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(7)シーナ様からのお願い。でも、何でそれなの?

「ちょっとバルコニーに出ようか」

 シーナ様に手を取られ、私は中庭を見渡せるバルコニーに出た。

 外の新鮮な空気を肺いっぱいに取り込むと、幾分か気分が和らいだ気がする。

 それでも先ほどの衝撃からか、私の脚はわずかに震え腰を抱くシーナ様に寄りかかるようにして立っていた。


「うーん。不謹慎だけど、こうしてセシリアに頼られるのは嬉しいな」

 耳元で囁かれ私は慌てて離れようとするけれど、それを阻むシーナ様の両腕にしっかりと閉じ込められてしまった。

「あっ、あの……」

 シーナ様の体温を全身で感じて、途端に恥ずかしくなる。

「ふふっ、もしかして照れてる?でも、ちょっとこのまま、ね」

 優しく囁いた後、シーナ様は右手を軽やかに振った。

 すると、ふわりと一陣の風が吹き中庭の花びらがわずかに舞い上がり、小さな渦を巻いてバルコニーまで届いた。そしてそれは私達を囲むように風に舞い、永遠に続きそうな華麗な花吹雪だった。


「きれい……」

「気に入った?少しでも気分が晴れると良いのだけれど」

「これは、シーナ様が?」

「そうだよ。王家の血を引く者には特殊能力があるって、聞いたことある?」

 そう言えば社交界の噂程度に聞いたことがある。

「はい。噂だけで、具体的なことは何も知りませんが」

「まあ、正式には公表していないし、それぞれ得意な能力が違うしね。俺は偶々その力が強くてね、色々出来るんだよ。例えば、セシリア一人を抱えて空を飛ぶとかね」

 私は驚いて、思わずシーナ様を凝視した。


「あれ、もしかして嫌だった?俺が……怖い?」

 特殊能力を使える凄い人なのに私の反応が怖いのか、怯える子犬のような目で見つめられると、逆にこちらの罪悪感の方がすごくなる。

「そっ、そんなことはありません!……ただ、人が空を飛ぶなんてと驚いてしまって」

 私の言葉に、シーナ様は何とも言えない表情を浮かべる。

「そうだね。実は、件の英雄の中にも空を飛べる者は結構いたんだよ。でないと東西の英雄のように、船から船へ飛び移ったり出来ないからね。ちなみに、南の英雄はほとんど飛べなかったけど身体強化が得意でね。だからこそ、剛力を発揮してその場で大木を引き抜いて、敵の一個師団をそれでなぎ倒したんだよ」

 あっ、その話を弟が知った時、自分も真似をしてみたかったらしく、庭の若木を引き抜いて庭師に怒られていたことをふと思い出す。

 まあ今はそんなことよりも……。


「ということは、英雄の皆様も王家の方なのですか?」

「うん。彼らこそ秘匿された王子、王女本人、もしくはそれに連なる者だよ。最も、王家の血が濃い程能力は強くなるから、英雄は本人のことの方が多いね」

「!?」

「この能力があるからこそ、王家の血筋を他国に出さないようにしているんだ。他国に防御力と攻撃力共に与えるようなものだからね。多少の友好関係に対してじゃ、割に合わないだろ」

 確かに他国に行かせた分こちらの防御は弱くなるし、あちらは英雄並みの強き者を手に入れ、更にはその子孫まで出来る。しかも能力が他国の知るところになると、最悪王族の誘拐なども起こってしまうかもしれない。

 本当に、国家機密ばかりだわ…………何で知っちゃったんだろ。

 結構な事の重大さに、今更ながら少し肩を落とした。まあ、不可抗力なんだけど。


「さてと、折角だし」

 急に体がふわりと浮いて、気付くとシーナ様に抱き上げられていた。

 これは、所謂お姫様抱っこというものでは!?

 あら?王子様の婚約者になった私は、お姫様になるのかしら?となると、立場的には正しい抱かれ方?……いやいやいや、ハハハ。

 あまりの密着度に動転し、つい現実逃避をする。

「何があっても落とさないけど、俺にしっかり掴まってて」

 シーナ様は逞しい胸元にもたせ掛けた私の顔を見下ろして、再度腕に力をこめて私をしっかりと抱き込んだ。

 ちっ、近い……近すぎます。

 もう貴族令嬢の慎みだとか、そんな問題をゆうに飛び越えて、私はこれ以上何も考えないように無になろうとした時だった。

 更なる浮遊感に、私は慌ててシーナ様の首に腕を回してしっかりと抱きついた。


「えっ、えっと、これは……」

 おそるおそる視線を下にやると、私はいや私たちは飛んでいた。

 シーナ様の足元は地面から離れバルコニーの手すりにかすりもせずに悠々と飛び越えて、しばらく飛翔したかと思うと中庭のガゼボに着陸した。

 飛び降りたというのではなく、本当に私を抱えてゆっくりと飛んできたのだ。


「わっ、わわ……」

 あまりのことに言葉がまとまらない。

 もう着陸しているのに体が緊張で強張ってしまい、うまく動かせそうにない。パニックを隠し切れない私は、腕の力を緩めるどころか更に強くシーナ様にしがみついていた。まるでシーナ様だけが、私の命綱であるかのように。


「セシリア……可愛いっ!!」

 感極まったシーナ様に強く強く抱きしめ返されてしまった。

 あの、そういうことではなくてですね!?急に飛ばれて、私は生きた心地がしなかったのですよ?この震えも、抱き着く強さも、どちらかというと驚きと恐怖感なのだと思うのですが。

 でも強張ったままの私の喉も口も、そんな言葉を伝えることは出来ない。


「ね、こうやって何があってもセシリアだけは抱えて逃げることが出来るからね。君のことは、この世のありとあらゆるものから守るよ」

 言葉だけ聞いているととても甘いのに、実行度がえげつない。せめて前もって教えて欲しい。

「あり……が、とう……ござい、ます」

 まだ震えてうまく言葉を継げない。

「でも、その、きゅ……急に飛ば…な、いでぇ……」

 思わず涙目になった。しかも、とうとう言葉遣いまで崩壊した。

「あっ、ごめんね?」

 シーナ様は今気づいたように謝ってくれたけど、自分が悪いって思ってないよね?語尾が疑問形なのは何故!?

 ここまで令嬢の仮面がはがれると、もうどうでも良くなって私は思わず口を尖らせてちょっと拗ねた。

 シーナ様は一瞬きょとんとした顔で私を見つめ、その場から歩き出してガゼボの中の椅子に座った。腕の中の私は、必然的にシーナ様のお膝の上で横抱きにされている。


「セシリア、ダメだよ。可愛すぎる」

 そう言って胸元で私の頭を抱え込むように、強く強く抱きしめる。

 一体、何がダメなのかしら?

「ああ、もう、我慢できなくなっちゃうよ。でもなぁ、ううっ……ハァ」

 ため息の後、しばらくの沈黙が流れた。

 私は益々どうしていいか分からなくなってしまったけれど、思った以上にシーナ様の腕の力が強く、満足に身動きできない。


「セシリア……、お願いがあるんだ」

 とても切実な声が、抱え込まれた私の頭の上から聞こえる。

 これはもしかして!?色事に疎い私でも、現在の状況からしてそれなりの要求が来るのではないかと、思わず身構えた。

 次の言葉までの間に、色んなことが頭を過った。

 正式な婚約者ならどこまで許されるのか。教科書的には、抱きしめられているこの状況は既にアウトだ。でも、実際皆様口付けくらいならこっそりとされていると聞いたこともある。それに王族しかも外界から閉ざされた離宮なんて、ほぼ治外法権なのでは!?

 いやいや、でもここは外だわ。冷静になって、私!一体いつからこんなはしたない私になってしまったの!?


「その、差支えなければ……月に一度、血液検査を受けて欲しい」

「は?」

 思ったより、低い声が出てしまったわ。……血液検査?この状況に何か関係がありまして?

 いきなりの飛翔に震えた私は貧血でも疑われているのかしら?

 何?先ほどまでの甘い雰囲気は何でしたの?ここにきて、そんな切羽詰まった声で血液検査ですってぇ?

 んん?ちょっと待って!これじゃあ、私が濃密な接触を求めていたみたいじゃない!違うのよ、そういうことじゃないんだから……。


「シーナ様のご意向には従いたく思いますが……」

 とりあえず了承したけれど、これって何で?って聞いていいものなのかしら?

「セシリアには、末永く、健康でいてもらいたいしね」

「はぁ、ありがとうございます」

 何故か困ったように微笑むシーナ様に違和感を覚えつつも、うまく言葉に出来なくて私も曖昧に微笑んだ。

 この日以降、食事のメニューは小松菜のポタージュやフォアグラのパテがたっぷり塗られたブルスケッタなど、鉄分豊富なメニューが供されることになった。



 それから数日は毎日似たような予定を繰り返し、シーナ様との勉強も進んでいった。

 元々知っていた王国史…その裏側、ゲオルク国王が崩御された年齢や場所などに衝撃を覚えながら、王家について学んでいった。


 そして約2週間が経った今日は、初めての血液検査の日だ。

 私としては体調に変化はなく、至って健康だと思うのだけれど。シーナ様は一体何を心配されているのか、私では計り知れない崇高なお考えがあるのかもしれない。

 身支度を整え、朝食へ向かう前に採血が行われるとリヴィアさんが前日に教えてくれていたので、今は初日に通された応接室で医師を待っていた。

 こんな朝早くから離宮に呼び出されるなんてお医者様もお気の毒にと、健診棟にいた医師をふと思った。

 そうしている内にドアをノックされアイク様のお声がしたので、私は入室の許可を出しリヴィアさんにドアを開けてもらった。


「失礼致します」

 アイク様が入って来られたが、一人だった。医師はいない。となると、何か別件だろうか。

「おはようございます、セシリア様。本日のご気分はいかがですか?もし優れない部分がありましたら、血液検査は延期致しますが」

 事前の確認にわざわざ来て下さったのかしら?

「おはようございます。特に体調に変化はありませんので大丈夫です。予定通り、お願い致しますわ」

「畏まりました。では、少し失礼して」


 アイク様はソファに座る私のすぐ近くまでやってきて、ローテーブルに置いた小箱を開けた。

 その中には注射器やガーゼにテープなど、採血に必要な道具が入っていた。

 あら?お医者様では無くアイク様が?


「その、アイク様は医術の心得がおありなのですか?」

 私は、そう言えば以前シーナ様にも同じような質問をしたなと思いながら尋ねた。

「ええ、まあ。大体のことは網羅しております」

 それって、知識はあっても医師ではないのよね?

 一抹の不安を覚えつつも、今の私に成す術はない。私は観念して、利き腕でない左腕を差し出した。

 アイク様は手慣れた様子で私の腕を捲り上げた袖と共にゴムチューブで縛り、肘の内側の血管を確認した。そしてそこをアルコールで消毒し、少し太めの針を刺す。

「っ……」

 最近何度も腹を括ってきた私だが、注射に動じない訳ではない。痛いものは痛いし、本当は注射なんて好きじゃない。

 これまでは年に一回の健康診断や病気にかかった時だけだったのに、これからは月に一度か。ハァ……、でもシーナ様に頼まれてしまったのだから仕方ない。

 これもその内慣れるものなのかしら。


「終わりましたよ」

 あれこれ考える内にアイク様は手際良く採血を終えた。そして針が刺さっていた腕には、小さなガーゼが医療用テープで止められていた。

 私の目の前に血液の入った試験管が1本転がっていた。

 ん?いつもの健康診断の時よりも、試験管が大きくない?

 腕のチューブを外されると、リヴィアさんが優しく袖を下ろしてくれ身支度を整えてくれる。

 アイク様は道具を先ほどの箱に片付けていき、最後に私の血液が入った試験管を丁寧に片付けた。

 一連の様子をずっと眺めていたけれど、相変わらず目元を覆うベールのせいでアイク様が今何を考えているのか全く分からない。


「ご気分は悪くありませんか?この後朝食になりますが、立ち眩みがしたりいつもと違う感覚があれば、すぐにリヴィアでも私でもお申し付けくださいね」

「ええ、分かりました。ありがとうございます」

 私が頷くと、アイク様は一礼して部屋を出て行った。


 その後私も食堂で朝食を頂いたのだけど、お昼前になって今日はシーナ様がお忙しくてお会い出来ないことを知らされた。

 いつも一緒に過ごしていたお茶の時間には、シーナ様からのお詫びとして豪華なお菓子とお花が届けられた。


 離宮(ここ)に来て初めての血液検査があった日に、急に忙しくなるなんて何か私の病気が見つかったのかしらなんて、少し不安になってしまう。

 明日は何事も無くお会い出来たら良いのだけど。

 夕食時、アイク様にシーナ様へお菓子とお花のお礼と共に、お忙しい中お身体をいとうメッセージを伝えて頂くようお願いした。


お読み頂きありがとうございます。

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