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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第1章 白灼の竜姫
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第6話 ハイラード領


 決して無事とは言い難かった短い旅路の末に辿り着いたのはのどかな田舎町。その町並みは黄金色の麦畑が何よりも印象的に映り、微風そよかぜに波打つ麦穂はまるで海原を彷彿ほうふつとさせる。


 町に着いて最初に向かった場所は牢獄、流石に盗賊達を引き連れて帰宅する訳にもいかず、最初に立ち寄る事となった。

 いかに平和な町であろうとも牢屋という物は存在するものだ。しかし最近になってようやく需要が出始めたハイラード領の牢屋は苔や錆が目立つ酷い有り様で、長年に渡り不要であった事を物語る。

 それに加えて牢屋を見張る兵士達の身体も貧相で、質素な革の鎧を身にまとい、木の棒の先端に刃物を付けただけの槍を杖代わりにしてダラダラと世間話に興じている。

 これではくわを振る農民の方が強いだろう。この町はそれほどに平和な時間が永く続き過ぎていた。


 兵士達はダルモアの馬車を確認すると慌てて姿勢を正す。

 当然サボっている所は見られていたし、見られていた事を兵士達も自覚している。馬車から降りて来たダルモアを相手に冷や汗をかいて声も上擦ってしまっていた。


「お、おお、おかえりなさぃませ領主様!」


「見張り御苦労、忙しそうなとこ悪いがこいつらを牢屋に入れておけ。俺の馬車を襲った盗賊だ、後で尋問じんもんするから絶対に逃がすなよ。それくらいは…出来るよな?」


 ダルモアは嫌味を込めてそう告げるが実際はそれほど怒ってはいない。それでも怒っている振りくらいはしておかないと弛みきった兵士達は緊張感を保てないだろう。

 油断した衛兵など容易たやすく殺されてしまう、今回の盗賊達に何か裏があるのなら尚更だ。賊の仲間が逃がしに来るか、あるいは口封じに殺しに来るか。

 どちらにせよここの貧弱な兵士では頼り無い。ダルモアはリッシュを安全な屋敷に避難させたらすぐにでも私兵を連れて牢屋に戻ってくるつもりでいた。

 そんなダルモアの想いを知ってか知らずか、兵士達は領主に良い所を見せようと…もとい汚名を返上しようと気合いを入れ直し、盗賊達を連行する。


「おい、盗賊共!こっちに来るんだ、変な事考えるなよ!暴れても無駄だからな!」


 槍を構えて強気に出るが実際に暴れられたら勝つのは盗賊の方だろう。訓練されていない兵士など槍を持った案山子かかしの様なものだ。

 しかし今に限って言えば盗賊達はその案山子にすら勝てない。ずっと全力で走っていたせいで膝はガクガクと大きく震え、呼吸もままならず、何度も引き摺られた体は擦り傷だらけ。既に満身創痍まんしんそういな上に拘束されているのだから今の盗賊達では小さな子供にすら勝てないだろう。


「…はぁ…はぁ、そんな…はぁ…元気が…あるように…はぁ…はぁ…見える…か?もう…どこでも…良い、休ませて…くれ」


 それは嘘偽りの無い本心。今自分の足で立っているだけでも盗賊達の体力が並外れて高い事が分かる、常人であれば立つ事はおろか一言の声も出ないだろう。

 馬車馬は速く走る為の馬では無い、馬車馬に求められる物は馬車を牽引けんいんする為の力と持久力だ。つまり遅い馬が荷物を引いてゆっくりと走った事になる訳だ、だがそれに引っ張られた人間にとってはたまったものでは無い。盗賊達は牢屋でも良いから早く寝転んでしまいたかった。

 そのおかげで盗賊達は特に何の問題も起こす事無く収監された。この様子ならしばらくは騒ぐ事すら出来ないだろう。

 牢屋の鍵が掛けられた事を確認した後、ダルモアは馬車へと戻るとようやく次こそ進路を屋敷へと向けたのだった。



 その道中、人目に付く町中で恩人を走らせたとあってはダルモアも体裁が悪く、屋敷までは近いからと説得してアイラにも馬車に乗ってもらった。

 移動中アイラはずっと馬車の中から景色を眺めている。広大な麦畑、放牧された牛や羊、音を立てて回る水車。アイラにとってはその全てが新鮮なものだった。


 景色に夢中になってしまったアイラを見て今度はリッシュが寂しげな表情を浮かべていた。リッシュは少しでも永くアイラと話していたいのだ。

 ずっと一緒には居られない事くらい分かっている、それを聞き分けない程子供では無い。だからせめて今だけは自分を見て欲しかった。

 これは一種の吊り橋効果に過ぎない事だろう。死ぬ程怖い想いをした、実際死ぬ所だった。尊敬する父親も、面倒を見てくれた執事も、皆…皆死ぬ所だった。

 あるいは、死んだ方が良かったと思わされる程に惨めな目にあっていたかもしれない。あの時あの場所にアイラが居なかったら、そう考えるとリッシュの体は未だに恐怖で震えてしまうのだ。アイラが居ないと安心出来ない、だからアイラが居ないと寂しい。アイラに対するリッシュの感情はそんな恐怖心から生まれた憧れだと言える。


「…アイラお姉様、そんなにここの景色が気にいったのでしたら…ハイラード領にお住みになりませんか?」


「んーん、私はお母さんを探さないといけないの。それにお婆ちゃんも私の帰りを待ってるから、ここには住めない」


「そう…でしたの。でしたら私に手伝える事があったら手伝いますわ。ですので…お母様を見つけた後はお祖母様も連れてここにお住みになられたらどうでしょうか」


「本当!?それは嬉しいなぁ。お婆ちゃんが良いよって言ったらそうしようかなぁ」


 それを聞いたリッシュの顔がパッと明るくなる。いずれ一緒に暮らせるのであればそれを心の支えにする事も出来るだろう。


「是非!是非そうしてくださいまし!あ、そうだ、お母様とお祖母様の名前も教えてくださいませ、手伝える事があるかもしれませんわ!」


「んーとね、お母さんがアマレット、お婆ちゃんがフラウだよ」


「とても良い名前ですわね。クライヌ家の家名にけて絶対に見つけてみせますわ!ね、お父様!」


 急に話を振られたダルモアはビックリしながらも堂々とした声色で応える。


「ああ、もちろんだ。可能な限り手を尽くそう」


 ど田舎の底辺貴族にどれ程の事が出来るかは分からない、それでもダルモアは力強く頷いてみせた。恩人に報いる為、そして娘の為に。


「む、もうすぐ着きそうだな。アイラ、あれが我がクライヌ家の屋敷だ。賓客ひんきゃくとしてもてなそう。好きなだけ滞在してくれ」


 遠目に見えるクライヌ家の屋敷は荘厳そうごんな石造りの建物で白を基調とした立派な物だった。地方貴族が持つ屋敷としては分不相応と言わざるを得ない。


「仰々しいだろう?ここの守り神である白灼びゃくしゃく竜姫りゅうきたたえて建てたものだそうだ。うちが掲げる旗の紋章も白い竜さ」


 見ると確かに屋敷に建つ大きな旗にはでかでかと白い竜の姿が描かれていた。その絵がフラウによく似ていた事に驚きアイラは目を丸くする。


「わぁ…フラウ婆ちゃんが見たらびっくりしそう」


 アイラはその紋章がフラウに似てる事に対して言ったのだがダルモアは立派な建造物に対して言われた物だと解釈して「そうか」とだけ返した。



 屋敷に着くとダルモアは家臣への挨拶もそこそこに息つく間も無く指示を出して回る。賊が動くとしたら夜だろう、日が沈んでしまう前に牢屋に戻りたかった。


「オーバン、すまないがもう少し付き合ってくれ。腕の立つ者を何人か今すぐ見繕ってほしい。装備が調い次第牢屋へと向かう」


 執事のオーバンは「かしこまりました」と告げるとこの場からスっと消えていく。元からそのつもりだったのだろう、オーバンの動きに迷いは見られない。


「そして…アイラには夕餉ゆうげ馳走ちそうしたい。肉料理を中心にたくさん作るよう料理長に伝えておく。ただ…夕餉まで時間はかかるだろう、その間にお風呂にでも入っていてくれ。正直かなり汚れているからな、勝手が分からなければメイドにでも」


 「手伝ってもらってくれ」と言おうとしたダルモアをリッシュが制する。その目は真剣そのもの、ダルモアでさえ気圧されてしまい言葉に詰まる程だった。


「アイラお姉様のお風呂は私が面倒見ますわ!メイドは入れないでくださいまし!ふ・た・りで、入らせてもらいます。着替えも私の物をお貸ししますわ」


「お、おう。分かった、任せよう」


「んふふふふ、そうと決まれば善は急げですわお姉様!湯船はこちらですの、さぁ!着いてきてくださいまし!」



やっと町に着きましたね!次回はお風呂回です!


ブックマークしてくれる方も増えてきて嬉しい限りでございます。

続きを気にしてくださる方の為にも頑張らねば。

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