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「死ぬことでしか極められない学問だなんて本当にどうかしてるよ。それを史上最速で修めたあなたもね、シーカ」

「……誰に聞いた?」

「地図屋のフランク」

「……」

 墓地街の小さな家の一室で薬の調合用の小さな鍋をかき混ぜながらシーカが黙り込む。

 しかしそれを気にした風もなく、少年は見慣れた師の後ろ姿を眺めながら話を続けた。

「屍師になった人は他にも何人かいるけど、シーカより短い期間でなった人はいないって。でもそのせいで――屍師になったせいであなたはいろんなものを失ったって聞いた。何をなくしたの?」

「地図屋にでも訊け」

「教えてくれなかったんだ。だからあなたに訊いてるんだよ」

「……」

 振り返りもせず再び口をつぐんだシーカの背に届けとばかりに少年は大きなため息をついた。

「また、だんまり」

 そう言って少年は腰かけていた椅子から飛び下りる。梯子(はしご)のようなステップが付いた若草の民用の足の長い椅子がカタリと音を立てて揺れたが、シーカは相変わらず振り向こうとはしなかった。

 そんな彼の気を引くように少年はシーカの傍に歩み寄り、黒いローブをつかむ。そして背伸びをすると、横から鍋の中を覗き込んだ。

「今度は何を作ってるの? 薬? それとも毒?」

「どちらも大差ない」

「薬と毒は全然違うよ」

 不満そうに言う少年にシーカは淡々と「どちらもそれ自体に大きな差はない」と答えた。

「両者の違いは二つ、使い方と量だけだ」

「ふーん?」

 さして興味のなさそうな相づちを打ち、フードに隠れて見えないシーカの顔を少年は見上げる。黒いフードから覗く肌は生気に欠け、青白い。もっとも、彼の血色が良かったことなど少年の知る限り一度もなかったが。

「ねえ、前はそんなに薬を必要としてなかったよね。体調が悪いの?」

「別に」

 短くそう答えたシーカは鍋の横に置いてある一枚の紙を手に取り、少年に渡すと追い払うようにその背を押した。

 少年は押し付けられた紙を恨めし気に見やる。そこにはひときわ大きな妖精語の文字で『魔力薬』と書かれていた。その下には何かの葉っぱの絵や素材名とおぼしき共通語の文字、量を表していると思われる数字などが並んでいる。どうやらマナを回復させる薬のレシピのようだ。それをよこしたということは、もう必要がないから片付けておけということだろう。

「魔力薬なんて作ってるの? 多少時間はかかるけど魔力は回復するんだから、わざわざ高い薬を使う必要なんてないと思うけど」

 薬品が並ぶ棚の下部に備え付けられた引き出しの一つを開け、そこにレシピを無造作に放り込みながら少年が不服そうに言う。

 それに対してシーカはいつもの平板な口調で答えを返した。

「無駄買いするならともかく、こうして自分で作っているんだから文句を言われる筋合いはない」

 この返答に少年はいよいよもって不満そうな声音で、「材料費はかかるでしょ」と反論しながらシーカの傍に再び歩み寄る。

「作る時間も手間も」

「……お前、学院に推薦する話はどうした?」

 少年の小言にうんざりしたのか、不意にシーカは話題を変えて少年の方に向き直る。

 この反撃に少年は「また始まった」という表情を浮かべ、シーカから目をそらすように背を向けて離れた。

「嫌だよ。魔術の基礎は全部あなたに教わったし、自分で本も読んだ。今さら学ぶことなんて」

「学院に行けばもっと学べるし研究もできる。お前の教えを必要とする者もいるはずだ」

 真剣そうな語調でシーカはそう言ったが、少年はまるで面白くない冗談を聞かされたかのようにため息をつき、「またその話?」と、いささかうんざりした様子で首を振ってみせる。

「何度言われても俺はシーカの傍から離れるつもりはないよ。あなたは俺の力をもっとみんなのために使えって言うけど、俺が助けたいのは――力になりたいのはあなたなんだ。他の誰かじゃ意味がない」

「……」

「俺を追い払いたいの?」

 黙したシーカの方に向き直り、少年が尋ねる。その表情は怒っているようにも悲しんでいるようにも、あるいはすねているようにも見えたが、それに対するシーカの態度はいつも通り揺るがなかった。

 静かな口調で言葉を紡ぐ。

「お前は優秀だ。私なんかよりはるかに。外に出ればもっと広く、多くの者の力になれる。私はお前の力を私にではなく、その力を必要としている者に使って欲しい」

 その言葉に反論するように少年は「あなたに俺は必要ない?」と尋ねた。

 しかし、返ってきたのは沈黙だけ。それも肯定の意味の沈黙であることが少年にはいやと言うほど判った。

 自然と肩を落とし、ため息混じりに少年は呟く。

「まあ、そうだよね。俺と出会う前からあなたは独りでやってきたんだし。あなたは迷子の子供を拾って面倒をみてくれただけ。でも子供だって恩返しくらいしたいよ」

 少年の最後の言葉にはすがるような思いすらにじんでいたが、それにもシーカが動じることはなかった。

 ただ静かに、どこか疲れたような声音で応じる。

「もう充分だ。私の下にいてもお前のためにはならないし、お前の才能を腐らせるだけだ」

「そんな悲しいこと言わないでよ。俺はそんなこと、どうだっていいんだから」

 そこで二人は一様に黙り込んだ。両者の間に静寂が落ち、火にかけた鍋からかすかに聞こえる薬を煮立てる音だけが部屋に満ちる。

 その沈黙に先に耐えられなくなったのは少年の方だった。こういう時、いつも負けるのは彼の方だ。シーカはあまりにも黙っていることに慣れすぎている。

 少年は無言できびすを返し、部屋を出て行こうとした。

「ナイ」

 シーカが少年の名前を呼ぶ。

 しかし彼は振り返ることはせず、「散歩してくる」とだけ言い残して外へ出て行った。

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