表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイドさんのお仕事  作者: 好観
1/13

二人のメイド

 人は死んだらどこに行くのだろう。



 それはきっと誰もが一度は考えるものだろう。



 生きとし生けるもの全てが永遠ではない時を経て終わりを迎えると知ったその時から、人は考える。



 私も同じだ。

 一度ばかりでは無かった。


 絶望する度にそう考えては泣き疲れて眠って、また同じ朝を迎えて、繰り返しまた考えた。




 人は死んだらどこに行くのだろう。

 そう思いながら目を閉じて。私もついに終わりを迎える。



 まるで眠りの中で、ぼんやりとした掴みどころのない夢を見ているかのような感覚が続いて。


 耳元で誰かがずっと私の名前を呼んでいるような、雑音がひっきりなしに聞こえている。



 ………り。


 意図して眠っていたわけではないけれど。そろそろ目を覚さなきゃね、そう思った。



 そして私は重く閉じていた目を開ける。




       *




 街中の灯がポツリポツリと点きはじめ、西の空の向こうへと太陽が沈み、オレンジ色の空が闇色に変わる中。


 街の中心部、駅のホームのベンチに一人座り、私、村主実里は途方に暮れていた。



「ねえ本当にここはどこなのよ!」



 思わず叫ぶように強く口から出たその言葉は、誰の所に届くこともなく消えていく。


 それもそうだ、当たり前だ。


 だって周りには誰もいないのだから。居るのは私一人だけだった。



 落ち着くのよ、実里。こういう時、いつも店長に言われてきたじゃない。焦っているときこそ立ち止まって深呼吸しなさいって。


 私は誰にも見られていないことをいいことに、これでもかという程に思い切り大袈裟に息を吸い込んで、吐いた。熱くも冷たくもない春の空気が、胸の中にいっぱい広がった気がする。


 そのくらいには少し動揺しているのかもしれない。今ばかりは仕方がないとそう思える。


 なぜなら私はいつの間にか知らない街へと来てしまったみたいだからだ。



 今から少し前のことだ。


 プツンという、まるで何か機械の電源を落としたかのような音がして私は顔を上げた。


 目が少し霞む。パチパチと瞬きを繰り返すと、目の前の視界がくっきりと見え始めクリーム色の空間が広がった。



 電車、だ。いつの間にか眠っていたのか、それとも深く考え事をしてしまっていたのか、気がつくと私は電車の中に座っていて、その電車は駅で停まっていた。


 車内には私以外誰もいない。それほどに車内で熟睡をしてしまっていたのかと急いで立ち上がると、開いていた扉から慌ててホームへ降りた。


 するとそこには全く覚えのない駅とその先に見知らぬ街並みが広がっていたのだ。



 どこだ、ここは。どこまで来てしまったのだろう。視線を動かし駅名を探した。屋根から降りる大きな駅名看板。そこに書かれていた、二文字の名前は。



「『終点』…?」



 どうやら私は今もなお眠っていて、夢を見続けているらしい。

 だとしたら納得がいく。終点まで寝入ってしまってついた駅が『終点駅』とか、意味がわからない。こんなの夢でしかない。

 眠る前の私は電車に乗ろうとでもしていたのだろうか、現実の私が今も車内で爆睡しているのなら、さっさと目が覚めてほしいものだ。


 そう願うも夢を見終わる気配は一向に現れなかった。私は諦めて辺りを見渡した。



 ホームには私一人しかいなかった。

 夢の中なら不思議ではないのかもしれないが、だが夢にしてはあまりにもリアルな感覚のするこの夢に、違和感を覚える。もしかしたら、いつも私が見る夢とは違うものなんじゃないかって。



 一体ここはどこだろう。そんなこんな考えているうちに、先ほどまで私の乗っていた電車は扉が閉まり、ゆっくりと動きはじめた。


 隣の駅に行くのだろうか、線路の上を走り徐々に加速していく車両を目で見送り、最後に車掌さんがこちらを向いて手を振っていたのを見て、ああ、あの人に聞いてみれば良かったのか、なんてぼんやりと思う。


 そして視線を動かした先にベンチを見つけると、私は無意識に足を動かし近づいて座った。




 冒頭に戻る。

 ホームから見える街並みは、どこにでもあるような街並みなのだが、そのビルの構えや店の並びにはどうも覚えがない。

 初めて来る街ならどこもそうなのだろうが、普通なら普通にあるはずの、地名を指すような看板が見当たらない。本当にここがどこなのか分からない。そしてそれを誰かに聞きたいが、その聞く人も見当たらないのだ。


「……。」


 勢いよく立ち上がりホームの階段へと向かった。階段を降りてキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていく。


 迷子にもならないほどシンプルな駅の構内。蛍光灯が辺りを照らしている。改札の方向を示す看板が良く目立つ。目指す場所は一目瞭然だ。それなのに歩けば歩くほど不安が増えていくのはどうしてだろう。



 前方に目を向けると次の電車を知らせる電光掲示板には、何も表示されていない。終電が終わったのか、今日はもう電車が来ないことを示しているようだった。

 帰りの電車がないなら、駅を出て歩こうか。


 改札が見えたところで実里はポケットに手を伸ばそうとして、そして気がついた。何も持ち物がないのだ。財布も何もない。

 どうやって電車に乗ったのだろうと思ったが、もう一人の私が頭の中に出てきて囁いた。これは夢だよ実里…と。



「確かにね、夢だしどうにかなるかも。」



 夢なら夢のままに任せてみよう。こういう時の自分の謎のポジティブ思考には感謝する。そう思い改札を抜けるとまるでドラマのセットの中にでもいるかのように、全ての電源が落とされていた改札は、案の定何も反応しなかった。

 勿論、無賃乗車をしたはずの私を引き止める人もいなかった。



(あとで怒られませんように。)



 罪悪感を僅かに抱え少しだけ背中を丸めながら歩いていた私だったが、駅を出たところでそんなことはすっかり忘れてしまった。


 何故なら視界に動くものを見つけたからだ。



 人だ。


 駅の中では不自然な程に見当たらなかった人の影があちらこちらに見える。


 よかった。場所は分からないけれど、これは私のよく知る駅前の景色だ。 



「あの、すみません。」



 ここはいったいどこなのだろう。私は目の前を通り過ぎようとする男性に声を掛けた。

 だが私が声を掛けた途端に彼はくるりと向きを変え、小走りで道の向こうへと走り去っていってしまった。おや、立ち止まってくれるような感じの人だったのに。私が声を掛けたタイミングで彼は何か用を思い出し、来た道を戻っていったのだろうか。



「すみません…って、……。」



 気を取り直し、今度はこちらに向かって歩いてくる女性に会釈をしながら近づこうとして、足を一歩動かした。今度は大丈夫、と。

 すると目の前のその彼女は、ぱっと姿を消してしまった。いない。今さっきまで確実にそこに居たのに。足を止めて辺りをぐるりと見渡したが、その人らしき女性の影はどこにも見当たらなかった。



(なんだろう…もしかして私、避けられているの。)



 偶然に偶然が重なった、ただそれだけかもしれない。そう自分に言い聞かせて何度か同じことを繰り返し試してみた。だが結果は変わらなかった。


 人影は今もまばらに見えるのだが、私が声をかけようとするとこちらの歩くスピードよりも遥かに早い速さで道向こうに姿を消してしまう。

 そうして誰とも話ができずに時間が経ち、気付けば頭上に広がる空は完全な夜に変わっていた。



「なんで、誰も私と話してくれないの?」



 目が覚めたら知らない街にいて、そして誰とも話ができないなんて。


 そもそもこれは何だろう。


 本当に夢か、それとも現実か。


 自分の置かれている状況がわからないというのは、こんなにも不安になるものなのか。



 そう不安だ。自覚したのをきっかけに、時間が経てば経つほどその不安は風船のように膨らみ、すぐに私の全てを覆いつくしてしまう。



 嫌だな、怖い、助けてほしい。



 夜の駅前の街並み。

 どこにでもありそうなコンビニ、スーパーに薬局、レストラン。


 立ち並ぶビルの灯りが、今はとても怖い。


 あの灯りの全てが、今の私をまるで存在しないかのように見下ろしているのかと思うと、怖くなる。ここから逃げ出したい。


 でもその思いとは裏腹に、私の足は動こうとしない。



 頭の中で嫌な記憶がぶわりと浮かぶ。

 十代の頃の記憶だ。教室の扉を開けて席に座り授業の始まりをじっと待つ時間。


 誰も私に目を向けない空間。

 好意も悪意も感じない、ただただ無関心が辛いという、私にとって一番嫌な記憶だ。


 誰か助けて、誰か私に気が付いて。

 私を知る誰かの所に連れて行って、ここから逃げさせて。


(違う、逃げるのではなくて探しに行くの、実里。自分で、動かなきゃ…!)


 弱気になる私。そこにもう一人の私が私を奮い立たせてくる。

 いつの間にか地面にしゃがみこんでいた身体に私は喝を入れて立ち上がった。弱気になるな、ポジティブ実里。私はまだ、この駅の前から動いていないじゃない。

 何よ、たかが周りに数回無視されたからって、不安になったりして。


 自分よ強くなれ、希望を強く持て、そう言い聞かせる。この駅から離れたら誰かがいるかもしれない。私の声に振り向いてくれる誰かが…と。


 だがそんな私の気持ちとは裏腹に、心臓は鉛のように重く感じる。心臓だけじゃない、身体全てが重い。


 不安がそうさせている?まるで周りの空気が全て水に代わり、抵抗を受けながら前に進んでいるような重さだ。

 これが全て夢ならば、本当に早く目が覚めてほしい。そう願いながら駅から離れるために私はついに歩き出した。




 それからどのくらいの時間と距離を歩いたのだろう。駅を抜けた先には商店街が並び、そこでも人影はあったものの、相変わらず私の存在に足を止めるものは現れなかった。



「寒いなー。」



 春の夜はまだ冷える。


 どこか暖の取れるような、休めそうな場所はないだろうか、腕を擦り辺りを見渡しながらも、歩みは止めずにいた。

 信号の点滅する横断歩道を渡り、シャッターの並ぶ街を抜ける。走る車を横目に河川敷を歩き、橋を渡り公園を抜け、明かりがぽつぽつと灯る住宅地の中を歩く。


 すると小さな交差点の前に来た時、曲がった道の先に一軒の喫茶店があるのに気が付いた。



 看板の灯りがくっきりと見える。いわゆる喫茶店バーというものなのだろうか。

 ここまで来る間にも何件か飲食店はあったのだが、その時は重い空気を感じて店の前を通り過ぎてしまっていた。


 だがこの店はどうだ。見つけた途端「入りたい」という気持ちが湧いてきたではないか。

 店の前には手入れされた植木が並び、道路沿いに並ぶ窓から店の中が少し見えた。



「今度はきっと大丈夫。」



 深呼吸をした。

 頑張れ実里、とドアノブに手を伸ばす。扉を開くと頭上でチリンとベルの音がして、私はゆっくりと扉を閉めながら店内を見渡す。淡いランプの光がいくつも灯されていて、店内はぼんやり明るく照らされていた。


 好きな雰囲気のお店だ。

 店員さんはいるだろうか。すると店の奥に動くものを見つけ、咄嗟にそちらを向いた。カウンター席の向こう側、その中央にオレンジ色の何かがフワフワと浮いている。



「ああいらっしゃい、村主君。村主実里君だね。」


「はい…へっ?」


 みかんだ。宙に浮く、フルーツのみかん。凄くいい色だ。

 私、フルーツの中だったらみかんが一番好き!じゃなくて中心が明るく白く光る光の玉だ。

 火の玉のようにも見える。

 その火の玉が私に話しかけてきた。


 火の玉が私に……ブンブンと首を横に振ろうとして止めた。明らかに人でも動物でもないそれをいつもだったら一目散にさけたであろうに、どうしてか今日は素直に近づいた。

 それはきっとこの火の玉が、このよく分からない夢の世界に迷い込んでから初めて、私に話しかけてきてくれた存在だったからだと思う。


 オレンジ色をした光の中からは男の人の声がした。



「私は店主の橘です。どうぞよろしく。」


「店長さん。」



「村主君は今日から、この店のお客様だね。」


「へ……ええ?」



 なぜ、この火の玉は私の名前を知っている。火の玉、じゃなくて店長さんの名前は何だったか、たった今聞いたはずなのに、もう忘れた。ショックだ。仕事柄、人の名前を覚えるのは得意な方なのに。


 じゃなくて!今はそれよりもこの火の玉、オレンジ色の何かさんがなぜ私の事を知っているかの方が大事だ。


「あ、あのどうして私の名前を……。」



 狼狽える私とは裏腹に、そのオレンジ色さんは落ち着いた声色で話を続ける。「まあまずは好きな所に座って」と促され、私は店の奥へと足を進めた。

 オレンジ色さん改めオレンジさんが宙に浮かぶそのカウンターの前の席へと座った。


 棚の上の飾りを眺める。大正ロマンを少し感じる、レトロな雰囲気のお店だ。僅かに感じる煙草の匂いも店の雰囲気を演出しているような気がする。



「お嬢さん、好きな飲み物をどうぞ。お出ししますよ。」


「えっと…オレンジジュース、をお願いします。」



 キョロキョロと席の周りを探すもメニュー表が見当たらず、でも喫茶店なら大体あるよね、と素直に好きなものを言ってみた。

 すると棚に置かれたグラスが宙に浮き、氷が浮き、カウンター奥からピッチャーが同じく浮いて出てきて、オレンジジュースが注がれた。まるでマジックのパフォーマンスを見ているかのようだ。

 どうなっている。瞬きもせずにじっと見つめていると、「不思議でしょう。」という少し楽しそうな声と共に私の目の前にそのグラスが置かれた。



 カランと氷が溶けて店内に音が響く。

 私は恐る恐るグラスに手を伸ばし、何も起こらないことを確かめると一口ジュースを口に含んだ。


 甘酸っぱい味と爽やかな香りが鼻を抜けていく。いつも飲む味、大好きな味だ。美味しい。



 ふう、と私は息を吐いた。するとタイミングを見計らったかのように、目の前のオレンジ色の彼は話し始めた。



「この店はね、忘れ物をした者がそれを見つけるためのお店さ。」


「はあ。」



 彼曰く、ここに来る客は皆何かを忘れていて、この店で忘れた何かを見つけたり、思い出したりして店を後にするのだという。

 唐突な話をされ、私は呆けてしまった。


 忘れ物だって。一体何のことだろう。



「あのー、これって夢じゃないですよね。」


「夢だと思うならそれでも構わないが、君はどう思う。」


 ぼやっとした説明をされて、さらに質問に質問で返された。オレンジさん……ただでさえ見かけが不思議だっていうのに、言うことまで不思議だっていうのかい。



「君には十分時間があるのだから、この店でのんびりと忘れ物探しをすればいい。」


「はい…。」



 なんとも曖昧な説明だ。急にそう言われたってよく分からない。変な夢は続くな。

 まあ、とりあえず少し心が落ち着くまでこの店でジュースを飲むとしよう。

 先程まで私の一番の不安要素だった「誰かと話す」というものは、たった今達成されたのだから。



 私は視線を落として、置いていたグラスへと手を伸ばした。


 カラン。

 再び音を立てたグラスの中の氷を見つめていると、オレンジさんはカウンター奥の空間へとスッと姿を消してしまった。


 また私に用があれば彼は姿を見せるはずだ。


 根拠は無いが、街中にいた人たちのような不安を覚える消え方ではないような気がする。


 店内はちょうどいい暖かさ保っていて、それが冷たいジュースを更に美味しくさせている。


 ああ、ひとまず落ち着ける場所が見つかって良かった。私は大きくため息を吐いた。



 さて、ここは彼に言われた通り、私の忘れ物について思い出してみようではないか。



(忘れ物か。)



 ふむ。そう指摘されたものの、全く身に覚えがない。


 一体自分は何を忘れてしまったのだろう。


 忘れ物、それは例えば大事な物。それとも物じゃなくて記憶だったりするのかな。

 最近の出来事をざっと思い出すも、ほぼ仕事漬けの毎日の中でそんな忘れてはいけないような重大なものは無かったはずだ。



「だめだ、何が分からないかすら分からない。」



 最近の出来事でないのなら昔の古い記憶とか。ならばこういう時は順序を追って一つずつ自分の事を思い出せばいいのだろうか。


 そう私は目を閉じて思い出していった。

 私が生まれた時のことから、順に。



(私は村主実里、二十二歳。

 父幹夫と母由里子の間に生まれた一人娘。


 うん、ちゃんと覚えている。出身は……。)




 グラスの中の氷がまたカランと音を立てる。


 淡いランプの光に温かい店内。


 昔の事をゆっくり思い出すには丁度いい空気だ。



 目の前のオレンジジュースを見つめていると、楽しそうに私の話をする両親の顔が浮かぶ。



『実里は小さい頃から決まって飲むのはオレンジジュースだったね』と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ