(6)王国の秘密。建国の王ゲオルク……その両親って非常識よねっ!?
翌日も前日と同じように朝から一人で朝食を頂き、リヴィアさんにまだ回っていない離宮内を案内してもらってから、昨日と同じ時間帯にシーナ様の執務室へ入った。
「やあ、セシリア。今準備するから、少し座って待ってて」
お仕事が終わった直後だというのに、一片の疲れも見せずむしろ肌艶が良くなったようなシーナ様に迎えられた。
「アイク、この検体を片付けて」
「畏まりました」
シーナ様は書類を束ねて執務机の脇にまとめ、その間にアイク様が検体の入った深めのトレイを持ちあげる。
そのトレイには、今日の血液検査分の試験管が入っているのだが、カチャカチャとどこか軽い音がする。
昨日よりも早い時間に終わっているということは、今日は検体の数が少なかったのかしら。昨日みたいな事件も無かったようだし、王国が平和なのはいいことだわ。
私は呑気にソファに座り、書類を片したシーナ様が大きめの本をローテーブルに置くのをじっと見つめていた。
「執務前に、ウィルがこれを届けてくれてね。早速、王国の歴史について見ていこうと思うんだけど、大丈夫かい?」
「はい。よろしくお願い致します」
やっと、王子妃にふさわしい努力が出来るのかと思うと私の心は弾んだ。
さすが王家に伝わるというだけある、立派な装丁の本をシーナ様がめくっていく。
最初に折りたたまれたページがあり、それを広げると一覧になった王国の年表が現れた。建国から英雄譚にもなっている戦い、諸外国と結んだ重要な条約、途中流行った疫病など、主だった出来事が時の国王の名と共に時系列に並んでいた。
「まずは建国からだね」
「はい。ゲオルク国王がこの島国をヘルシーナ王国と名づけ、建国を宣言したところですね」
ヘルシーナ王国は、建国以来1000年以上王家が変わっていない。他国に攻められて屈することも内乱が起こることも無い、まさに奇跡の国であるということがこの年表を見てまざまざと感じ取れた。
「順番に見て、何か気になることはない?」
「気になること、ですか?」
「うん、一定の周期毎と言ったらいいのかな。実は特徴があるんだよ」
私はじっと年表を見つめた。王国の歴史について一通りは学んだけれど、こんな質問をされたのは初めてだ。
それぞれの国王の治世に起こった出来事をみても、特に規則性は見当たらない。他国が頻繁に攻めて来た時期もあれば、全く戦いが起こっていない治世もある。産業についても不自然なこともないし、違いと言えば……。
「ゲオルク国王の治世が一番長いんですね」
「そうだね」
建国したばかりで政情不安などもあったのだろうか、一番長く在位している。その次もそこそこ長い、その次は普通かしら。そして……。
よくよく見ていくと、年数にして250年前後で急にまた在位期間が延びている。
不思議なことに、在位期間が延びたら、次はまた少しずつ短くなって、また250年程先で在位期間が延びている。
「在位期間の変遷、ですか?」
私が呟くと、シーナ様は満足そうに頷いた。
「さすがセシリアだね。すぐに気が付くなんて、勤勉で聡明だ」
「ありがとうございます」
「そう、在位期間について同じような流れが、およそ250年ほどで循環しているね。となると、今はどうだろう?」
私は年表の中で一番新しい、今の治世を見る。
現在のレオナルド国王は、ちょうど250年に差し掛かる部分。まさかっ!?
「直近250年で、一番短くなるというのですか?」
私が恐る恐るシーナ様を見ると、シーナ様は無言で頷いた。
でもこれまでがそうだからといって、必ずしもそうとは限らないのでは?人の寿命は偶発的なことも重なって、周りから見て容易く予想できるものではないはず。
「そんな、これまでの流れがそうだからと言って、これからも同じになるとは自然界はそこまで容易くないのでは?」
シーナ様のお考えを否定するなんて不敬にあたりそうだが、ここは勉強の場なのだからと思いきって質問をしてみた。
「そう、自然界は甘くない。でももしこれが不自然なもの、人為的なものだったらどうかな」
確かにシーナ様はただ歴史を辿るだけでなく、王国の秘密と言った。となると……。
「この一連の流れを操る方がいらっしゃると……」
その言葉に、シーナ様はにっこり笑った。
「それが、幻の王子の役割だよ」
さらりと仰るけれど、私には壮大過ぎて受け止めきれない。
役割?でも、250年毎なのか分からないけど、代々生まれる幻の王子になる方って。何か特殊な教育、特殊な能力、特殊な……?
私の一貴族令嬢としての偏ったちっぽけな知識では想像も及ばない。
これが歴史学者や、何某かの研究者なら分かったかもしれないけれど。
「ごめん、ちょっと混乱させたよね。セシリアがすぐに答えに辿り着いたから、調子に乗ってペースを速めてしまった」
私は混乱したまま、とりあえず曖昧な微笑みを浮かべた。
「じゃあ、元に戻って。ゲオルクの話をしようか。どんな国王か知っている?」
私は頷いて、覚えている限りの知識を話し出す。
「ゲオルク国王は、壮健で屈強、とにかくお身体がお強い方だったと聞いております。この島国に点在していた各部族をまとめ上げ、ヘルシーナ王国の名のもとに統一し、ルールを各部族間で取り決めて統治したと。また元々この島国には稀少な薬草などもあり、それぞれの部族に伝わる秘術を収集、管理して、現代まで伝わる医術の礎を作った方だと。そのおかげで国民の死亡率が下がり、また寿命が延び、ゲオルク国王も大層長寿であられたと聞いております」
「うん、そうだね。王国の歴史書にも記されている通りだよ。素晴らしい」
シーナ様の笑顔を見て、私はきちんと言えたことにホッとした。
「それで、ここからが国民には開示されていない秘匿事項なんだけど。もちろん、ゲオルクにも親がいるんだよね」
確かに王国の建国史は、既に成人しているゲオルク国王がいきなり建国を宣言するところから始まる。ゲオルク国王がいつ、どこで、誰から生まれたのかまでは記されていない。
私は思わず、ごくりと嚥下した。
「ゲオルクの父親は元々この島国の人間じゃなかった。他所からここに流れ着いたんだ。そして、この島国のある部族の娘と契約を交わした。そしてその後に生まれたのがゲオルクだ」
「契約?恋に落ちたのではなく?」
「そんなロマンチックなものだったら良かったんだけどね。ゲオルクの父は生き延びて自身の望みを叶えるため、母は自身の野望と探求のために合意し、出来たのがゲオルクだ」
「えっ……」
そんな子供の作り方ってあるのかしら?現代の貴族だって、確かに政略のための結婚や嫡子を設けることもあるけれど、まるで実験の様に生まれたゲオルク国王って……。
「セシリアには衝撃が大きすぎたよね。君にそんな顔をさせたかった訳じゃないのに、ごめんね。ちょっと休憩しようか」
シーナ様は近くのベルを鳴らすと、しばらくしてリヴィアさんが入ってきてお茶の用意をしてくれた。私は温かい紅茶を口に含み、驚愕ですっかり冷えてしまった手足にじんわり広がるぬくもりをゆっくり味わった。
「ふう」
思わず、ため息が漏れてしまった。
「少し落ち着いた?」
「はい」
シーナ様はカップを置いて膝に戻した私の手を、包み込むように握った。
「もしセシリアがつらいなら、今日はこのあたりで止めるけど、どうする?」
優しい眼差しに、私の心は勝手に励まされた。
「いいえ、もう少しお聞きしたいです。ここで終わってしまうと、却って気になって眠れなくなりそうです」
「そう。眠れないセシリアと過ごす夜も捨てがたいけど、セシリアにはいつも健康でいてもらいたいしね」
シーナ様は少し色香の含んだ声から、茶目っ気のある表情をして私を和ませてくれた。
「じゃあ、ここまでで何か質問は?」
「えっと、ゲオルク国王のお父様のことも気になるのですが、お母様は一体何を探求なさっておられたのでしょうか」
正直島国に流れ着いたどこの誰とも知れぬ方と、契約で妊娠・出産するなんて余程の事なのだと思う。
「そうだね、彼女が探求し続けたのは『永遠の命』だよ」
「えっ……」
そんな夢物語の代表格のようなものを?それが、その方と契ることで近付けるなんて当時何が起こっていたのだろうか。
「元々この国の稀少な薬草やそれを活かす技術は高度なもので、延命に一役も二役も買っていた。彼女は人間の寿命をどこまで延ばせるのか、もし『永遠の命』が存在するならそれはどういった仕組みになっているのか、それを学術的に解き明かそうとしていたんだ」
私は言葉を失った。『永遠の命』なんて考えたことも無かったし、別に欲しいとも思わない。
「ゲオルク国王のお父様は、何者だったのですか?」
その質問に、シーナ様は寂しげな表情になった。
「『永遠の命』を持つ者だよ」
「そんな……っ」
本当にそんな方が実在したなんて。というか『永遠の命』が本当なら、今もご存命でいらっしゃるってこと!?
「だから、ゲオルクもそれに近い身体能力を持っていたんだ。頑強で普通の人間よりは長生き。でも残念ながら普通の人間とのハーフだから、永遠とまではいかないけど。まあ、せいぜい持って200年から300年ってところかな」
「200年から300年……」
それだけで十分すごいのですが。
でも、普通の人間は100年も満たずに死んでしまう。お妃様も、側近や友人達も。では……。
「そのお子様は、どうなるのですか?」
「うん?ハーフと普通の人間の子になるから、クォーターだね。だから単純計算で、頑強さも寿命もゲオルクの半分になる。まあ個体差はどうしても出るけど。そしてその現象を立証したがったのがゲオルクの母、ヘラなんだよ」
思わず絶句した。自分の子供や孫で実験なんて。
母性ってなんだろう。そしてその実験を許した父親、周りが死して尚生き延びる人生ってどうなのかしら。
「セシリア?大丈夫?」
私には理解できないことだらけで、きっと私の顔からは血の気が失せているのだろう。
シーナ様の心配げなお顔に、何らかの返答をしたいのに顔の筋肉が強張ってどうしようもない。
「今日はここまでにしようね」
そう言って、シーナ様は年表の載った本を閉じた。
「あっ……」
せっかくの学びの場を終了させてしまったことに、罪悪感が湧いた。
「責めたりしてないから、大丈夫だよ。期日も無い上に、予想よりペースも早いんだ。セシリアが優秀過ぎるからね」
シーナ様が冗談めかしに慰めてくれる。
「優秀な頭で、あれこれ考えこんじゃだめだよ。これは、歴史であって現在じゃないんだから」
シーナ様の言葉に一応頷くものの、何か腑に落ちない。でもそれが何なのか、今の私には分からず力ない笑みを返すのが精一杯だった。
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