか、一瞬焦りを覚えるしかし目を開けるとそこには地面に這いつくばる魔物の姿があった。

倒したのか、実感などありはしなかったが戦闘の終了地獄からの解放、喜びを隠すことなどできるはずも

なかった。


「よっしゃああああおらあああ」


その後、俺はさらわれていたという村娘とともにその子の住んでる村へと足を運んだ。小川が言うには

本来なら先にこの村にきて魔物にさらわれた村娘 (メアリー)を助けてほしいと頼まれあの『沼地の塔』に向かうというのが正規のストーリーらしい。村についてすぐあったこともないガキに「ありがとう

おにいちゃん、約束守ってくれたんだね」と言われたときは首をかしげたが、おそらく本来ならそういう

約束をするのだろうと納得した。何はともあれメアリーを助けたことで村の人たちには感謝されねぎらわれた。


翌日、メアリーに呼び出され村の中心にある井戸の前に足を運んだ。


「私も、魔王討伐の旅に同行させてはもらえないでしょうか」


突然の申し出に驚きつつも歓喜する。そうだよなにも一人で旅を続ける必要なんてない、レベル1のくそ雑魚でも仲間に支えてもらえばいいんだ。仲間になってくれるなんて願ってもない話だ、答えはもう決まってる。


「いいえ」


誰だ今しゃべったの・・・まさか俺か?

いやそんなはずはない、今まで身体は勝手に動いたが言葉は自分の意思で話せていた。まさかここにきて

発言の自由まで失ったとでもいうのか。


「そんな、私きっとお役に立てます。もう一度考え直してはくれませんか」


お、これは


「いいえ」


「ですが、おひとりではこの先危険すぎます。もう一度考え直してはくれませんか」


食い下がってきたああ、ナイスだメアリー。正直助けられただけなのに厚かましい気がしなくもないがその調子で食い下がってくれ。


「いいえ」


「私は傷を癒す魔法を使えます。必ず役に立つのでもう一度考え直してはくれませんか」


いいぞ、正直傷を癒すより傷を負わないように守ってほしいんだがとにかくいいぞ


「いいえ」


「私は旅の知識が豊富です。必ず役に立つのでもう一度考え直してはくれませんか」


「いいえ」


いい加減諦めろ俺、というか小川!!


「本当に連れていってくれないんですか、もう一度考え直してはくれませんか」


ん?なんかさっきまでより言葉が後ろ向きじゃないか、頼むぞメアリー負けんじゃねえぞ。


「いいえ」


「そうですか、ではもう何も言いませんご武運を」


嘘だろ、負けちゃったよ。


「どうして・・・」


「このゲームはな、仲間の申し出も六回断れば本当に断れるんだよ」


なんだそりゃ、なんで断る必要があるんだよ。


「仲間がいると簡単になっちまうからな」


もはや言葉も出なかった、おれには初めから選択肢などなかった。

この時ようやく理解した、俺の人生の主役は俺じゃない、この男の思うがままに動くだけの存在俺はこの男の傀儡でしかないことに、今更気づいたのだ。


読んでいただきありがとうございます


「面白い」


とおもったら

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