中編 結集、Xチーム
ノヴァルダーXの正規パイロットとして扱うため、一時的に特務少尉としての軍籍を与えられた翔矢は、羽田空港に用意されていた防衛軍用のジェット機に乗り、舞島大佐と共に海を越えていた。
アメリカ合衆国のフロリダ州に存在する、世界防衛軍第5宇宙基地。現在はそこに、全てのXメカが保管されているというのだ。
「ここの施設を利用してXメカ全機を宇宙に打ち上げ、そのままビーストガーデンに突撃する。……実にシンプルな作戦ですね」
「到底、作戦などと呼べたようなものではないがな。……早速、『お迎え』が来たようだぞ」
幾つもの発射場が建ち並ぶ、目的の宇宙基地が機内から見えてきたところで、翔矢が皮肉を溢すと。そんな彼への意趣返しであるかのように、舞島大佐も冷ややかに呟く。
「……!」
彼の視線を追った翔矢の顔が、強張ったのはその直後だった。
着陸態勢に入ったジェット機と並走するかのように、基地の滑走路を颯爽と走っている1台のオートバイ。そこに跨っている青年と、目が合ってしまったのである。
「……何発殴られることになりますかね」
「10発以内で済めばいいな」
黒のフライトジャケットをはためかせ、真紅のオートバイで滑走路の脇を疾走しているその青年こそ。かつて翔矢が巻き込んでしまった、士官学校時代の「同期達」の1人なのだ。
こちらを鋭い眼差しで睨み付けている同期の視線を浴び、自嘲する翔矢に対して。舞島大佐は冷たくあしらうように、ため息を溢している。
「巻き込んだ者」と「巻き込まれた者」による、因縁の再会。これは、彼ら同士でしか解決することが出来ない問題なのだから。
◇
第5宇宙基地に到着して同期達との再会を果たした翔矢は結局、真紅のオートバイに乗っていた青年に11発殴られた。
自分と同じダークグレーの耐Gスーツに袖を通している、同期の青年。彼に何度も殴打された翔矢は今、発射場付近の地面に倒れ伏している。
口元の血を拭い、なんとか上体を起こした翔矢を見下ろす長身の青年。彼は茶色の長髪を掻き上げながら、悲しみとも怒りともつかない感情をその瞳に宿していた。
2人の周りを取り囲んでいる他の同期達は敢えてすぐに止めようとはせず、その様子を静観している。
「……あんだけ大口叩いた後に、よう俺らの前に出て来れたもんやのう」
チーム最年長の25歳、関西出身の赤城爆人。
かつては天才パイロットの名を欲しいままにしていた彼は2年前の事件以来、戦闘機パイロットの座を降ろされてしまい、現在は輸送機のパイロットとして働いている。それは事実上の「更迭」であった。
「……分かってるさ、皆のキャリアをふいにしたのはこの俺だ。合わせる顔なんてないのは分かってる、それでも……!」
少尉から伍長への降格、エリートコースからの転落、戦闘機パイロットからの配置換え。それら全ての責任は自分にあるのだと思い詰める翔矢は、恥を忍んで顔を上げる。
そんな彼の胸ぐらを掴み上げる爆人は、「見当違い」の反省を示すかつてのリーダーに怒号を飛ばしていた。
「ええ加減にせえッ! そんなことで俺らが怒るようなタマやと思うとんのかッ! キャリアなんかどうだってええ……! 俺らは皆、お前と一緒に命を懸けて戦った仲間だったはずやろうがッ!」
「……っ」
「2年前のあの日……お前は言うた! 独りだとは思わない俺達になら、絶対に出来ると! だったら何で全部が終わった途端に俺らを置き去りにして、自分独りで罪を被ろうとしたんや! あの言葉は嘘だったんかッ!」
降格など、更迭など、そんなことはどうでも良い。それは爆人だけでなく、翔矢を厳しい眼差しで見つめている他の同期達も同様であった。
自分が脅したことにするから、一緒に来て欲しい。2年前のあの日にそう誘われた時から、彼らは皆、翔矢と運命を共にするつもりでいたのだ。
しかし結局、翔矢は自分独りで全ての業を背負おうとした。万一結果が伴わなければ、軍法会議からの銃殺刑もあり得たほどの業を、翔矢はその一身で引き受けようとしたのである。
爆人をはじめとする同期達は、それだけが許せなかったのだ。
命すら明け渡す覚悟で付いて行った自分達を、なぜあの土壇場で置き去りにしたのだと。自分達は守られる側などではなく、共に肩を並べ合う「同期」であるはずだと。
その同期達全員の怒りを乗せた拳を喰らい、胸ぐらを掴まれた翔矢はようやく彼らの本心に気付き――声を上げる。
「……嘘なんかじゃないッ! 嘘にしないために、俺はここに来たんだッ!」
その真摯な眼差しは2年前、同期達をノヴァルダーXのパイロットとして誘った頃と変わらない輝きを宿していた。そんな彼の真剣な貌と真っ直ぐに向き合っていた爆人は、胸ぐらから手を離し踵を返す。
「……ほうか。んじゃあ、証明せぇ。俺達は今度こそ、全員揃って一蓮托生や。カッコ付けはもう許さへんぞ」
「あぁ……!」
苛烈なまでに実直な佇まいを見せる翔矢に対し、素っ気なく背を向けながら同期達の方へと歩み出していく爆人は――ようやく、昔に戻れたようだと優しげな笑みを溢していた。
そんな彼の変化が連鎖したかの如く。翔矢に厳しい目を向けていた他の同期達も、毒気を抜かれたように朗らかな素顔を覗かせて行った。自分達が言いたかったことを爆人が全て言い尽くしてしまった今、翔矢に怒る理由などないのだから。
「全く……1人だけいい格好されてムカつくのは分かるが、殴り過ぎだぞ爆人。これからわたし達全員で地球を救わねばならんという時に、作戦前から怪我させてどうするんだ」
「あほ。今みたいなヘナチョコパンチでどうにかなるほどヤワやあらへんわ、こいつは」
「全く、相変わらずガサツな奴だ。……翔矢に怪我させた分だけ、お前にもしっかり働いてもらうからな」
「元よりそのつもりや。……そういうお前は2年経っても、ガキ臭さが抜けへんなぁ? 真莉愛」
「ふん、言ってろ。昔とは違う、というところをこの作戦で嫌というほど見せてやる」
自分達のところに帰ってきた爆人に対し、呆れ顔でため息を溢しているのは――チーム最年少、18歳の黒須真莉愛だ。名門である黒須家の出身だが、現在は降格処分の件もあり半ば絶縁状態にある。
今は「窓際」の下士官として働く傍ら、「何でも屋」のような活動も始めているようだ。現在の彼女の待遇は決して良いものではないのだが、本人としては今の方がむしろ、自分の「正義」と「信念」に対して正直にいられると前向きに捉えているらしい。
身長はこのチームの中では小柄な161cmであり、少しハネのあるショートの黒髪と、筋肉質で締まった身体付きからはボーイッシュな印象を受ける。凛とした表情ではあるが、顔付きそのものは年相応に愛らしい。
「ハハッ、まぁ良いじゃねぇか。言いたいことも言わねぇで、ウジウジ悩んだまま出撃するよりはよっぽどマシだと思うぜ? 爆人の言う通り、今度こそ俺達全員の命を賭けなきゃならねぇんだ。全員が胸張って飛び立てるようにしておかねぇとな!」
「削太郎……あぁ、そうかもな」
一方。翔矢と同い年の20歳という若手である、建設会社の御曹司 ・金堀削太郎は、彼の肩に手を回して快活な笑みを浮かべていた。黒髪を短く切り揃えた長身の青年は、自分達を率いていたリーダーの帰還を改めて歓迎している。
そんなムードメーカーな彼の振る舞いに懐かしさを覚えながら、翔矢は頬を緩めていた。伍長に降格してからは工兵として建設作業に従事していた削太郎も、同期達との真の再会を経て、かつての明るさを取り戻したようだ。
「だからって爆人のパンチはやり過ぎよ。全く……お姉さん、乱暴なのは好きじゃないわ。翔矢、傷は平気?」
「ん……大丈夫だ、ジェニー。爆人も別に、本気で殴ってたわけじゃないしな」
「私には結構マジに見えてたけどね……」
そんな削太郎に続くように翔矢の傍らに寄り添い、口元の血をハンカチで拭っている24歳のジェニー・ライアンは、心配げに翔矢の顔を覗き込んでいた。
175cmという長身と色白の柔肌に、輝かしいブロンドのロングヘア。そして耐Gスーツの前が閉まらず、白い谷間が強調されてしまっている100cm以上のバスト。
そんな文字通りの「規格外」なプロポーションを誇る彼女は、伍長に降格してからは防衛軍の広報部で働いているらしい。その美貌とスタイルを活かした広報活動が功を奏してか、今年の入隊希望者は過去最大を記録したという。
爆人に次ぐ年長者であることや、その身長の高さも相俟って、真莉愛とは何もかもが対照的という印象を受ける人物だ。そんな彼女は甲斐甲斐しく翔矢の口元を拭いた後、目を細めて白い指先を彼の唇に当てている。
「……でも、思ってたことは皆同じよ。今度こそ、私達も死ぬまで付き合わせて貰うわ。いいわね?」
「あ、あぁ……分かってる」
それは爆人と同じく、もう2度と独りでは背負わせないという固い意思表示であった。艶やかでありながら、一歩も譲らないという力強さも感じさせる彼女の眼差しを目にした翔矢は、思わず仰け反り息を呑んでしまう。
相変わらずジェニーには頭が上がらない翔矢の姿に、他の仲間達もからかうような笑みを溢していた。
「……どうやら、話は纏まったようだな。この基地の施設を提供された合衆国大統領も、君達の働きに全てを委ねられている。この瞬間のために尽力してきた全ての人々に報いるためにも、必ず成功させてくれ。直ちに出撃だ!」
そんな5人の前に、若者達の様子を静観していた舞島大佐が歩み出る。
今回の作戦において、最も重要な条件である「チーム全員の結束」。その「前提」がようやくクリアされた今、ついに「出撃」の時が来たのだと告げるために。
「……了解ッ!」
今さら言われるまでもない。そう言わんばかりに強く頷いた翔矢達は、一瞬のうちに「戦士」の貌を見せると、各々の愛機を目指して散り散りに走り出していく。
5機のXメカはすでに、それぞれの発射場で打ち上げ準備を整えており、主人との再会を今か今かと待ち侘びているかのようであった。
「地球の運命、あなた方に託します! どうかご武運をッ!」
「あぁ、任せてくれッ!」
そんな愛機を仰ぐ5人の若者達は、待機していた発射場の警備兵からすれ違いざまに赤いヘルメットを受け取り、それを素早く被りながら次々にコクピットへと乗り込んで行く。全機の後部から凄まじいジェット噴射が始まったのは、それから間もなくのことであった。
「Xメカ1号『ヘッドアロー』発進ッ!」
流線型のボディを持つ深紅の宇宙戦闘機、1号機「ヘッドアロー」。そのパイロットを担当する翔矢の叫びを皮切りに、5機のXメカが続々と発射場から猛煙を広げて飛び立って行く。
「Xメカ2号『アンブレイカーブル』発進ッ!」
分厚く重い漆黒の装甲で出来た雄牛型の重突撃装甲車、2号機「アンブレイカーブル」。そのパイロットを務める真莉愛も、翔矢に続き愛機を発進させて行く。
「Xメカ3号『ガーゴイルウイング』発進ッ!」
ヘッドアローよりもさらに大型である真紅の戦闘機、3号機「ガーゴイルウイング」。そのパイロットを担う爆人の叫びは、愛機を遥か彼方の宇宙へと誘っていた。
「Xメカ4号『イエロースマッシャー』発進ッ!」
先端部に二つの銀色のドリルを備えた黄色の戦車、4号機「イエロースマッシャー」。その機体を駆る削太郎も、愛機と共に星の海原を目指して飛び出して行く。
「Xメカ5号『ブラストタンク』発進ッ!」
2門の主砲を備えた漆黒の大型戦車、5号機「ブラストタンク」。その最後の1機を任されているジェニーもまた、仲間達を追うように大空の向こうへと飛び上がって行く。
「……あのXメカもビーストガーデンもロガ星軍の産物だというのだから、皮肉なものだ。彼らの力は災厄なのか、それとも福音なのか……」
飛行に適しているとは思えない形状の機体すら、マッハ5という規格外の疾さで飛ばしてしまうロガ星軍の科学力に嘆息しながら。舞島大佐は手に汗を握り締め、瞬く間に成層圏を突破して行く5機のXメカを仰いでいた。
宇宙戦闘機「コスモビートル」のパイロットとして、30年にも渡る怪獣軍団との戦争を終わらせた日向威流。
古代のスーパーロボット「ジャイガリンG」を駆り、グロスロウ帝国の侵略から地上を守り抜いた不吹竜史郎。
ロガ星軍の決戦兵器第1号「ノヴァルダーA」をロガ星の王女から託され、2年間に及ぶロガ戦争に終止符を打った明星戟。
激しい「感情」から発生するエネルギーで戦う「ツナイダーロボ」と共に、怨厄魔獣と呼ばれる特殊な怪獣を撃滅した赤銅煉。
彼らに続く「5代目」の救世主にならんとしている若者達の勝利を信じ、舞島大佐は血が滲むほどにまで拳を握る力を強めて行く。
「……頼んだぞ。君達こそが、『彼ら』に続く希望の救世主なのだから」
躊躇うことなく出撃して行った翔矢達の蛮勇に、過去の英雄達の武勇伝を重ねていた彼にとっては。ノヴァルダーXだけが、唯一の希望なのだから。
◇
――その頃。東京の都心部に聳え立つULT78の事務所は、かつてない「繁忙期」の到来に騒然となっていた。
「じょ、冗談じゃないわよ! 翔矢の奴、今までこんな量の仕事を1人でこなしてたっていうの!? 身体が幾つあっても足りないじゃないっ!」
「泣き言言わないの! 翔ちゃんのママが急病で倒れたって話、歌音から聞いてるでしょ!? これまでいっぱいお世話になった分、今度はあたし達が翔ちゃんを助けてあげる番でしょうがっ!」
以前から少数精鋭で経営していたここはマネージャーの数自体が少なく、特にこの2年間は翔矢の実務能力に依存している状態だったため、彼を欠いている現在はアイドル自身までもが営業や事務処理等に駆り出されているのだ。
翔矢が「母親の危篤」のため地元に急行している、という歌音の(適当極まりない)説明を受けたULT78のメンバー達は、今こそ彼に恩返しをする時だと立ち上がった……の、だが。
「それはそうだけどぉお! あたしだって、翔矢のためならいくらでも頑張りたいけどっ……! この後レッスンもあるのに……スケジュール調整が終わらないのよぉおぉおーっ!」
「おねーちゃんたち、がんばってー」
「がんばえー」
翔矢がこれまで1人でこなしていた仕事を代行しながら、クリスマスライブに向けての最終調整にも励まねばならないという過酷な日々には、さしもの「地球一」の歌姫達も涙目になっているようだ。
必死に翔矢のパソコンと向き合う美少女の後ろでは、可憐なジュニアアイドル達が差し入れのお菓子とジュースを手に右往左往している。
呼び掛けているのが歌音独りだったなら、彼女達もここまで身を粉にして働こうとはしなかっただろう。普段から、誰よりもメンバーのことを思って行動している華鈴までもが真剣に団結を訴えたからこそ、メンバー達も躍起になっているのである。
そんなメンバー達の中心にいる2人の歌姫は、その中でも一際溌剌とした表情で仕事とレッスンを両立させていた。疲れを全く見せない彼女達は輝く汗を散らしながらも、強く気高い眼差しで「翔矢の代理」をこなし続けている。
「歌音、今夜のレッスンまでには仕事終わりそう!? 私は15時からの営業が終わったらすぐに行けるわ!」
「17時から打合せがあるんで、それが終わったら合流出来ると思います! 華鈴先輩、言っておきますけど仕事で忙しいからって手を抜くのはご法度ですよ! レッスン場でヘロヘロなダンスしてたら、歌音がすぐにセンター奪っちゃいますからね!」
「ふんっ、私を誰だと思ってるの? 歌音こそ、先方にいつもの調子で失礼なこと言ったりしたら承知しないんだからね!」
「さすがの歌音でもそんなことするわけないでしょ、今の歌音は翔兄の代わりなんだからっ! ……それじゃ、打合せ行ってきまーすっ!」
同じ死線を共に潜り抜けている、戦友であるかのように。華鈴と歌音は不敵な軽口を叩き合いながらも、一切の無駄なく各々の仕事に向き合っている。
「な、なんだかあの2人の雰囲気、いつもよりずっと『燃えてる』感じがしない……?」
「華鈴キャプテンは元々生真面目な人だったから、翔ちゃんのために必死になるのも分かるけど……歌音は随分、雰囲気変わったよね」
「そうよね……いつもみたいなおふざけが全然ないし、すっごく『本気』になってるって感じがする。……あんなの見せられたら、あたし達だって負けてられないわ! 翔矢のためにもねっ!」
「だね……!」
付き合いの長いメンバー達でさえも目を丸くしてしまうほど、喧嘩ばかりしていたはずの彼女達は今、阿吽の呼吸で力を合わせているのだ。そんな2人に焚き付けられたメンバー達も、息を吹き返したように燃え上がっている。
(翔兄の居場所は、歌音達が……!)
(絶対に、守り抜いてみせる! 見ていてください、翔矢さんっ!)
その勢いを肌で感じながら。2人の歌姫は、己の身と心を捧げたいと願った男のために。アイドルとして、1人の少女として。持てる限りの力を、尽くそうとしていた。