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(2)いざ王城へ!幻の王子との出会い

「ここからは王家の秘密に触れること故、今回の婚約に承諾せぬ場合は話すことが出来ぬ」

「畏れながら、それは万に一つのこととして、お受けしないという選択肢もあるということでございますか?」

 お父様が、大粒の汗を流しながら何とか口にした。

 束の間の沈黙がこの場に落ちる。

「いや、今回に限りそれは許されぬやもしれぬ……。万一の場合は、王命を発してでもセシリア嬢を王城内に留め置くことになるやも」

 何故、第三者のような話し方をされるのかしら?王子殿下のご意向なら、陛下は覆せるのでは?この話し方だと、まるで陛下よりも偉い方がいらっしゃるみたいだわ。

 私は違和感を持ちつつも、それをどのように陛下に伝えて良いか、また伝えてもよいのかが分からなかった。


 ここで、この場で初めてお父様と顔を見合わす。

お父様のここまで困惑した顔を見たのは初めてだ。

 私達としては、もちろん詳細を聞いた上で判断したい。しかし、承諾をしないことには詳細を聞くことが出来ない。何ともじれったいことだが、相手が陛下なのだから文句を言うことすら叶わない。

 私は一度ギュッと目を閉じた。深呼吸を一回。

 閉じた瞼の裏にタウンハウスに残して来た母と弟の顔、慣れ親しんだ愛すべき領地の風景を思い浮かべ……そして、覚悟を決めた。

 お父様に向って、私は一度頷いた。

 お父様の目が、それで良いのかと戸惑いで揺れる。

 私は再び力強く頷いた。


「陛下、そのお話、ありがたくお受けさせて頂きます」

 お父様は慇懃に答えた。

「そうか」

 陛下の御顔が安堵で晴れ、ホッとして肩の力が抜けたように見えた。

 そんな、ここまで陛下が緊張を表に出すほどのこと?王家では一体何が起こっているの?

 エレノア様が仰っていた夢物語のような幻の王子様ではないの?


 幼いころより培われてきた、貴族としての義務を優先させてお受けしたものの、今更ながら恐怖がこみあげてくる。でも、もう後戻りは出来ない。この国に生まれた貴族として、役目を果たすのみ。

 私は自分の将来に対して、わずか16歳にして目を瞑った。


「では、チガボーノ伯爵には私から話すとして、セシリア嬢は早速王子の元へ向かって欲しい。詳細はそこで聞いてくれ」

 ここでお父様と引き離されるのはとても不安だった。

 そもそも、当事者の幻の王子がここにいないのがおかしい。婚約を結ぶというのならこの場にいて然るべきなのに。どうせ断れないのなら、この場で姿を秘密にする必要も無いでしょうに。

 腹をくくったら、むしろ怒りが湧いてきた。


「それから申し訳ないが、王家の秘密及び国家機密を知る以上、セシリア嬢は二度と王城の敷地内から出ることは叶わないと心して欲しい」

「えっ?」

 あまりに無体で想定外な言葉に、淑女教育も空しく本音が出てしまった。

 お父様も驚愕の表情のまま固まっている。

「何、今生の別れという訳ではない。ここ王城にて、年に何回か面会の日は設ける故、思うところはあると思うが堪えて欲しい」

 衝撃に固まって動けない私を侍従が無慈悲にも連れ出す。

 お父様も同じく固まり、私の方へわずかに手を伸ばしただけだった。


 こんなことって、こんなの……本当に在り得ない。いくら陛下でも横暴というもの。

 これでは王子殿下の婚約者というよりも、そこいらの罪人と変わらない。建物が薄汚い牢獄から、豪奢な王城に変わっただけ。

 もちろん抵抗なども出来るはずもなく、黙々と侍従の背中を追う。

 せめてお母様にお別れのご挨拶くらいしたかった。最後に弟を抱きしめて、お父様とお母様をよろしく頼むと伝えたかった。

 婚約者の元に向かうはずなのに、私は絞首台に送られる罪人のような気分で廊下を歩いた。

 窓の外は既に真っ暗だ。

 王子殿下の元へと言われたけど、こんな時間だしとりあえず今日はどこかの部屋に押し込められて、明日にでも正式に紹介されるのかしら。


 前を行く侍従は時折私を気遣うように振り返りながら、どんどん敷地の奥へと進んでいく。気付くと王城を出て、渡り廊下を歩いていた。

 夜の静けさの中に、私のヒールの音のみが響く。この世界に一人孤独に放り出されたような、何とも心もとない気分になる。

 しばらく行くと、再び豪華な建物が見えてきた。

「こちらは、離宮にございます」

 侍従がやっと喋り、扉を開けてくれた。


「ようこそ、セシリア様」

 中に入ると、離宮の執事と思しき男性が迎えてくれた。

 一瞬ぎょっとしてしまったのは、その男性が目元を隠す様に黒いベールを顔に着けていたからだ。

「さあさ、ここからは私が案内致しますので」

 その言葉を聞いてこれまで私の傍にいてくれた侍従は、私というよりはその執事に向かって深々と礼を執って退館して行った。

 侍従が去ったのを確認して、執事は改めて私の方へ向き直った。

「初めまして。私はこの離宮の管理と、あの御方の補佐をしております。ここではアイクとお呼び下さい」

「アイク様。チガボーノ伯爵家長女、セシリアにございます。よろしくお願い申し上げます」

 アイク様の呼び捨てに出来ない威厳というか、明らかに私よりは元の爵位が上である雰囲気に、私は陛下に対して行うのと変わらないカーテシーをして礼を執った。

 本来なら執事相手にそこまではしないのだが、先程の侍従の様子も気になってのことだ。

「なるほど。聡いお方のようだ」

 ボソリとアイク様が呟いたようだが、私にはよく聞こえなかった。

 先ほどから、「あの御方」とか何だか色々尋ねたいことはあるけれど、当事者の王子殿下からの説明の前に先入観を持つのは良くないと、黙ってアイク様に付いて行った。


 連れてこられたのは、離宮の中にある応接室。

「失礼致します。セシリア嬢をお連れ致しました」

 アイク様がノックをして返事を受けてから、私は中に促された。

 部屋の奥一面ガラス張りの大きな窓の前に、この世のものとは思えないほど透き通った白い肌の男性が立っていた。

 その御方がこちらを見つめる瞳は、ルビーの最高峰ピジョンブラッドのように赤くとても印象的だった。また髪色は闇夜に溶けこむような艶のある漆黒。

 この国では珍しいその組み合わせに、私の目は釘付けになった。


「やあ、よく来てくれたね。君が、セシリア?」

 見惚れるあまり不躾に見詰めてしまったことに気が付き、ハッと我に返り礼を執る。

「はい。チガボーノ伯爵家長女、セシリアにございます。この度は身に余るほどのありがたきお話を頂戴し、恐悦至極に存じます」

 言いながら、きちんとカーテシーを行った。

「ふふっ、真面目なお嬢さんだね。私はシュナヴァルツ。言いにくいだろうからシーナと呼んでくれ」

 その冴えわたる美貌から想像するよりもずっと優しい声音で声を掛けられ、少しだけ私はホッとした。

「シーナ殿下」

「殿下もいらないよ」

 初対面にも関わらず、この気さくさに少し戸惑うが殿下がそう仰るなら仕方ないと、私も腹を括った。

「シーナ様」

「うん、よろしくね。セシリア」

 シーナ様が柔らかい笑みをこちらに向けてくれる。

 我ながら単純だと思うけれど、ここに来て初めて味方に出会ったような気になってしまった。もしそこまでもこの王子の策略なら、もう完全にお手上げだ。


「さあ、そんなところに立っていないで、こちらにおいで。まずはお茶でも飲もう。移動で、体が冷えたのではないか?」

 シーナ様は私に近寄り、そっと手をとってエスコートして下さった。

 私は導かれるままに、部屋の真ん中にある大きなソファにシーナ様と共に座った。


「あの、シーナ様」

「ん?何かな?」

 ソファに座った後も、シーナ様はずっと私の手を握っている。

 これまで縁談の一つも無かった私は、異性とのこの距離感をどうして良いか分からない。しかもお相手はこれまで存在すら知らなかった雲の上の方。この手を握り返せば良いのか、淑女としては振り払うべきなのか。こんなことなら、市井で流行りの恋愛小説の一つでも読んでおけば良かった。

「あの、手を……」

 思わず頬を染めて上目遣いに訴えた。

「ああ、ごめんね。つい。セシリアの手は綺麗で、温かいね」

 最後にするりと撫でられて、まるで名残惜しいとでもいうように手が離れていった。

 そんな仕草にも、私は慣れていなくてドキドキしてしまう。

 意識して気持ちを落ち着けていると、それまで空気と化していたアイク様が紅茶とスコーンをテーブルに準備してくれた。


「アイク、ありがとう。今日はもう下がっていいよ」

 さらりとシーナ様は仰るけれど……。

 いくら婚約者とはいえ、未婚の男女が密室に二人きりなんて。

 しかも、ここにくるまでメイドの一人も出会わなかった。紅茶もアイク様が用意して下さって。この離宮は、一体どうなっているの?

 全く何の説明も無く、疑問ばかりが湧き上がり戸惑っている間にアイク様は部屋から退室してしまった。


「セシリア、この婚約を受けてくれてありがとう。とても嬉しいよ」

 相変わらず距離が近いまま、シーナ様は笑顔で話し続ける。

 きっと悪い方ではないと思うのだけど、人との距離が元々近い方なのかしら?

「あの、シーナ様?いくつか質問をよろしいでしょうか?」

「いいよ。何でも聞いて」

 許可を得たとはいえ、聞きたいことが多すぎてまとまらない。とりあえず……。

「私、本日からこちらでお世話になるようにと陛下から仰せつかっておりますが、王都のタウンハウスに着替えも何もかも置いてきてしまって。どうすれば良いのでしょうか」

 侍女の一人も連れてこれなかったし、化粧品どころか下着すらない。まさか着の身着のままともいかないし。

「ああ、そんなこと」

 そんなこと?私にとっては結構一大事なのですが……。

「うん。急なことでごめんね。大丈夫。セシリアの部屋は用意してあるよ。家に荷物を取りに帰してあげることは出来ないけど、生活するのに必要な物は一通り揃えたつもりだ。ドレスなども今は既製品で申し訳ないが、またいつでもオーダーしてくれて構わないからね」

 やっぱり、帰れないんですよね。それに、そんな贅沢をしたい訳でもないのですが。

 私は曖昧に微笑んだ。


「お気遣い、ありがとうございます。それから、このようなことをお聞きするのは大変お恥ずかしいのですが、私はこちらでどの様に過ごせば良いのでしょうか?」

 そう、仮にも王子妃になるのだったらそれにふさわしい妃教育があるはず。

 これまで貴族令嬢として淑女教育は受けて来たけれど、王族の一員としてどこ迄通用するかなんて怪しいものだ。

「うーんと、特に何も。好きに過ごしてくれたらいいよ」

「えっ?」

 本日二度目の素が出てしまいましたわ。

「私たちは公の場に出ることも無いし、ひいてはこの離宮から出ることすら無いからね。まあ、私には私にしか出来ない仕事があるから普段執務室にいることが多いけど。セシリアはここから出ない限りは、自由に過ごしてくれたらいいよ」

 これまでガチガチの淑女教育を受けて来た私にとって、自由なんてことは未知の世界で益々どうしていいか分からなくなった。

「そうだ、セシリアは趣味とかはないの?好きなこととか」

 趣味?そんなこと考える暇も無かった。でも何も答えないのもいけないかと思い、頭を巡らす。

「刺繍とか……ですか?」

「ふふっ、何で疑問形なの?淑女教育じゃなくて、好きなことだよ」

 好きなこと……出来ること、しなければならないことはたくさんあったのに、好きなことなんて無い。

 私の困惑する顔を見て、シーナ様は苦笑した。

「ごめんね。困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、セシリアのことがもっと知りたくて」

 優しい方なのだなと私は思ったけど、そんな優しい方が何故私を閉じ込めるような真似を?シーナ様と話せば話すほど、疑問も増えていくような気がした。

「そう、ですか。あと一つ、何故私をお選び下さったのですか?」

 シーナ様のこの雰囲気なら、聞いても許されるかもしれないと一縷の望みを掛け、一番聞きたかったことを聞いた。

「そうだね。それについては……おいおい、ね」

 はぐらかされた。口調は優しいままだけど、やはりいけない質問だったのかしら。

「さて、お喋りに興じていると喉が渇くね。さあ、アイクお手製の紅茶が冷めないうちにどうぞ」

 シーナ様直々に促されては断るわけにもいかず、私は紅茶を飲み、少しスコーンも頂いた。

 今日は夕食を食べていないにかかわらず、怒涛の展開過ぎて空腹を感じない。

「美味しい?」

「はい」

「良かった」

 甘やかに微笑まれて、シーナ様の綺麗なルビーの瞳の奥に吸い込まれそうな感覚に陥る。

 その瞬間、私の意識は暗転した。


お読み頂きありがとうございます。

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