第3話 道
間が開きました、申し訳無いです。
今回は出来る限りクリーンに書こうとしてますのでグロは我慢しました。
まずは王道のイベントとなります。
「はてさて、どちらへ歩こうか」
何も考えずに森を飛び出したアイラは当然の事ながら森を抜けた後の事も何も考えていない。森さえ抜ければ何となく分かるだろう…なんて甘い考えでいた。
そもそも森を抜けるのに一晩を要したのだから常人であればそれ自体が冒険となり得るだろう。では何故夜に歩いていたのか?それは出発したのが夕方頃だったから、たったそれだけの理由だったりする。アイラにとっては明るさなんて関係なく、一晩寝ていないからと言って倒れる様な事も無い。森を抜けた頃にはもうお日様が昇っていた。
気がかりなのはお腹が空いた事くらいだろう、森の生き物達はアイラを警戒している者も多く、無防備に歩いていると逆に近寄って来ないのだ。
森を抜けた先は背の低い草木や剥き出しの岩肌が目立つ様な低い丘に阻まれており、視界は開けているのに遠くが見えない。
「ちょーっと出た場所が悪かったかなぁー。とりあえず登ってみますかー」
なんて独り言を呟きながら岩肌を登る。登るとは言ったが斜面は緩やかで登りやすく、高さもアイラの身長の倍程しか無かった為ほぼ歩いているような感覚だ。
そうして丘を越えると同時に視界いっぱいに広がったのは若草色の絨毯、見渡す限りの大草原だった。太陽の光を押し返さんばかりの鮮やかさ。今まで鬱蒼と生い茂る草木ばかりを見て育ったアイラの目には眩しく映っていた。
草原は所々で岩肌が隆起しており、遠くには高い山が並ぶ。ただの平坦な草原では無い所がまたアイラの目を楽しませた。
目だけでは無い、耳には穏やかな川のせせらぎが染み込んでくる。近くに川があるに違いない、アイラはもう既に好奇心だけで歩を進めていた。
川底が見える程に透き通った川はとても長く、端から端までの終わりが見えない。森の川も当然綺麗ではあったのだがここまで長く続くものは見た事が無かった。
しばらくの間景色に心を奪われていたアイラだったがふと我に帰る。そうだ、自分はお母さんを探すんだ…と目的を思い出し再び歩き出した。
そして川を辿る様にして歩いていたアイラはふと気が付いたのだ。川沿いには邪魔な木が無く、大きな石等も転がっていない、踏み固められた土がずっと続いている。
意図的に歩きやすくされている。これはつまり…。
「あ!そうかー、これが道か。確かに歩きやすいかも」
アイラ達が住んでいた森では道など作ったりはしなかった。道なんて作ってしまったら、「ここはよく通る場所ですよ」なんて知らせているようなものだからだ。自分が不利になる状況を好んで作るのは危機意識が足りない。
もっとも…アイラを脅かす程の生き物は居なかった為、危機意識は全て空振りに終わりメリットは何一つ感じられ無かったりした。
フラウが言うには人間にとっては道を開拓する方がメリットが大きいからわざわざ道を作るらしい。そう言われた時は理解出来なかったアイラであったが今はそのメリットをひしひしと感じていた。人間寄りの生き物だと言われた事を納得してしまう。とは言え…。
「なるほどなー、道があると気分良く歩けるのかー。草木が邪魔にならないし、歩くだけで良いから景色も楽しめる。良いメリットだー」
アイラの感じているメリットはどこかズレていた。まるきり外れてるという訳でも無いだろうが、本当のメリットを知るのはほんの少し先の話になる。
そう…道の先で不思議な物に乗った人間達と出会した今の話だ。
車輪の付いた大きな箱、そして二頭の馬。馬車である。
馬車についてもフラウから学んでいたアイラは目を輝かせ、その実物を見た事で「なるほどな」と納得した。車輪を転がして移動するなら確かに道は必要だ。そして川沿いにある事でいつでも水が補給出来る。合理的だ。
しかしフラウから教えてもらった事の中にはそれよりももっと大事な事があった。アイラは涎を拭いながら思い出す。
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「良いかいアイラ、奪うという行為には相応の覚悟が必要だよ。お腹が空いて獲物を狩る時も、命を奪うのなら…自分が殺される覚悟もするんだ」
「じゃあ人の持ち物を奪う時は?」
「それは本当に奪う必要がある物なのかどうかよく考えな。人の持ち物であれば交渉して手に入る事もあるだろう。奪えば争いの種になるものさ」
「じゃあ、もしも…だけど。奪われる時は?」
「財を奪われるのは恥だよ、あたし達の種の尊厳を犯そうとする行為さ。この世に産まれてきた事を後悔させてやんな」
「わかったー」
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「お腹空いたなぁ、でも馬車を引く馬は持ち主の物だから食べちゃダメなんだよなぁ」
野生の馬であればその命は馬本人だけの物だ。もちろん馬車馬の命だって馬車馬本人の物なのは間違い無い。しかし同時に所有者も存在する。つまり人の物だ。
「そうだよ、交渉だよ。馬くださいって言えばくれるかも」
もちろんそんな事ある訳が無い。アイラには馬がどれだけ大事な物なのか分かっていなかった。そもそも交渉出来る金品だって持っていない。
それでもアイラはお構い無しに馬車に近付き、七人の人間を見付ける事となる。人間を見たのは初めてであったが、自分と似た姿をしていた事が嬉しかった。
アイラは自分と同じ姿の生き物というのは実は初めて見たのだ。きっと仲良くなれるに違いない、そう思いニコニコしながら人間に近付いていった。
馬車の前には三人。黒いスーツに蝶ネクタイを付けた初老の男性。それとワインレッドの羽織に金色の刺繍を入れた派手な壮年の男性。そして怯えて震える冴えない青年。
その三人を取り囲む様にしてニヤニヤと笑う無骨な男が四人。それぞれ大きな斧や槍を携えており、剣呑とした雰囲気が馬車の周りに漂う。
そう、馬車は今正に盗賊の襲撃にあっていたのだ。これこそが道を作る事のデメリット、ここを通るから襲ってくださいというアピールになってしまう。
襲う方からしたら通る時間さえ分かれば良いだけの美味しい狩場となるのだ。
後で分かる事となるが派手な服装の壮年男性は田舎町の領主、貴族である。初老の男性とともに細い剣で応戦するがどうにも旗色が悪い。一番若い青年が怯えて縮こまり戦力にならないせいで一人で二人を対処しなくてはならない状態になってしまっているのだ、これでは全滅するのは火を見るより明らかだ。
必死に抵抗する貴族側に比べ、盗賊側は余裕の表情を見せていた、そんな時だ。
「あのー、馬欲しいんだけど貰って良いー?」
予想外の事が起きると人間の思考というのは停止するものだ。貴族も盗賊も事態が把握出来ずに固まっていた。
殺すか殺されるかという命のやりとりの最中に年頃の女の子がにこやかに話しかけてくるというのはそれ程に現実味が無かった。
「あれ?もしかして言葉伝わらないのかな。もしもーし、馬ちょーだい」
再度話しかけて来た事でその場に居た皆が状況を整理し、結論を導き出す。
壮年の男性はアイラにも剣を構え、歯軋りの音が聞こえる程に歯を食いしばる。その目は悲しみに満ちていた。
「こんな少女までもが…盗賊の一味だと言うのか。我が…ハイラード領は…そこまで堕ちたというのか」
苦悩し悲しむ壮年男性を見てアイラは考えた。「この人が馬の持ち主に違いない。でも怒ってるって事は…交渉しなきゃいけないんだ!」と。
「ごめんねー、そうだよね、人の持ち物だもんね、交渉しなきゃだよね!」
「何を…言ってるんだ?お前は盗賊では無いのか?」
「私?私はアイラだよ。お腹が空いたから馬が欲しいんだよ、もうペコペコなんだ」
どう見ても敵意は感じない。毒気を削がれたのか壮年男性は剣先をアイラから外した、不信感は拭えないが相手をする余裕も無い、というのが本心だ。
「馬は…大事な物でな、他の物で良ければ食糧くらい分けてやっても良いのだが」
それは何気無しに言った一言であった。もう全滅は免れないし、この謎の少女も盗賊に売られる運命だろう。それなら最後に食糧くらい分けてやりたいと思うのが人情だ。
しかしそんな一言が明暗を分ける事もある。
「ほんと!?」
「ああ、ダルモア・クライヌ・オブ・ハイラードの名に誓おう」
そんなやりとりを見ていた盗賊達は最初こそ自分達の狩りの最中に茶々を入れられてご立腹だったものの、アイラの白い肌や銀の髪、端正な顔立ちを見て気が変わっていた。皆顔を見合わせてニカッと笑い合い、頭の中ではアイラがいくらで売れるか金勘定を始めていた。上等な獲物が増えたのだ、嬉しくない訳が無い。
「嬢ちゃん、服は質素だがその白い肌…農民じゃあ無ぇよなぁ。高く売ってやるから感謝しろよぉ。へっへっへ……お?あんだそのペンダント、珍しいな、それも高く売れそうじゃねぇか。今日はついてるぜぇぇ、こっちへよこしなぁ」
盗賊が指差す先にはアイラのペンダント。それはフラウとアマレットの鱗であり、アイラの宝物だ。
「……私から…奪うの?」
「へへへへ、そうさぁ。もう嬢ちゃんは俺らのもんだ。全部奪ってやるよぉ」
「へー……これ、お婆ちゃんに習ったとこだ」
「あん?お婆ちゃんだあ?盗賊に出会ったら逃げろってか?もう遅えんだよなぁ」
事態の重さに気付いてない盗賊はなおも下卑た笑いを続ける。いったいいつまで笑顔でいられるか…きっとすぐに後悔する事になるだろう。
「産まれてきた事を後悔させてやれ…だよ」
アイラは盗賊の一人が持っていた斧の柄を掴むと、単純に握力で握り潰してしまった。支えを失った斧の頭部は自重で落下し、音を立てて地面に落ちる。
盗賊は何が起きたか分からず落ちた斧を見て混乱するしか無かった。
アイラは斧の頭部を拾い上げ、盗賊の頭の上にバランスよく乗っける。
「それ落としたら君の首もキュッと潰すから気を付けてね」
「は?……はあぁああ!?」
叫んだ事で頭の上の斧がぐらつき落ちそうになったものの必死で体勢を整え直し、盗賊はプルプルと震えていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅー…くそっマジかよこいつ」
冗談みたいな出来事だが紛れもない事実。盗賊というのは常に荒事に首を突っ込む人種だ、目の前の少女は斧をへし折る力が有り、自分の首も躊躇せずにへし折るであろうヤバい奴である事を理解した。ただ…気付くのが遅すぎた。
いや、気付ける人間などそうそう居ないだろう、見た目にはただの色白の女の子にしか見えないのだから。現に貴族であるダルモアも目を見開いて驚いている。
「さて…こんなところかなー」
その後はもう一瞬で切りが付いてしまった。逃げようとした他の三人を順番に土に埋め、盗賊達は頭だけ地表に出され、まるで生首状態だ。
捕まえて穴を掘って埋めて、次の盗賊に追い付き、また埋める。約5メートル感覚くらいで盗賊の頭が地面から生えてる異様な光景が出来上がった。その早業は普通の人間の目には盗賊達が落とし穴に落ちていく様にも見えた事だろう。
満足したアイラはゆっくりと馬車へと帰ってくると、斧を乗っけた最初の盗賊を見てにっこりと笑いかける。
「未遂だったからこれくらいで許してあげるね」
「お…俺はいつまでこの状態で居れば良いんだ……い、良いのでしょうか?」
盗賊の頭の上の斧は不安定に揺れており、泣きそうな顔でアイラに許しを乞う。
「んー…私の視界から見えなくなるまで…かなぁ。君が助かれば他の三人も掘り起こせるんじゃない?君が助からなければ…うん、獣とか虫がお腹いっぱいになると思うよ?」
「ひ、ひいぃぃぃぃ」
「あ、そうだ。私もお腹空いてたんだった。ねぇダルモア、約束の食べ物ちょーだい」
急に話を振られたダルモアは我に返ると改めてアイラをしげしげと見つめる。そして今の結果だけを受け入れて笑うしか無かった。
「俺は一応貴族なんだがな。まぁ…君は命の恩人だ、細かい事は言うまい。ところで相談なんだが、その盗賊達は俺が引き取っても良いか?」
ダルモアからしたらお尋ね者の盗賊達は牢屋にでも入れて尋問にかけたいところである。ここで放置は出来ない。
「良いよ、食べるの?共食いは病気になるよ?」
「食べ?……いや、違うが、本当に変な奴だな。調子が狂うよ。まぁ…ご協力に感謝する。後で報奨金を支払おう」
「?…もらえる物は貰うけど、今は食べ物が欲しいんだよ」
「ああ…そうだったな。馬車の中にパンが有る、好きなだけ食べると良い。足りなければ屋敷で饗そう、我がハイラード領の町まで乗って行ってくれるか?金もそこで支払わせてくれ。それと馬車の中にはうちの娘が居る、歳も近いだろうし話し相手にでもなってくれると助かるよ」
馬車の中と聞いてアイラは目を輝かせる、正直乗ってみたくて仕方が無かったのだ。自分の足で歩けば良いのにわざわざ乗り物を作るくらいなのだからきっと素晴らしい物に違いない。元々行く宛ての無い旅路だし断る理由もありはしない。
喜んで馬車の中へと踏み入るとダルモアの言う通り一人の女の子が乗っていた。手入れの行き届いた金の髪に白を基調としたドレスを纏った女の子。
女の子は馬車に乗って来たアイラを見て凛とした態度を繕おうとするものの、その目は赤く、ついさっきまで泣いていた事が窺える。
「ば…馬車から見ておりましたわ、私の名前はリッシュ・クライヌ・オブ・ハイラード。リッシュとお呼びくださいまし。貴女のおかげで助かりました、感謝いたしますわ。…あの、貴女のお名前は何と言いますの?」
「アイラはアイラだよ、ただのアイラ」
「そう……アイラ…お姉様…」
「…ん?おね?」
盗賊の襲撃から貴族の馬車を助ける。王道ですよね!
たまには王道も書きたいのですよー。今回の作品はけっこう王道展開多めかもです。
時間のある時にこつこつ書いてますので不定期ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。