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(5)シーナ様とのひと時。ちょっ、距離が近過ぎますわっ!!

「ここが図書室だよ」

 初めて離宮の地下に案内された。しかしこの図書室は吹き抜けになっており、地上階の窓から明るい光が射しているため、あまり地下室という感じがしない。


「シーナ様、何かお探しでございますか?」

 奥の方から一人の男性が出てきた。その顔にもやはりベールがついている。

「やあ、ウィル。少し頼みごとがあってね。その前に、こちら俺の婚約者。セシリアだよ」

 私はハッとしてカーテシーを行った。

「チガボーノ伯爵家長女セシリアにございます。よろしくお願い申し上げます」

 さすがにこれまでの経験から、ベールの男性には最上級の礼をすることにしている私である。

「そうですか。私はウィル。書物の管理を行っております。図書室に関しては何でもお聞き下さい」

 それだけ言って、ウィル様はシーナ様に向き直った。


「明日からセシリアと一緒に王国の歴史を見直したくてね。必要な資料をお願いするよ」

「畏まりました。詳細なものと年表を中心とした大まかなもの、まずはどちらがよろしいですか」

「後者でお願いするよ。明日の昼までに俺の執務室に運びこんでおいて」

「仰せのままに」

 ウィル様は恭しく頭を下げて、再び本棚の奥に消えていった。きっと仕事熱心なお方なのだろう。


「ここでの用事は済んだ訳だけど、どうする?少し本を見ていくかい?」

 問われて私はくるりと図書室を見回す。整然と並べられた沢山の本棚にはこれまた沢山の蔵書が並べられていて、この中から本を選ぶだけで日が暮れそうだ。ウィル様がここのことは自分にと言ってくれた理由が分かる気がする。

 それにほとんど私のために資料を用意してくれようとしているのに、気配で邪魔をしたく無かった。

「いえ、またの機会に致しますわ」

「そう」

 シーナ様は私の腰に腕を回したまま、図書室を出て再び廊下を歩きだす。

「そう言えば図書室で思い出したけど、セシリアはこの国の英雄譚を知ってる?」

「はい。知識程度には。あと弟が英雄の物語を気に入って、よく私に話してくれていました」


 ヘルシーナ王国は島国のため四方を海に囲まれており、全方位からの侵略を想定しなければならない。

 絶対に上陸など出来ない切り立った崖部分などもあるが、どこでも船からの砲撃などを受ける可能性がある。

 その対策として王国の東西南北それぞれに砦があり、明確な境界線はないがおおよそ4分の1ずつを守護し、外敵に目を光らせている。

 有名な英雄譚は、東西南北それぞれに存在する。


 最初は西の砦。真夜中の奇襲だった。ヘルシーナ王国に自国の船団を気付かれないよう沖に本隊を置き、少数の精鋭部隊が襲撃してきた。砦を制圧した後に狼煙を上げて本隊を呼び集中砲火を浴びせて、夜が明ける前にヘルシーナ王国を陥落させるという作戦だった。

 西の砦の兵は戦いの予兆も何もなかったため、普段通りの体制で夜勤の兵士のみの守備だったが、幸い夜勤の兵士の中に後に英雄と呼ばれる者がいた。

 彼は夜戦を特に得意としていた。噂によるとかなり夜目が効くらしい。更に身体能力が異常に高く、件の奇襲時もいち早く異変に気付き敵が砦に侵入する前に迎え撃った。


 闇夜の中、木や建物の影に入ってしまえば普通は気付きにくいものだが、彼はそんなことはおかまいなしだった。当時の記録によると昼日中の戦いと変わらない、いやそれ以上の力を発揮し、短時間しかも単騎で相手をねじ伏せた。

 更にねじ伏せた相手の口を割らせ作戦のあらましを知ると、今度は逆に少数精鋭の船団を率いて、狼煙が上がるのをただ待っている敵の本隊を叩きに行った。

 逆に急襲を受けることになった敵の船団は、急襲を受けているにも関わらず相手の数を見て侮ったあげく一瞬で沈められ、ヘルシーナ王国はいつもと変わらぬ平和な朝を迎えたのだった。

 ちなみに英雄譚とは年代を経るごとに徐々に装飾されるのか、英雄はまるで空を駆けるように自由に船から船へと飛び回り、人間業と思えぬ速さと力で敵兵をあっという間に(ほふ)ったとなっている。


 西の急襲を教訓にしたのか、今度は別の国が東から奇襲をかけてきた。

 それは気候をうまく読み朝靄が立ち込めるその時を狙って、朝靄に船団を隠して襲撃をしてきたのだ。

 東の砦は慌てて応戦し、一時東の海岸線は壮絶な戦場と化した。

 しかし東の英雄は、何故か朝靄に溶け込むようにして誰にも気付かれずに敵を屠っていった。しかもいきなり各敵船の船長首を獲り、その勢いであっという間にこの戦いにおける総統の首級を上げた。

 彼は海岸線で激闘を繰り広げる両国の兵士の前に悠々と現れ、高台に全ての首を並べたと書いてあった。想像すると、何とも恐ろしい光景である。

 その光景を目の当たりにした両国の兵士は、彼には二度と逆らうまいと誓ったとか。

 結局ヘルシーナ王国民は今回も日常的な朝を迎え、残った敵兵を返還する際の賠償金で潤うことになった。


 これらと同じような逸話が北にも南にもある。

 この英雄たちは今はもうさすがに生きていないだろうが、各砦には常に英雄に匹敵するような身体能力に恵まれた逸材が出現している。

 そのためヘルシーナ王国は建国以来約1000年以上、至って平和である。


「リヴィアはね、南の砦から来てもらったんだよ」

「えっ?」

「セシリアの侍女兼護衛になってもらおうと思ってね」

 騎士のような身のこなしと思っていたけど、やはりそうなのでしたのね。

 女性騎士なんて、この国にも僅かしかいない貴重な存在を私に……。

「どうしたの?」

 思わず複雑な顔を浮かべる私を、シーナ様が心配げに覗き込んでくる。

「いえ」

「俺には隠し事しないで。何でも言って」

 命じてくれれば良いのに、懇願するように言われるとちょっとしたことでも罪悪感が湧いてくる。

「その、せっかく狭き門の女性騎士になったのに、リヴィアさんは私の侍女で良いのかなと……」

 うまく言葉に出来ないけど、今の現状がリヴィアさんにとって満足できるものなのか、私は自信が無かった。

 女性の身でありながら騎士として砦を守るなど、やはり英雄への憧れや戦場での栄誉を望んでいたのではとの思いが過ってしまう。

「リヴィアが何か言ってた?もしくはそんな態度を?」

 シーナ様の声音が変わった。今までの優し気なものでは無く、徐々に底冷えするような冷気を帯びる。

「いえ、全くそんなことはっ!」

 このままでは、リヴィアさんにとって良くないことが起こるような気がして私は慌ててシーナ様に縋った。

「ただ、そんな優秀過ぎる方を侍女になど贅沢だなと思いまして」

「ふうん」

 シーナ様はしばらく私の様子を見守ってから、フッと肩の力を抜いた。


「大丈夫。王子妃の護衛以上に名誉ある職なんて、あんまりないからね。それこそ、王妃や王太子妃の護衛くらいでしょ」

 その説明に確かにと思いつつ、王子妃=私ということを改めて認識して顔が真っ赤になった。とりあえずは婚約者としてここに来たけれど、シーナ様は本気で私を自身の妃にとお考えだということを実感させられた。


「ん?どうしたの?顔が真っ赤だよ。今の話に、赤くなる要素があった?」

 シーナ様は不思議そうに、私の顔を覗き込んできた。

「いっ、いえ。私の考えの至らなさに恥ずかしくなっただけですわ」

 とりあえずごまかした。だって本当のことなんて、もっと恥ずかしくて言えないもの。

 シーナ様に選んで頂けたことがこんなに嬉しいなんて、恋愛経験ゼロの私には口が裂けても言えない。

「ふふっ、やっぱり真面目だね」

 シーナ様に笑顔が戻って、再び私たちは歩き出した。

 道中、案内をしてもらいながらダイニングに二人で入る。


 離宮内でほとんどメイドなどに出会わないが、皆よほど優秀なのか私たちが急にダイニングに現れても、テーブルの準備などもつつがなく行われていく。

 ずっと寄り添って歩いてきたシーナ様は食事の時も傍にいてくれるようで、向かい合ったお席ではなく、私のすぐ隣に着席した。どこまでも気さくというか、王族然として威張っていないところも好ましい。

 そして、前菜から順番にお料理が運ばれてくるけれど、明らかにシーナ様と私のメニューが違う。


「ああ、俺は執務中に色々つまんでるから、夕食はあまり食べないんだ。だから俺のことは気にせず、セシリアは普通に食べて」

 つい凝視してしまった私にもシーナ様は優しい。気を遣わせてしまってばかりで申し訳ないわ。

「不躾な視線をおくってしまい、申し訳ありません。お気遣いありがとうございます」

「あはは、そんなに畏まらないで。ここは公式の晩餐でもないんだから、俺の前ではマナーも気にせず気楽に過ごして。その方が、俺も嬉しいから」

 にっこりと誰もが見惚れる慈愛の笑みを浮かべるシーナ様を、私は思わずうっとりと見つめてしまった。

 その間にもシーナ様は運ばれてきたサラダに乗ったエディブルフラワーを口にされる。

 美しいお花を召し上がる美しい王子、本当にこの方は存在そのものが人を超越したまるで精霊のような方だわ。


 その後も私にスープが運ばれてくると、シーナ様には昼間ジーク様からリヴィアさんが受け取っていた小瓶が運ばれてきて、シーナ様はそれを一気にグッと煽った。

 王族らしくないその飲み方も、何だかシーナ様の雄々しさを垣間見た気がして思わずときめいてしまった。

 メインは二人とも肉料理だった。私はミディアムだったけど、シーナ様はほぼレア。量は少ないけれど新鮮な血の滴るような、本当に火を通したのかすら怪しい程のレアなお肉だった。


「そう言えば、セシリアは苦手なものはないの?」

「はい。特には。アレルギーもありませんし、領民の血税によって我が家は成り立つのだから無駄にしないように、好き嫌いもしないようにというのが我が家の教えでしたので」

 脳裏に厳格なお父様の顔を思い浮かべながら答えた。

「素晴らしいね。貴族の鑑だよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、好みが分かれがちなレバーとかも食べられる?」

「はい。しっかり火を通して頂ければ大丈夫です」

 稀に新鮮なレバーを生食される方もいると聞いている。目の前のシーナ様のようにほぼレアで出されると困るので、ちょっと言葉を添えておいた。

「そっか、じゃあ葉物野菜やナッツ類も大丈夫?」

「はい。問題ありません」

 私の返答にシーナ様は満足げに頷いて、ドア付近に控えていたリヴィアさんに一瞬目配せをした気がした。

 

 最後のデザートは私だけ。シーナ様はあまり甘い物をお好みではないのかもしれない。

 食後の紅茶を一口飲んで、私は思わず笑みをこぼした。


「どうしたの?何か気に入ったものがあった?」

 私の一挙手一投足を、シーナ様は気にかけて声を掛けてくれる。

「ええ、どれも美味しかったのはもちろんですが、こうしてシーナ様と一緒にお食事が出来たことが嬉しくて」

 朝から肩透かしばかりで、慣れない場所での心細さもあって正直一人の食事は寂しかった。実家では、たとえお父様が仕事で忙しく食卓を囲めないにしても、いつもお母様や弟が一緒だったから。

「そっか。セシリアが嬉しいと、俺も嬉しいよ」

 そう言ってまた優しく美しい笑顔を向けてもらうと、私は正視出来ずに思わず俯いてしまった。


「どうしたの?耳まで真っ赤だよ。ふふっ、可愛いね」

 横に座っていると、正面からでは見えないところまで見られてしまって益々恥ずかしくなった。

 でも本当、どうしてだろう?シーナ様とは昨日会ったばかりなのに。そもそも存在すら知らなかった方なのに、どうしようもなく惹かれてしまう。


 私はこんなに惚れっぽい性格では無かったはず。社交界で評判の貴公子の方をお見掛けしても、そうあの方が……といった程度で、ここまで心を動かされるようなことは無かった。離宮(ここ)に来て、何かがおかしい。それだけシーナ様が魅力的なだけ?

 自分の思考に陥りかけるが、再びシーナ様にエスコートされてダイニングを出る頃にはそんな思考も消えてしまった。

 そしてシーナ様の私室へと案内された。


「リヴィアから聞いていると思うけど、俺とセシリアの部屋は隣同士だし中のドアで繋がっているから、何かあったらすぐに俺のところに来て。あっ、何もなくても自由に来てくれていいからね」

 シーナ様は最後悪戯っぽく笑い、私は再び真っ赤になった。

 本当、私の淑女教育で身に着けた貴族的表情は、どこに行ってしまったのかしら。シーナ様に翻弄されっぱなしだわ。やっぱり、伯爵家程度の教育ではまだまだみたいね。

 内心、小さく落ち込んだ。


「大丈夫。俺の方からは行かないから安心して」

「えっ」

 行き来自由なのは私だけというのが意外で、思わずシーナ様を見つめてしまった。

「ん?今はまだ、だよ。そのうち……ね」

 またしても妖艶な笑みを浮かべて私を覗き込むシーナ様。

 これって、シーナ様が来てくださらないのが寂しいと捉えられてしまったのかしら。何てはしたないことを……。


「それから、俺、朝は苦手で昼も執務室にこもるから、今日みたいな時間帯からしか一緒にいれなくてごめんね。でも、その分夜はいつでも歓迎だよ」

 完全に夜型の王子……。いいのかしら?でもきっと離宮(ここ)では、この方がルールなのよね?

「私も朝は遅い時間帯に起きる方がよろしいですか?シーナ様のお時間に合わせる方が、離宮がうまく回るのでしたらそのように致しますが」

 私が言うと、シーナ様は一瞬きょとんとした表情をされた。


「本当、どこまでも真面目だね。俺に合わそうとしてくれるの?ふふっ。嬉しいけど、無理はしなくていいよ。まあ、結婚したらそうせざるを得なくなるかもしれないけどね」

「それは、どういう……?」

 尋ねかけて、止めた。結婚したら夫婦の契りを交わすために夜は一緒に過ごすとなると……、確かに起床は同じような時間帯になるのかも。私はそこに思い至って、また顔を真っ赤にして沈黙した。


「ははっ。全く、セシリアは分かりやすいな。本当、今の内に離宮(ここ)に来てもらって良かった。そんな様子で夜会に参加し続けていたら、悪い狼にあっという間に食べられちゃうところだった」


 閨事の話は苦手だった。お茶会でも、皆さま色恋事の話と同じく興味津々で楽しんでいらしたけど、私は他人様の噂を想像で膨らませて話すことが厭わしかったし、うまく対応出来なかったから、どちらかというとお堅い貴婦人方の傍で刺繍の話や婦人でもわかる範囲の政情や経済の話を聞いていた。

 その弊害がこんなところで出てしまうとは。

「すみません、色々疎くて」

 こんな女はつまらないだろうなと、落ち込む。

「ううん。その純真なところがいいんだよ。……俺だけのセシリア」

 再び艶めいた声音で、そっとシーナ様の胸元に抱き寄せられる。

 今日はずっと腰を抱かれるほどの距離にいたからか、最初程の驚きは無いけれど。

 そっとシーナ様のお顔を仰ぎ見ると、またしてもルビーの瞳の奥に普段とは違う熱を感じた。その熱に浮かされて、つい全てを委ねてしまいそうになる。


「っと、いけない」

 今度はシーナ様から身を離された。

 急に離れていくぬくもりに、私は物足りなさを感じてしまった。

 またいつの間にか、私のはしたなさのレベルが上がってますわっ!?


「ふう、まだ我慢、我慢」

 シーナ様は、小声で独り言を呟いている。私は私で、後から噴き出てくる恥ずかしさと胸の動悸を抑えることに必死になっていた。


お読み頂きありがとうございます。

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