後編 俺はもう、独りだとは思わない
――5機のXメカが地球を発ち、長距離航行用の光速ドライブに突入してから数時間。
一瞬たりとも集中を乱すことなく暗黒の宇宙を飛び続けていた彼らの眼前に、ついにかの「小惑星」ビーストガーデンが現れる。
「あれが……ビーストガーデン、なのか……!?」
「あの時の巨大隕石より、さらにデカいやないか……!」
「……! 皆、あれを見て!」
2年前に押し返したものより、さらに巨大な漆黒の隕石。その規模と迫力に翔矢と爆人が息を呑む中、小惑星を形成している漆黒の岩肌から、無数の「赤い光」が現れた。
それを目にした真莉愛が声を上げた頃には、赤い光の数は瞬く間に膨れ上がり――やがて、小惑星全体にその輝きが灯される。
「な、なんだあれは……俺達の接近に関係している光なのか……?」
「しっかし気味が悪いなぁ……。とんでもねぇ数だし、まるで目ん玉みたいに並んでいやがるし……」
小惑星の表面全てを埋め尽くすような、夥しい数の赤い光。Xメカの接近に応じて出現したその光を警戒する翔矢のヘッドアローと朔太郎のイエロースマッシャーが、一旦距離を取ろうと旋回した――その時だった。
「……ッ! 翔矢、削太郎、避けてッ!」
まるで目ん玉みたい。
削太郎が呟いたその一言に「引っ掛かり」を覚えていたジェニーが、赤い光の正体に気付き、爆乳を弾ませ声を上げる。
「ぐぁッ!? 攻撃ッ……!?」
「あの小惑星の光点からだッ、翔矢ッ!」
「くそッ! 各機、散開ッ!」
小惑星表面にあるその赤い光点から飛び出して来た、赤い熱線がヘッドアローとイエロースマッシャーのボディを掠めたのはその直後だった。翔矢は咄嗟に全機に指示を出し、自身も操縦桿を倒して回避運動に突入する。
すると、全ての赤い光から豪雨の如き熱線が飛び始めた。こちらを狙う凄まじい光線の弾幕に、5機のXメカは回避に徹することを余儀なくされてしまう。
「……! これは、まさか……!」
縦横無尽に飛び回り、小惑星の表面から絶え間なく飛んで来る熱線をかわす中で――翔矢は「赤い光点」の正体に気付き、瞠目する。彼に続き、光点の実態を悟った他の仲間達も、その頬に冷や汗を伝わせていた。
――ビーストガーデンの黒い表面と、その全体に輝いている無数の赤い光点。これらは全て、小惑星本来の姿ではない。
この小惑星で生まれ育った人造怪獣の「幼体」達が表面に張り付いているため、そのように見えていたのだ。
翔矢達が表面の岩肌だと思っていた「漆黒」は全て、小惑星の外側を埋め尽くすほどの数に膨れ上がっていた、幼体のものだったのである。
「隕石の表面が黒いんやない……! ぎょうさんおる黒い怪獣共が、小惑星そのものを埋めてしもうとるんや……!」
「ははっ、ここまで来ると数える気も失せちまうぜぇ……!」
全長15mほどの体長と黒い甲殻、そして赤い両眼を持つ醜悪な怪獣。その大群が翔矢達を迎え撃とうと、一斉に己の眼から熱線を放っていた。それが、この凄まじい弾幕の正体であった。
怪獣という存在の脅威を知る並の人間ならば、その真実に辿り着いた瞬間に失神しかねないほどの絶望的な光景である。防衛軍の軍人たる翔矢達ですら、小惑星中に広がる幼体の群れを目にしてからは、操縦桿を握る手をわなわなと震わせていた。
――だが、その震えに恐れの色はない。
敵の正体が読めた以上、様子見の必要はなくなった。ならばもはや、攻撃あるのみ。
その境地に至った5人の若者達は、武者震いに突き動かされるままに操縦桿を倒し、一気に機体を旋回させて行く。回避から突撃へと移行した5機のXメカが、音速を超越した疾さで小惑星に急接近したのは、その直後であった。
「黒須真莉愛……突貫するッ!」
熱線の豪雨を紙一重でかわしながら、小惑星の表面に着陸した真莉愛のアンブレイカーブルは、猛烈な勢いで小惑星の岩肌を疾走して行く。
正面の頭部に備えられた巨大な2本角「ストライクラム」は、間合いに入り込まれた幼体を矢継ぎ早に撥ね飛ばしていた。
彼女の機体を狙う幼体達は両眼からの熱線を放とうとするのだが――その前に、頭上からの熱線掃射に薙ぎ払われてしまっている。それは、爆人の愛機であるガーゴイルウイングの攻撃によるものであった。
「空の神さん怒るけど、悪魔の翼が羽ばたきまっせー! ガーゴイルウイング、真紅の魔物の参上やッ!」
爆人の叫びと共に火を噴いている、機体先端部の熱線砲「ガークラッシャー」。両翼部の付け根に搭載されている2門のガトリング砲「ゴイルスマッシュ」。
その全てを一斉に撃ち放つガーゴイルウイングは、小惑星の外面を「清掃」するかのように、幼体達を頭上から薙ぎ払っている。
「掘削なら……俺のドリルに任せなァッ!」
ガーゴイルウイングの掃射を浴びて死に瀕した幼体達にとどめを刺すかのように。先端部のドリルを猛烈に回転させながら地表を疾走するイエロースマッシャーが、無数の怪獣を次々と抉り斬っていく。
強気な笑みを浮かべて操縦桿を倒す削太郎の後ろでは、ジェニーのブラストタンクがキャタピラを回転させ、猛進していた。
「ハァイ怪獣共、元気に待ってた? ジェニー・ライアンのお通りよッ!」
耐Gスーツに収まらない白い爆乳をたわわに弾ませ、溌剌とした表情で口元を吊り上げるブロンドの美女は、操縦桿を倒しながらアクセルを踏み込んでいた。
彼女が操る漆黒の戦車は2門の主砲を四方八方に連射し、自分達を包囲する幼体達を矢継ぎ早に消し飛ばしている。
「そこだッ! 超光波ビィイィムッ!」
そんな彼女の頭上を滑るように翔ぶ、翔矢のヘッドアローも――両翼部の熱線兵器「超光波ビーム」を発射していた。燃えるように赤い閃光がブラストタンクを護るように飛び、ジェニーを襲う幼体達を焼き払っている。
彼らが駆る5機のXメカは、ビーストガーデンに巣食う幼体達の迎撃を軽やかにかわしながら、各々の武装を以て未熟な怪獣の群れを圧倒していた。だが、何百という数の幼体を仕留めても、彼らの視界に映る大群は全く「減っている」気配がない。
それもそのはず。このビーストガーデンで生まれ育った幼体は、広大な小惑星の外側を覆い尽くしてしまうほどの数なのだ。ここで全ての幼体を一掃するまで戦っていたら、先に力尽きるのは間違いなく翔矢達の方になるだろう。
「やっぱりとんでもねぇ数だな……! これだけ仕留めても、まるで減ってる気がしねェぞッ!」
「どうする翔矢、もう合体するか!? このまま手をこまねいていては、地球への被害を食い止められなくなるぞッ!」
連戦に次ぐ連戦に声を荒げる削太郎を一瞥した真莉愛は、先頭を飛ぶ翔矢に「合体」を進言する。だが、乗機のレーダーに映る「高熱源」の反応を見遣っていた翔矢は、首を横に振っていた。
「……いや、まだだ! まだ合体は出来ない! 小惑星の最深部にある『高熱源』、これを吹き飛ばすくらいの爆発でなければ奴らを全滅させることは出来ないッ!」
2年前の隕石を止めた際は、小惑星の内部に積載されていた爆薬を撃ち抜くことで、内側から跡形もなく粉砕することが出来た。その時の爆薬よりも遥かに強い反応が、このビーストガーデンの最深部にも現れているのだ。
自分達が力尽きる前に、ビーストガーデンとそこに棲む怪獣達を撃滅するためには、これを利用するしかない。そして合体後のノヴァルダーXには、エネルギーの消耗が一気に加速してしまうという弱点がある。
「そのためのエネルギーをここで使うわけには行かない、ってことね……!」
「こんな対空砲火の中じゃあ、合体体勢への移行もままならんことやしなァッ!」
故にジェニーと爆人の言う通り、ここで合体して「高熱源」を爆破するためのエネルギーをすり減らすわけには行かないのである。そんな中、翔矢の視界にあるものが飛び込んで来た。
小惑星の最深部、即ち「内部」へと繋がっているものと思しき「大穴」が見えたのである。そこから溢れるように続々と這い出て来る幼体達を目にした瞬間、翔矢はジェニーのブラストタンクに向けて声を上げていた。
「……! あそこだ、ジェニーッ!」
「任せてッ!」
その一言だけで翔矢の意図を察した爆乳美女は、白い果実を揺らして操縦桿のスイッチを押し込む。ブラストタンクの2門の主砲から放たれた砲弾は、大穴から這い出る幼体達を纏めて吹き飛ばしていた。
彼女の砲撃によりさらに広がった大穴が、僅か一瞬だけ「手薄」になる。そこから先は、「切り込み隊長」の領分だ。
「真莉愛ッ!」
「言われるまでもないッ!」
2本のストライクラムを突き出し、邪魔者全てを排除する勢いで大穴に飛び込んで行くアンブレイカーブルに続き、他のXメカも内部へと突入していく。
彼女の愛機に群がる幼体達は全てその馬力に跳ね飛ばされ、その瞬間にガーゴイルウイングとヘッドアローの熱線に撃ち落とされていた。運良くその追い討ちから逃れた個体も、イエロースマッシャーのドリルに斬り裂かれ、ブラストタンクの砲撃で消し飛ばされている。
「ヒュウッ……なぁるほど、確かに昔とはちったぁ違うようやなァ」
チームの先陣を切り、行手を阻む幼体達を真っ向から蹴散らして行くアンブレイカーブルの勇姿には、爆人も口笛を吹いて感嘆していた。一方、レーダーを見つめていた翔矢は2年前の時とは違う点に気付き、目を細めている。
(この『高熱源』……動いているッ! やはり、こいつの正体はッ……!)
正体が爆薬だった2年前とは、規模も特徴も全く異なる「高熱源」。
その実態に翔矢を含むチーム全員が気付いた時には――すでに、「高熱源」を発していた原因そのものが、彼らの前に現れていた。
小惑星の最深部に存在する、広大な空洞。そこに辿り着いた5機のXメカを待ち受けていたのは、全長70mにも及ぶ超巨大な宇宙怪獣だったのである。
禍々しい形相で侵入者達を睨み付けている、赤黒い甲殻を纏った「成体」。太い両脚と凶悪な鋭爪、そして巨大な尾を振るい翔矢達の前に現れた、ビーストガーデンの主。
それこそが今回の「高熱源」こと、「人造母獣マザー・ゼキスシア」の実態だったのである。
◇
「なるほどな……これが今回の『高熱源』の正体ってことかよ……!」
怪獣としての気迫なのか、我が子達を守らんとする母としての執念なのか。そのあまりの威圧感と殺気に、不敵な笑みを浮かべる削太郎の頬を冷や汗が伝う瞬間。
「……! 皆、回避だッ!」
マザー・ゼキスシアは翔矢達を纏めて焼き尽くさんと、その大顎をいきなり全開にしていた。そこから飛び出て来る攻撃を予感した若者達は、咄嗟に操縦桿を振り回避行動に徹する。
「あぶなッ……!? 奴さん、いきなりかましてくれたのうッ!」
「爆人、かわせッ! 次は尻尾が来るぞッ!」
「分かっとるわい、真莉愛ッ!」
僅か一瞬のうちに。翔矢達が居た場所が、凄まじい猛炎によって焼き尽くされていた。母獣は火炎放射をかわした小賢しい侵入者達を叩き落とそうと、今度は勢いよく長い尾を振るう。
いくら広々とした空洞であるとはいえ、70m級の宇宙怪獣を相手に全速力で飛び回るにはあまりにも狭い空間であり。翔矢達は戦闘開始早々、回避すらままならない窮地に立たされてしまう。
「へっ、向こうもやる気満々ってか! やってやろうじゃあねぇかッ!」
「思い知らせてあげるわッ!」
だが彼らも、このまま防戦一方になるようなチームではない。
イエロースマッシャーは空中で体勢を切り返し、母獣のこめかみにドリル回転を加えた体当たりを敢行する。ブラストタンクも車体後部のバーニアを噴かしながら、敵方の顔面に砲弾を叩き込んでいた。
どちらの攻撃も、怪獣の急所を確実に捉えた一撃だった。にも拘らず、母獣は何事もなかったかのように両腕の爪を振るい、反撃に移っている。
「くそッ……ちょっとは効いてくれたっていいだろうがッ!」
「こいつ、怯みもしてないわッ!」
「何ちゅう硬さや、こいつの皮膚……! Xメカの攻撃がまるで通じてへんッ!」
「だったら、今度こそ合体するしかないッ! 翔矢ッ!」
これまで倒して来た幼体達とは、何もかもが別格な成体。その威力を目の当たりにした仲間達の呼び掛けに、翔矢はすぐには答えを出せずにいた。
「……ッ」
真莉愛の言う通り、合体のタイミングは今しかない。合体前のXメカでは勝ち目がない以上、ノヴァルダーXに合体せねば作戦の成功はあり得ない。それは当然、翔矢も理解していることであった。
しかし、ここは空洞内。壁への衝突を恐れることなく自由に飛べる大空とは、全く条件が異なるのだ。
マザー・ゼキスシアの攻撃に邪魔されることなくノヴァルダーXを完成させるには、最高速度のマッハ5で全機を一瞬のうちに合体させる必要がある。
だがそれは、Xメカが飛び回るにはあまりにも狭すぎるこの空洞内での音速飛行という自殺行為に、仲間達全員を巻き込むことを意味しているのだ。
一度でも失敗すればその瞬間、体勢を切り返す暇もなく空洞内の壁に激突して全滅することになる。マッハ5の疾さで内壁にぶつかれば、いかにXメカといえどもタダでは済まない。
ノヴァルダーAやジャイガリンGのように、1人のパイロットで完結するマシンだったならば迷う余地などなかったのだろう。
だが、自分の命を賭ける覚悟と、他人の命を賭ける覚悟というものは、全くの別物なのだ。
それを土壇場で理解してしまったからこそ。翔矢は2年前、仲間達から失望されることを覚悟の上で、全ての罪を被ろうとしていたのである。
(俺らは皆、お前と一緒に命を懸けて戦った仲間だったはずやろうがッ! 2年前のあの日……お前は言うた! 独りだとは思わない俺達になら、絶対に出来ると!)
「爆人、皆……」
その仲間達の声を代表し、怒りとも悲しみともつかない拳を振るっていた爆人の言葉が、脳裏を過ぎる。
(翔矢さん、私がライブでミスした時に言ってたじゃないですか! ステージで起きたミスは、ステージで取り返せば良いんだって! だったら翔矢さんの過去も、そのノヴァルダーXで取り返すしかないじゃないですかっ!)
「華鈴ッ……!」
この期に及んでもなお、心の奥底では他人の命を預かり切れずにいた翔矢を突き動かしたのは、華鈴の声だった。
(メンバーは大事にしろって、翔兄がいつも言ってたことじゃんかっ! 翔兄だって大切な仲間達がいるんだから、そこから目を背けてちゃダメだよぉっ!)
「歌音……そうだ、俺は、俺達は……!」
そして。普段はおちゃらけているようでも、心根では誰よりも強く仲間達を想い続けていた歌音の言葉が。翔矢の心を、合体への決断に導いて行く。
「……あぁ! 独りだとは思わない俺達になら、絶対に出来る! 行こう、皆ッ!」
やがて、逡巡の果てに顔を上げた翔矢は。一切の迷いを捨てた1人の戦士として、他者の命を賭ける覚悟を固めるのだった。
「よッしきたァッ!」
「目にモノ見せてやろうじゃないッ!」
「その言葉……待っとったでぇ、翔矢ッ!」
「わたし達の命、お前に預けるッ!」
その決断に強く頷いた削太郎とジェニーの愛機が、真っ先にヘッドアローの後方へと移動する。爆人のガーゴイルウイングと真莉愛のアンブレイカーブルも、2人に続き合体体勢へと移行した。
マザー・ゼキスシアの火炎放射から逃れるように飛ぶ、5機のXメカ。その疾さは音速のさらに向こう側――マッハ5の領域へと突入して行く。もう、後戻りは出来ない。
故に、迷うこともない。必ず合体を成功させ、この母獣を撃破する。チーム全員の頭には、すでにその予想図しかないのだから。
「――フォーメーション・アロォオッッ!」
合図となる翔矢のコールに全員が頷き、最高速度に達した4機がヘッドアローを先頭に、各担当部位の座標へと移動する。すでに空洞内の内壁は目前に迫っていたが、彼らの操作には一片の焦りもない。
必ず成功する。その絶対の信念に命と未来を預けた若者達は、力強い眼差しで真っ直ぐに前だけを見据え――合体開始のスイッチを押し込むのだった。
「イグニッション・チェェンジッ! ノヴァルダァァアッ! クロォオォオオオオスッ!」
チーム全員によるその絶叫が、音速の世界に驚いた瞬間。5機のXメカは刹那の時の中で、「変形」を開始していた。
翼を機内に収納したヘッドアローは、金色の両眼を輝かせる「赤い頭部」を形成して行く。アンブレイカーブルは2本のストライクラムを「X」の字に展開しつつ、巨人の「黒い胴体」と化していた。
そこに背面から取り付いたガーゴイルウイングは三重に束ねられていた両翼を展開させ、「左右6枚の赤い可変翼」を広げていく。その様相はさながら、血に染まる悪魔のマントのようであった。
さらに、真っ二つに分離したイエロースマッシャーは「ドリルを備えた黄色い2本の腕」を形成し、ガーゴイルウイングに続いてアンブレイカーブルの両側面へと接続されて行く。
ブラストタンクもそれと同様に二つに分かれると、「膝から主砲を伸ばした2本の黒い脚」へと変形し、アンブレイカーブルの下部に繋がれていた。
「……ぉおぉおおぉおッ!」
そして、四肢を得た巨人の胴体に「赤い頭部」が接続された瞬間。
金色の両眼に激しい光が灯り、目覚めた「巨人」が2年間の沈黙を破って動き始めて行く。
合体が成功した瞬間、即座に身を捻って体勢を反転させた巨人は、激突寸前だった内壁を蹴り、頭からの衝突を回避する。
その反動で軽やかに飛び、身を翻して無事に着地した人型兵器は、「待たせたな」と言わんばかりに母獣と相対していた。
両膝から砲身が伸びている、黒い両脚。銀色のドリルを双方に備えている、黄色い両腕。胸に「X」の字を刻んだ、黒い胴体。悪魔を想起させる、6枚の赤い翼。
そして、金色の両眼から眩い輝きを放つ赤い頭部。この全てを備えた60mの巨人――ノヴァルダーXが、ついに顕現したのである。
忌むべき「過去」の象徴とも言うべき巨人を甦らせた翔矢は、その記憶を乗り越えるべく、凛々しい眼を見開き操縦桿を握り締めた。
「……完成、ノヴァルダーXッ……!」
合体完了を全員に告げる彼の呟きに、仲間達が不敵な笑みを零した瞬間。眼前の巨人を「絶対に仕留めねばならない宿敵」と判断した母獣が、凄まじい咆哮を上げる。
――最終ラウンドが、始まろうとしていた。
◇
小惑星すら押し返せるほどの圧倒的なノヴァルダーXだが、その「頭脳」さえ潰せばただ大きいだけの木偶の坊と化す。
それを本能的に看破していた母獣は振り向きざまに巨大な尾を振るい、ノヴァルダーXの頭部を横薙ぎに吹き飛ばそうとしていた。だが、主操縦を担う翔矢が操縦桿を捻ると同時に、巨人はその尾を両腕で容易く受け止めてしまう。
「……いつまで調子に乗っているつもりだッ! 超光波ストリィィィイムッ!」
そして尾を小脇で締め付け拘束したまま、そこに向けて両眼から必殺の熱光線を撃ち放った。小惑星の外壁をも貫通するその熱線は、母獣の尾をいとも簡単に焼き切ってしまう。
「うぁッ!?」
だが、その痛みに絶叫する母獣は身体を回転させながら、両腕の爪を振るいノヴァルダーXの顔面を斬り付けていく。不意を突かれた巨人が横転した隙に乗じて、マザー・ゼキスシアは反撃の火炎放射を放とうと大顎を開いていた。
「翔矢、火炎放射が来るでッ!」
「くッ……分かったッ!」
爆人の呼び掛けに応じて翔矢も操縦桿を捻り、可変翼を広げたノヴァルダーXをその場から飛び退かせて行く。巨人が尻餅を付いていた場所は、瞬く間に黒焦げにされていた。
我が子達を守らんとする母としての矜持なのか、尻尾を焼き切られても全く怯む気配のない母獣は、むしろさらに激しく闘争心を剥き出しにしている。
「負けられないのは向こうも同じってことか……! 超光波ストリームはあと1発が限界だが、出し惜しみもしていられそうにないッ……!」
「弱気なことを言うな翔矢、奴が守っているのはこのちっぽけな小惑星一つに過ぎん! わたし達は地球の命運を背負っているんだ、奴如きとは守るものの重さが違うッ! エネルギー制御はわたしとブルが引き受けるから、お前達は遠慮せずぶちかませ! 全力でなッ!」
ならばこちらも、全ての力を出し尽くしてこの一騎打ちを制さなければならない。その一心で動力機関制御を担当している真莉愛は、各部位を担当する仲間達を鼓舞して行く。
「真莉愛の言う通りだ、ここは俺に任せな翔矢ッ! テンカウント前に殴って砕くぜッ!」
「……あぁ! 行くぞ削太郎ッ!」
その声に真っ先に応じた削太郎と共に、翔矢は操縦桿を一気に倒し、ノヴァルダーXの巨躯を突撃させて行った。それと共に黄色い腕を振り翳した巨人が、全身全霊を込めた「反撃」に臨む。
「ドリルッスマッシャァァアッ!」
削太郎と翔矢の叫びが重なると、ノヴァルダーXの手首部分にあるドリルが勢いよく撃ち出され、母獣の外殻を抉るように削り取って行く。
リボルバー状に回転している前腕部からは、絶えず「次弾」のドリルが装填されており、ノヴァルダーXは休む間もなく両腕のドリルを撃ち続けていた。
「ドリルッ……ラッシュゥウゥウッ!」
その全弾を撃ち尽くし、最後に残った2本のドリルを両腕に備えたノヴァルダーXは、そのドリルを回転させながら連続パンチを叩き込んで行く。
ボクシングを得意とする削太郎の技を会得したかのような巨人の拳打に、母獣は大きくよろめいたが――それでも屈することなく、至近距離からの火炎放射でノヴァルダーXを焼き尽くそうとしていた。
「火力で俺らと張り合おうとは……ええ度胸やないか、その喧嘩買ったるわッ! 翔矢、アレをかますでッ!」
「……よしッ!」
今度はノヴァルダーXも敢えて避けようとはせず、6枚の可変翼をはためかせて真っ向から対峙している。爆人の操縦により展開された赤い翼から、超高熱の波動が放たれたのはその直後だった。
「ウイングッ……バァァアーストォオッ!」
やがて、爆人と翔矢の絶叫が轟くと同時に。火炎放射の火力に競り勝った超高熱の波動が、母獣の外殻を溶かして行く。
ドリルラッシュにより削られていた皮膚をさらに溶かされた母獣は、その内部の筋繊維まで剥き出しにされていた。だが、瞼すら溶け落ち凄まじい凶眼を露わにしている母獣は、一歩も引き下がろうとはしていない。
「ぐうぅッ!?」
刺し違えてでも貴様らだけは殺す。その信念を纏う両腕の爪を両肩に突き刺されたノヴァルダーXは、母獣の勢いに押されるまま内壁に押し付けられてしまった。
それでも巨人は負けじと、両腕を震わせながら母獣の肩に掴み掛かっている。
「翔矢、情けは無用よ! 私達の全力で、こいつを叩きのめさないと地球に未来はないわッ!」
「……あぁ、そうだな。行くぞジェニーッ!」
そんなノヴァルダーXの操縦を担っている翔矢を焚き付けるように、ジェニーも乳房を揺らして声を張り上げていた。彼女の叫びに突き動かされた翔矢も、その言葉に覚悟を決め――巨人の両脚を動かして行く。
お互い両肩を掴み合っている今の状態なら、母獣もこちらの攻撃から逃れることは出来ない。そう判断した翔矢は、勢いよく片膝を振り――マザー・ゼキスシアの腹部に膝蹴りを突き刺して行く。
「……喰らいなさい、クソ怪獣」
強固な装甲だった外皮をドリルで削られた上、超高熱の波動により肉まで溶かされ、無防備となっていた母獣の腹が。ノヴァルダーXの膝から伸びる砲身に突き刺されたのは、その直後だった。
そこへ、追い討ちを掛けるかのように。皮膚という鎧を失った柔らかい肉の中へと沈み込んだ主砲に、眩い光が収束して行く。
「ニーブラスタァァアッ! キィイィックッ!」
怪獣共は根絶やしにするという、絶対の信念の元に。ジェニーと翔矢の叫びが折り重なると、母獣の体内で炸裂した膝先からの砲撃が、マザー・ゼキスシアを内部から破壊して行く。
腹部の内側から噴き上がる爆炎に絶叫し、大きく後退していく母獣はすでに死に瀕していた。苦しみのたうちまわりながらも、貴様だけは道連れにしてやるとにじり寄るマザー・ゼキスシアの眼は、怒りと悲しみの色に満たされている。
「……俺達がしているのは、生きるか死ぬかの戦いだ。恨みたければ好きにしろ、その業を背負うのも俺達の仕事なのだからッ!」
「エネルギー全開放ッ! 最後の仕上げだ、ぶちかませ翔矢ッ!」
そんな母獣に引導を渡すべく。「死」を宣告する翔矢を後押しするように、真莉愛は全てのリミッターを解除するレバーを倒す。
「X」の字を刻むノヴァルダーXの胸部が赤い電光を放ち、金色の両眼に全てのエネルギーが収束したのは、その直後だった。
「超光波ッ! ストリィィィムゥッ!」
そして、最大出力の熱光線が解き放たれた瞬間。我が子達と運命を共にする母獣の全身が、その輝きの彼方へと飲み込まれて行く――。
◇
――かくしてノヴァルダーXと、紅翔矢をはじめとするそのパイロット達の活躍により。「内側からの大爆発」により崩壊したビーストガーデンは、母獣とその子供達共々、地球にその影を見せることすらなく砕け散ったのだった。
四方に散った小惑星の破片は地球に向かうことなく、星の大海の彼方へと飛び去った。地球はビーストガーデンの脅威だけでなく、その余波からも救われたのである。
だがこの戦いが、その星に住まう人々に知られることはない。翔矢達の死闘は防衛軍の記録にも残らず、「無かったこと」として処理される。
それでもノヴァルダーXのパイロット達は、達成感と安堵感に満ちた笑みで、地球へと帰還したのである。彼らは初めから、名声も歓声も求めてはいないのだから。
その後、特務少尉としての任を解かれた翔矢は再び民間人に戻ることになり、クリスマスライブを目前に控えていた歌姫達の元へと帰って行った。
無事に帰還し、何事もなかったかのように振る舞う自分達のマネージャー。そんな彼の姿に涙ぐむ華鈴は感極まる余り我を忘れ、メンバー達の前で彼に思い切り抱きついてしまったらしい。そんな彼女の大胆過ぎる求愛に顔を真っ赤にした歌音は――
「あぁーっ! か、華鈴先輩が翔兄にぎゅってしてるぅー! 歌音だってぎゅーまではしたことないのにっ! いーけないんだー、いけないんだー! 社長に言ってやろーっ!」
――などと騒ぎ出したばかりに。その数秒後、恥じらいと怒りで耳まで紅潮した華鈴からの壮絶な制裁を受けていた。
一方。爆人をはじめとする他のパイロット達については、これまでの功績を改めて再評価するものとして、大尉への特進と勲章の授与を検討されたのだが。彼らは全員、これを固辞してしまった。
これまでの下士官生活が板についてしまったし、今さらエリートコースに戻る気にはならない。彼らは口々にそう言うが、舞島大佐にはその真意が分かっていた。
いつの日か、再びノヴァルダーXの力が必要になった時。何のしがらみもなく、すぐに翔矢と共に飛び立てるように。彼らはあくまでただの下士官として、軍に残る道を選んだのである。
『待たせたね、皆っ! 約束通り、最高のプレゼントを……私達の全力を届けてあげるっ! メリー・クリスマースっ!』
――そして。ビーストガーデンの攻撃により殉職した宇宙艦隊の兵士達を悼む慰霊碑が建てられた、この年の12月25日。
東京ドームを再び満員にして見せたULT78のクリスマスライブは、天城杏奈の時代に迫る勢いの盛り上がりを見せていた。東京の聖夜に更なる煌めきを添える、絢爛なイルミネーションに囲まれた歌姫達のパフォーマンスに、ファン達は最高潮に沸き立っている。
その光景を最も高い位置から見渡せる場所には、黒基調のフライトジャケットを羽織った4人の若者達がいた。
「歌音ちゃん、ちっちゃくてかわいいよお~っ! お姉さんになってあげたい! ぎゅっとしたい! 抱っこしたぁ~いっ!」
「真莉愛、お前そんなこと言うとったら翔矢の奴に出禁にされるで……?」
「なんだよ! ファンとしての素直なエールなんだからいいだろ! あいつあの子のマネかよ!」
「いやマネやろ!」
歌音の大ファンになってからは、それまでの凛々しさが崩壊するほどの歓声を上げている黒須真莉愛。そんな彼女の暴走を傍らで静止している赤城爆人。
「しっかしトップアイドルなだけあって、ULT78のパフォーマンスはいつ見ても壮観だぜぇ。これからも俺達が頑張って、あの子達の未来を守っていかねぇとなぁ!」
「そうね、ああいう子達は私達がしっかりと守ってあげなきゃならないわ。……特に、紅翔矢っていう超絶倫のケダモノ男からは、ね」
「……さ、さすが元カノが言うと説得力が違うぜぇ」
朗らかな笑顔でライブの様子を見守っている金堀削太郎。歌姫達には優しげな眼差しを向けている一方、かつての恋人を見遣る瞳だけは全く笑っていないジェニー・ライアン。
彼ら4人は自分達の手で守り抜いた「希望」の歌に微笑を浮かべ、思い思いに掴み取った平和を謳歌している。
「……全部、皆のおかげだ。俺はもう、独りだとは思わないよ」
そして。自分という人間を取り巻く全ての仲間達の存在感を、改めて噛み締めていたスーツ姿の青年――紅翔矢も。
共に「業」を背負い、生存を賭けた戦いに生き残った者として、クリスマスライブを見届けている戦友達と共に。歌姫達の輝きを、優しげに見守るのだった。
ここまでを以て、本作「超新星合体ノヴァルダーX -防衛軍をクビになったのでアイドルのマネージャーをやっていた俺が、スーパー合体ロボのパイロットとして出戻る話-」は完結となりました。応援して頂いた読者の皆様、誠にありがとうございます!(*^▽^*)
そして、Xチームのメンバーを考案してくださっていた皆様! 皆様のおかげで、本作もここまで辿り着くことが出来ました! 私自身も大変楽しませて頂きました、本当にありがとうございました!(*≧∀≦*)
考案者の皆様から頂いたアイデアをどう活かしたものかと思い悩む時もありましたが、やはり終わってみれば、最初から最後まで楽しい企画だったなぁと自負しております。「ジャイガリンG対ノヴァルダーZ」以来のこの感覚、懐かしいでございますなぁ( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
本作は「オリーブドラブ」という名義で一次創作活動を始めてから10周年を迎えた私なりの企画作品であり、主役ロボの「X」には「10」という意味もありました。そんな10周年記念作品に相応しいライブ感で締められたんじゃないかな、とこっそり達成感を噛み締めているところであります(*´꒳`*)
次回作の予定は今のところありませんが、機会がありましたらまた、お気軽に遊びに来て頂けると幸いです。ではではっ、本作を最後まで楽しんで頂き誠にありがとうございました! いつかまた、どこかでお会いしましょうぞ〜っ!٩( 'ω' )و
 




