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「最近あの子を見かけないけど、どうしたの?」
「……」
「こんなに姿を見なかったのは初めてだわ」
日が落ちて月が昇るのと同時にふらりとやって来た墓守に、地図屋のモニカはやや険しい口調で追及を重ねた。
「ついに学院に押し込むことに成功したってわけ?」
「……そんなところだ」
相変わらずの黒いフードと、淡々とした口調のせいで感情の読めないシーカの返答に眉を寄せ、モニカはため息をついた。嘘をついていると断言できるわけではないが、何かを隠しているのでは、と疑いたくなるような違和感を覚える。いつもの言葉の少なさや、説明を面倒くさがった時の曖昧さとはどこか異質な口調だ。
杖も持たずにたたずんでいる彼もどこか落ち着かない様子に見えた。そういえば彼が杖を持ち歩かなくなったのはいつからだろう、とモニカはぼんやり思う。それも問いただしてやろうかと彼女は一瞬考えたが、答えが得られるとは思えず結局はやめた。
「あんたやあの子に限って仲違いしたとも思えないけど、厄介事はごめんですからね」
釘を刺すようにモニカは言い、それにシーカは黙ったまま頷いた。
「それならいいけど……」
不満げな様子でまだ何か言いたそうにするモニカに、「それより」とシーカが口をはさむ。
「レンジャーたちが白骸の森の封鎖を提案していたと記憶しているが」
「え? ええ、そうだけど」
「私もそれに賛同する」
そう言ってシーカはおもむろに署名入りの羊皮紙をカウンター越しに差し出した。
それを見下ろし、モニカが器用に片眉を上げてみせる。
「突然どういう風の吹き回し? 今まで特に賛成してたわけじゃなかったでしょう」
「反対もしていなかった」
「それはそうだけど」
「忘れない内にと思っただけだ。実際のところ、封鎖せずにおいて何らかの被害が出ることはあっても、封鎖して問題が起きることはあるまい」
「それはそうだけど」
まったく同じセリフをくり返しながらモニカは怪訝そうな表情を浮かべる。
「あんたはレンジャーの介入も避けたがっていると思っていたから」
「彼らは霊樹のことを案じているだけだろう。私とて手当たり次第に敵を作るつもりはない」
「目的は一致していると言いたいわけね」
そう言って封鎖に賛同する旨が書かれた書面を上から下まで品定めするように確認したあと、「ま、いいでしょう」と尊大に言ってモニカは小さく鼻を鳴らした。
「先日届いたレンジャーからの要請書や署名と一緒に上に渡しておくわ」
「ありがとう」
平然と礼を言われ、余計な気を回して詮索しようとしたのがバカらしく思えてきたモニカは、大きな息を吐いて腕を組みながら「そういえば」と話を変えた。
「あんた、ついに薬師になったんですって?」
「耳が早いな。その件もあって今日ここに来た」
「どういうこと?」
モニカは不思議そうに首をひねって長身の墓守を見上げる。その視線をフード越しにとらえ、「地上に引っ越すので契約を結びたい」と平板な口調でシーカは言った。
それにモニカがいっそう不審そうな表情を浮かべる。
「地上で薬屋を開くつもり? 地図に載せたって、そんなところまでわざわざ客が行く保証はできないわよ」
「いや、私の結びたい契約はその逆だ。地図に載せないでおいて欲しい」
「……何を考えているわけ?」
ますます腑に落ちないといった顔でモニカはシーカを見やる。
しかし、その問いにもシーカは無感情な声音で、よどみなく言葉を返した。
「先の石塔を傷付けられた件もある、地上の様子をもっと見回れるようにしたいが、研究の邪魔はされたくない」
「店を開くためじゃなく、研究で引きこもるために地上へ引っ越すってわけ? それとも、いよいよもって墓守になるつもりかしら」
シーカは黙然と肩をすくめる。
「本当に、面倒事はお断りですからね」
「判っている」
そう言って頷き、契約金を無造作にカウンターに置いてシーカは背を向けた。
それを引き留めるようにモニカが「あの子は――」とおもむろに言う。
シーカは黙ったまま振り返り、真剣な面持ちで自分のことを見ている地図屋に目を向けた。先をうながすように小さく首を傾けてみせる。
モニカは腕を組んだまま少しの間シーカを見つめていたが、やがて何かを試すような――そして独り言のようにも聞こえる口調で静かに言った。
「ナイは、ちょっとあんたにこだわりすぎている感じはするけど、頭のいい、普通のいい子だったわよ。私にとってはね」
その言葉にシーカは黙ったまま、無意識に胸元に手をやった。そこには未だに欠落の痕跡とかすかな痛みが残っている。あの少年が持ち去った魂のかけらは、彼が死ぬまでシーカの下に戻ることはないだろう。
それまでにこの痛みに慣れる日も来るかもしれない。あるいは永遠に慣れることなどないのかもしれないが。
シーカは小さく息をつき、ひやりとした夜気のような、しかしどこか哀傷のにじむ声音で呟くように言った。
「私にとってもそうだったよ」と。
ご存知の方にはおそらくお察しいただけるかと思いますが、最後のやりとりは太宰治の「人間失格」へのオマージュです。
ナイは悪魔=人間失格と言われた子供なので。
そこに私なりに一つ付け足したのが、最後のシーカのセリフとなります。
この作品は異世界ファンタジーな話ではありますが、内容自体は個人的にはエンタイメント性を持つファンタジー小説ではなく、幻想文学であり純文学であり観念小説のようなものだと思っています。
観念小説としての要素は私の他の作品に比べたら薄い方かと思いますが。
私にはエンタテイメントは書けません。
文学を愛し、言葉による芸術性を求めて書いているのでエンタテイメント性は皆無ですが、そういった作品を好む方の目に留まれば嬉しいと思っております。




