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(4)シーナ様の執務。王子なのにそんなことを?

 再び離宮内に戻りダイニングで昼食を摂った後、私はリヴィアさんに案内されてシーナ様の執務室の前に来ていた。

「あら、こちらは……」

「はい。セシリア様のお部屋の二つ隣りです。ちなみに、セシリア様の隣室はシーナ様の私室でございます」

 ええっ、婚約者だからもしかしてそうかなとは思ってはいたけれど。

 私の一瞬の動揺などものともせず、リヴィアさんは扉をノックする。

 中から入室の許可が聞こえると、お茶のセットが乗ったワゴンを押して入室した。

「失礼致します」


 シーナ様は部屋の奥の執務机に居られ、その手にはペンと試験管があった。

 試験管の中は赤い液体。あれは私もどこかで見たことがあるような……。

 じっと見据えてみると、それは健康診断の時に採取された血液を入れた試験管だった。試験管には、その血液の持ち主の名前がラベリングされている。

「えっ、シーナ様が?」

 王子殿下であらせられるのに、お医者様の仕事をされているなんて。


「あれ?セシリア?」

 今やっと私に気付いたように、シーナ様は試験管から顔を上げた。

「ごめんね。あとこの一つで終わりなんだ」

 申し訳なさそうにしながら、シーナ様はその試験管を灯りに(かざ)している。何か気になることでもあるのかしら。

「えっ」

 そしてあろうことか、その試験管の蓋を外して匂いを嗅いだ。更には……。

”ペロッ”

 なっ、舐めた!血を舐めた!?

 私は淑女の仮面などかなぐり捨てて、驚愕の表情を浮かべてしまった。

 

 王子が、血を舐めた。

 ちょっと待って、王子に何をさせているの?っていうか、血液検査ってこういう風に結果が出ているの?お医者様が何らかの薬品とかを使って色々調べるのではなくて?

 きっと気の弱い貴族令嬢ならこの場で気絶してしまっていたに違いない。

 私も出来ればそうしたいけど、最後王城で腹を括ってから若干開き直ってしまって、今はか弱い演出も出来ない。


「アイク。俺が今から書く手紙を、至急王宮医のアピオスに届けてくれないか?」

「畏まりました。僭越(せんえつ)ながら、その検体はどなたのものですか?」

「ああ、ボルクス侯爵家のルドルフだ」

「なるほど。では紹介状も共に用意させましょうか」

「そうだな。あと必要なら近衛を使え。それなら安全だろう」

 シーナ様はてきぱきと指示を出していく。

 私は目の前で何が起こっているのか分からず、いつもと少し雰囲気の違うシーナ様をただ見つめるしかできなかった。

「畏まりました」

 アイク様はシーナ様が(したた)めるのを待って、必要な書類を受け取って退室していった。


「さてと、待たせてごめんね。お茶にしようか」

 私は目の前で行われていたことに衝撃を受けて、しばらく茫然としていた。

「セシリア?」

 心配げに顔を覗き込まれて、ハッと我に返った。

「失礼致しました。少し、動揺してしまって」

 慌てて頭を垂れた。

「やだなぁ。そんな畏まらなくていいよ。ごめんね。私の仕事の様子なんて、見ていて気持ちのいいものでは無いからね」

「そんな。とんでもございませんわ。きっと私では計り知れぬほど、重要なものとお見受け致しました」

 言いながらも、まだ少し私の瞳は先ほどの光景に動揺して揺れていた。


「ふふっ。セシリアは淑女の鑑だね。でも、そうだな。もし聞きたいことがあれば今聞いていいよ」

 先ほどのお仕事の様子はとても気になるけれど、機密事項なのではないかなと戸惑ってしまう。

「大丈夫。どのみちこの離宮から出ることはないから、他に漏らす心配も無いしね」

 全てを見透かされてそう言われると、変に我慢するのも何だかフェアじゃない気がして思い切って尋ねてみることにした。


「では、先ほどのアイク様とのやり取りについてお伺いしても?」

 恐る恐る聞いてみた。

「ああ、いいよ。あれはね、侯爵家の嫡男が毒に冒されていることが分かったから、早く医者に診せるようにって手紙を書いたんだ。遅効性の毒で、毎日少しずつ摂取させられているようだったから、犯人も近くにいる者だろうな。侯爵家ともなると、係りつけ医や騎士団にも息のかかった者がいて握りつぶされる可能性があるから、近衛を使っていいと指示を出したんだ」

「そんなことが……」

 末端伯爵家の私なんかがお茶の時にのんびり聞いて良い話では無いのでは?ハイクラスの貴族、怖すぎるっ!

「まあ、よくあることだよね。でも侯爵家の嫡男となると、場合によっては国のパワーバランスがおかしくなりかねないから、しっかりみてあげないとね」

 シーナ様の仰りようは、まさしく国家を想う王の器に思えたのだけど。そんな方が表には一切出ない幻の王子だなんて。しかも、そうっ、血を舐めてまで確認なんてっ!?


「あの、シーナ様はお医者様なのですか?」

「ん?私は医者じゃないよ。これでも王子だし」

 いや、そこはそうなんですが。

「でも、先ほど血液をご覧になって……その、血液を舐めて……」

 私は何て言ったら不敬にならないか考えたけど、思いつかずにこんな言い方になってしまった。


「ああ、うーん。まあ、あれが私にしか出来ない仕事なんだよ。私は血液の見た目や匂いなどから異変を感じ取れるんだ。それで皆の血液から身体の異常を察知して、適宜必要な治療を受けられるように手配するのが私の仕事……ってどうしたの?」

「素晴らしいですわ!!シーナ様のおかげで、我が国の子供たちは無事に成人を迎えられておりますのね!私も知らず知らずのうちに、シーナ様にずっと守って頂いていたこと、ここに感謝致しますわっ!」

 私は思わずシーナ様の両手を握り、熱弁してしまった。

 本当、先ほどはこんなに尊いお仕事とは思わず少し引いてしまって申し訳なかったと、心の中で深く反省する。

「いやっ、そこまで言われると逆に……実益もかねてるし」

 最後シーナ様は小声で呟いていたけど、シーナ様ってたまに言葉遣いが変わるような?先ほども、ご自身のことを『俺』と仰っていたし。

「シーナ様?」

「ん?なんだい?」

「もう一つ、お伺いしてもよろしいですか?」

「うん、いいよ」

 シーナ様はにこやかに受け入れてくれる。


「失礼ながら、シーナ様は先ほどご自身のことを『俺』と仰っておられましたが、もしかしてそちらの方が普段のシーナ様に近いのですか?」

「えっ!!」

 シーナ様は一瞬しまったというような顔になった。

「いや、その、それはだな……」

 少し俯いて一つため息を吐くと、シーナ様は観念したように話し出した。


「そう、その通りだよ。本当は『私』なんてほとんど言わない。言い訳すると、セシリアのせいだよ。いや、こんな言い方は卑怯だな」

 シーナ様は目元を赤らめて、口を引き結んだ。

 私はそのまま、シーナ様が再度話して下さるのを待った。

「厳格なチガボーノ伯爵に育てられた、超がつくほど真面目な令嬢セシリア。これが社交界での君の評判だ。そんな厳格かつ真面目なセシリアは、きっと絵に描いたような真っ当な王子が好みかと思って、そう演じてみたんだけど……」

 ものすごくバツが悪そうなシーナ様、何だか可愛らしい。私は胸の奥が温かくなるのを感じた。

「私のために、ありがとうございます。でも先程の執務中のシーナ様、とても素敵で格好ようございました」

 つい照れてしまって、私まで頬が赤くなる。


「本当?嬉しいなぁ」

 シーナ様はこれまでの大人びた表情から、まるで少年のように満開の笑顔を私に向けてくれた。

 これは……、まさかお茶会で言葉だけ聞いたことのあるギャップ萌えというものかしら。

 その人柄を少し知る度どんどんシーナ様に惹かれていくのが、自分でも分かった。


「ねぇ、他にセシリアはどんな風にされるのが好き?どんな王子なら好きになってくれる?全部叶えてあげるから、俺のこと、もっともっと好きになって」

 そう言って、先ほどから繋いだままの手を更に深く絡めとるように撫でられる。

「あっ……」

 そんなことをされるのは初めてで、私の肩がビクっと震えた。

 こんな無邪気さと妖艶さを同時に発揮されて迫られたら、経験値の少ない私には対応出来ない!


「そうだ。これから毎日俺の仕事が終わったら、後の時間はずっと一緒に過ごそう?もっとセシリアのことが知りたいし、俺のことも知って欲しい。ついでにこの国の秘密も。一緒に、隅々まで勉強しよっか」

 国の秘密はついでですかっ!とか言いたいことはあるのに、何だか淫靡な言い回しに気を取られて何も言えない。その間にもシーナ様は急に距離を詰めてきて、私の顔にその吐息がかかりそうなくらいだ。

 先程までの、清廉潔白を体現したような王子様は一体どこに!?これが、シーナ様の本性?

 真っ赤なルビーの瞳の奥に、これまで隠れていた婀娜っぽさが垣間見える。

「ふふっ、楽しみだね」

 シーナ様はそう言って繋いだ手を指先で優しく撫で、名残惜しそうに手放し元の位置に戻った。

「さあ、今度こそお茶にしようか。冷めてしまうよ」

 何も無かったように、シーナ様はカップを傾ける。

 胸の高鳴りに動揺した私は、粗相をしないように手の震えが収まるのを待ってからお茶に手を伸ばした。


「そうだ、セシリアはこの国の歴史については知ってる?」

「はい。一通り学んだつもりではありますが」

 カップを置き、私はシーナ様に身体ごと向き直った。

「そっか。実は一般的な歴史と、王家に伝わるものとで少し齟齬(そご)があるんだ」

「齟齬……ですか」

「うん。明日から一緒に王国の歴史を辿りながら、王家の秘密について少しずつ話していくよ。あとで、図書室に連絡して必要な書物を準備してもらおう」

「あっ、はい」

 私の返事に、シーナ様は満足気に笑った。

「そう言えば、図書室はもう見た?」

「いいえ」

 結局午前は中庭にしか行っていないから、まだどこに何があるか分かっていない。

「じゃ、早速行ってみようか。どうせ、明日の準備をお願いしに行かないといけないしね」

「はっ、はい」

 シーナ様は無邪気に笑って席を立った。

 なかなか、有言即実行の御方である。

「さあ」

 スッと手を差し出され、私は素直に手を乗せた。


 立ち上がってスマートにエスコートをしてもらい部屋を出たまではいいけれど、廊下を歩くその時も、ずっと手を繋いだまま。

「あの、シーナ様?」

 私の手を引いて先導するシーナ様が振り返った。

「どうしたの?ごめん、少し歩くのが早かったかな」

「いいえ」

 歩く速度は、十分私のことを考えて下さっていると分かるほど丁度良い速さだった。

「その、手が……」

 私は繋いだままの手に視線を落として訴えた。

「ん?手?」

 シーナ様は首を傾げてしばし考えた後、何か閃いたように手を離してくれた。

 ホッとしたのも束の間、シーナ様はぐっと距離を詰めて私の腰を抱いた。

「えっ?」


「気づかなくてごめんね。俺がどんどん前に行って寂しかったね。これなら、もっと近くにいられるよ」

 驚いて私は声が出せなかった。

 近い、近過ぎますわっ!いくら婚約者とは言え、この距離は他の誰かが居たら顰蹙(ひんしゅく)ものです。普通は従者や侍女にすぐに引き離される距離なのに、ここには私たち以外誰もいない。リヴィアさんはどこに行ってしまったのかしら?

 昨日のアイク様もそうでしたけど、シーナ様とお会いするといつも二人きりになってしまう。


「時間はあるからね。ゆっくり歩こう。疲れたら言ってね。俺が抱き上げて運ぶから」

 シーナ様は素晴らしい笑顔でとんでもないことを言ってくる。

 それにしても、どうしてこんなに私のことを?昨晩もはぐらかされてしまったから、きっとまだ教えては下さらないだろう。でも……。


「王家の秘密を学んだら、シーナ様が私をお選び下さった理由を教えて下さいますか?」

 その言葉にシーナ様は一瞬真顔で私を見つめ、にこやかに笑ってくれた。

「もちろんだよ。きっと、一緒に歴史を辿る中で分かるはずだよ」

 約束が出来たことで、私は少し安心した。

 それにしても、目下の課題はこの距離感に慣れることね。一朝一夕にはいかないでしょうけど。


お読み頂きありがとうございます。

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