第33話 宴の日
その日、三人は食欲をそそる匂いで目を覚ました。どうやら外が騒がしい。アイラは匂いに釣られて窓から顔を出すと、既に太陽は真上に有るようだった。
村人達は朝の仕事を終えた者から順に宴の準備を進めている。怯える事の無い日常が戻って来た事を皆一様に喜び、村を救ってくれた英雄達への賛美が漏れ聞こえてくる。
「あの狩人の嬢ちゃんならやってくれるって信じてたねぇ俺は!」
「調子良い事言ってんじゃないよあんたは」
「ジボーゲンの獣を退治してくれたのは三人の女の子なんだってさ!」
「おいおい、村長もだろ?命張ったらしいじゃねぇか、なんか杖ついて足プルプルしてたぞ」
「ああ、村長に報いる為にもこれからもっと頑張んねぇとな」
「とりあえず今は騒ごうぜ!英雄囲んで宴だ!」
「疲れてんだからもう少し寝かせといてやんなよ」
「ちげぇねぇな」
村人達は談笑の中、部位毎に切り分けた牛肉に火を通していた。すぐにでも宴会を始める事が出来そうなくらいに場が整っているのは村人達自身も騒ぎたいが故だろう。時間も良い頃合いだ、今焼いている肉はお昼ご飯として焼いている物に違いない。
と、なればアイラはじっとしてはいられない。しかし外に飛び出そうとした所で村長に止められてしまい不服そうな面持ちだ。
「おいおい、約束しただろうよ。ほら、これで足隠してくれ」
そう言って渡してきたのは大きな布、鱗を思わせる幾何学模様はアイラが腰に巻いているオオノヅチのパレオに合うようにと選んでくれたものだろう。肌触りは良いとは言えず、少し硬さすら感じるその布はお洒落よりも力仕事に耐えうる実用性を求めた物だ。
「あ、そうだったね。ありがとー、もらっとくねー」
とは言ったものの、アイラは受け取ったその布をどうやって巻こうかと悩んでしまう。それを察したリッシュが慣れた手つきでロングの巻きスカートの様にして巻いてくれた。
「ほわぁ…リッシュ凄いなぁ。ありがとう!」
「そんな!勿体ないお言葉ですわ!それにしても…こんなにもお美しい御御足を隠せだなんて、無粋も良い所ですの。絵画…いえ、彫像にして神殿に祀るべき御姿ですわ!」
「……人間は…こういうの怖いんじゃないの?」
「畏れ多いとは思いますが恐怖はしませんわ!お姉様は神様ですもの!」
「そっか…やっぱり神様か…」
「どうなさいましたの?」
「ううん!何でも無いよ!」
準備も整いいざ外へ、といったタイミングでアイラはまたもや村長に声をかけられる。
「あー、すまん、もうちょっとだけ良いか?」
「むー……何?」
「すまんな。聞きたいのはジボーゲンの獣の死骸の事だ。アレの所有権はアイラにあると思っているのだが、どうする?持っていくか?売ればけっこうな金額になると思うぞ?」
「んー…お肉だけ欲しいかな!一応血抜きしたし滝壺で冷やしてるけど、あれ多分血に毒混ざってるから私以外は食べない方が良いと思う。だからお肉全部ちょうだい!あとはいらないよ」
「お、おう…そうか。ではリッシュ…様とカルアはどうだ?」
「あら、様は要らなくてよ?でも…そうですわねぇ、牙を一本頂いてもよろしくて?」
獲物の肉を裂く為の巨大な牙。その長さはダガーと言って差し支えの無い物であり、軽くて丈夫なソレはリッシュでも扱える武器となるだろう。
「それだけで良いのか?」
「ええ、今回の私の仕事量を考えるとあまり欲張りは出来ませんもの」
「いや、リッシュには感謝しているよ。貴女が居なければ話は進んでいなかっただろう。それに村との取引も快諾してくれて…本当に感謝している」
「私が私に納得していませんの!んー…後の取り分はカルアさんとお話くださいませ」
「ん、ああ、あたしか。そうだな、毛皮かな、服を作れるくらいあれば良い。奴の毛皮なら狩人として箔が付く。あと…後ろ脚の骨を丸ごと一本くれ。残りが村長の取り分って事で良いかな?」
「お、俺もか。良いのか?まだかなり余るぞ?一点物の巨獣の素材だ、良い値段で売れるぞ?本当に俺が貰ってしまっても良いのか?」
村長以外の三人は顔を見合わせた後笑いながら頷いた。そもそも今回の狩りは村長が命を張ったおかげで成り立った作戦だったのだ。村長が貰わなければ誰が貰えば良いというのだろうか。
「そう…か。すまない……いや、ありがとう。その金は村の為に使うと誓おう」
話がまとまるとアイラは外に出たくてソワソワしてしまっていた。外から漂う肉の焼ける匂いに釣られて体は徐々に窓へと吸い寄せられていく。
「ああ、すまなかったな。食べてくると良い。一頭だなんてケチな事は言わない。今日は宴だ、昼から晩まで騒ごう。村の皆と好きなだけ食べてくれ」
それを聞いたアイラは目を輝かせて窓枠に手をかける。
「あ!おい!待て!せめてドアから出てくれ!」
そうして歓声の中迎え入れられた英雄達は感謝の言葉を受け取っていく。村人達は何度も何度も「ありがとう」と伝え、何度伝えても伝え足りないのか出会う度に感謝される。正直な話うんざりするくらいの感謝を聞き続ける事となってしまったが…まぁ、悪い気はしなかった。
そんな中アイラはというと肉が焼けるのを待てずに生肉を口に頬張り始めていた。口の端からは炎が揺らめく。村長に言われた通り足は隠したが行動はドラゴンそのままだ。隠す気など無いし、そもそも隠し方を知らない。それでも村人達は宴の熱気に巻かれてか不振がる者は居なかった。
「おお!嬢ちゃんワイルドだな!やっぱ英雄ってのは豪快だねぇ!」
「柔らくて脂乗ってて美味しいよー!もっと!もっと欲しい!」
「はっはっはっは!そうだろうそうだろう、じゃんじゃん持って来るよ!」
「そこの内蔵は捨てちゃうの?貰って良い?」
「無駄にはしないが…食べる訳では無いな。欲しいのか?」
「うん!貰うね!」
そう言って手掴みで内蔵…おそらく心臓だろうか、それを口に頬張ると次の瞬間口の隙間から炎が吹き出した。そして見事に全てを飲み込んでしまう。
「お、おおおお!すげぇ!魔法か!?良い食べっぷりだ嬢ちゃん!」
「次!次持ってきて!」
「いやぁ、ほんと豪快だなぁ!気に入ったよ!すぐ持ってくるぜ!」
よく考えれば…いや、よく考えずとも異常な食べ方ではあるのだが、ジボーゲンの獣を仕留めたのはこのアイラである事は村中に知れ渡っており、むしろ異常である事がこの場においては箔となっていた。異常な獣を倒したのだから異常なのは当たり前という考えに至ったのだろう。
時を同じくしてリッシュは放牧地を散策していた。村人達が感謝の証に次々と肉を持ってくるものだからお腹はもうパンパンになってしまい、人の少なそうな方へと避難してきた形となる。
そこでふと、牛達に食べ尽くされたのか土がむき出しの地面を見つけた。牛達は食べ終わった地面への興味を無くしており、青々とした草を見つけては食んでいる。
「このままでは土が荒れてしまいますわねぇ。これで回復が早まると良いのですけど」
そう言って取り出したのは実家から持ってきたクローバーの種。生命力が強く、土を日差しから守るクローバーは土壌の改善につながる植物だ。たくさん増えれば家畜の飼料にもなるだろう。
「あら、植えようと思ったのですけど…土が固いですわ。だいぶ踏み固められてしまってるみたいですの。近くに鍬も見当たりませんし…困りましたわねぇ。こんな時魔法が使えたら魔法で地面を耕したりできるのかしら……えーい!土を耕したまえ~!なんてね、ふふふ。魔法が使いたくてこうしているのに、それを魔法でやろうなんて本末転倒です…わ?……あれ?え!?」
リッシュは驚きの表情で地面を見つめる。見ていた地面が湧き立つ様にボコボコと波打ち、次第に土が柔らかくなっていく。これは間違いなく地の魔法だ。そしてそれを見てリッシュは気付かされた。今までの自分は地の精霊を自分の都合の良い時に都合良く使おうとしていた事に。しかし今回は違う、リッシュも土を耕したかったし、地の精霊も土地が潤うという相互に利益がある行為だ。地の精霊もそれを望んでいるが故に心良く力を貸してくれたのだろう。
「種を植えようとしたのに気付いてくれたって事ですわよね。地の精霊様…感謝いたしますわ」
柔らかくなった地面にクローバーの種を撒き、リッシュは地面へと礼を行う。
「地面…踏んでるし、どうあっても私の方が位置が高いのですけど、作法これで良いのかしら?」
リッシュは作法を気にしているようだが、そもそも人間の作法なんて精霊にはどうでも良い事だろう。以前気まぐれで手を貸してあげた女の子にもう一度手を貸してみた、それだけの事なのだ。そしてその積み重ねが信頼関係を産み、友人となる。それこそが精霊魔法の真髄だ。
それで比較するなら魔力で命令する詠唱魔法は精霊にとってはいきなり気安く絡んでくる距離感の近い奴ってところだろうか、しかも要件だけ言ってきてこっちの話は聞かないタイプだ。だから精霊も最低限の力しか貸さないし、言う事を聞かなくなるし、いずれは怒る。
魔法の仕組みというのは実はそんな当たり前の事だったりするのだが、その答えに辿り着ける者は少ない。カルアのように自然に仲良くなり、知らず知らずのうちに力を借りている者も居るだろうが、その場合は精霊に気づかなければいずれまた知らず知らずのうちに力を失う事になる。
さて、そんなカルアは情報収集に勤しんでいた。彼女は根無し草だ、金になりそうな話があれば聞いておきたい。狩人とはいえなんでもかんでも狩って売って良い訳では無いのだ。
動物資源の供給なら正にこの村の様に畜産を生業としている人達が居るし、そっちの方が安定して質の良い肉が手に入る。そして次第に狩猟は貴族の娯楽として広まりだしてしまい、そのせいで職業狩人は更に肩身の狭い立ち位置となってしまった。今では害獣駆除が一番稼げる仕事だ。
「おー…それなら良い話あるぜ」
「教えて貰えると…助かる。情報料は…」
「あー良い良い、村の英雄からそんなの受け取れるかよ」
「良いのか?…そう…か、助かるよ」
「おお!任せてくれよ!…とは言っても…害獣の話では無いんだけどな。流石にこんな辺ぴな田舎じゃあなかなか話は入ってこんのよ」
「ああ、構わない。金になりそうな話ではあるんだろう?」
「ああそうさ、金になるかならないかってー話ならめちゃくちゃ金になる話だ。………妖精って知ってるか?虫みたいな羽が生えてるちっさい人間みたいな奴」
「そりゃ…聞いたことくらいはある。百年くらい前に突然現れたけど乱獲されてあっという間に消えたっていうやつだろ?絶滅させちゃあ元も子も無い話だよ本当に」
「それがな、絶滅してなかったらしいんだ。南の方に飛んでいくのを見たって言う奴が居た」
「なんだって?数が減ってからは一匹で大金貨が動くような値段にまでなっていたと聞くし、本当に居るなら是非捕獲しておきたいところだな…」
「まぁ、俺が知ってるのはここまでさ、実際に見たっていう奴もそれ以上の情報は持ってないよ。この話は役にたてたかい?」
「ああ、もちろんだ」
「そいつぁ良かった。じゃあ引き続き宴を楽しんでおくんな。まだ夜もあるからよ」
「そうさせてもらうよ」
山の中の小さな村での目撃情報、思わぬ大金の影にカルアの口角がにんまりと上がる。そして頬を動かした事で縫ったばかりの傷口が痛んだ。
「いてて。……傷治してから…かな。そういやぁ銃もない」
そうして時が過ぎて行き、やがて夜になる。
最近色々忙しく、なかなか投稿出来ていませんでした。
見に来てくださる方々、申し訳ないのです。
それでも少しずつ筆を進めながらやっていますので、エタらないので!見捨てない方向でお願いします。
さて、あともう少しで次の章へと入ります。次の章に出てくるUMAはかなり有名な奴になります。