第27話 殺意の矛先
そもそもの話、今回アイラが首を突っ込んだ理由はソレだった。ジボーゲンの獣を殺したら牛がもらえる。そのやりとりが耳に入った時には村長の元に向かっていた。
野性味あふれるジビエももちろん好きだが、飼育された環境下にある脂の乗った牛はいったいどんな味なのだろうか。報酬が金だというのであれば正直どうでも良い。しかし美味しい肉だと言うのであれば話は変わってくる。
「で、くれるの?牛」
「あ…ああ。ジボーゲンの獣の脅威が無くなるのであれば…一頭くらいは安いものだ」
それを聞いたアイラはにっこりと微笑む。そして瞬時にハッとした表情へと変わりカルアの顔を見つめた。ジボーゲンの獣はカルアの獲物であり、アイラは手を出さないという約束だった事を思い出したのだ。人の狙う獲物を横取りする事もまた、食べ物の恨み同様に恐ろしい。
「…カルア、私…牛…欲しいなぁ…」
「う…、そんな…おねだりされても…あたしだってお金もらえないと生きていけないし…」
「お姉様がこんな愛らしくお願いしてるといいますのに断りますの!?」
「アイラが可愛いかろうとあたしには関係ないだろ!」
「私には関係大有りですわ!」
「あたしには無いんだ!」
睨み合うリッシュとカルアであったが、二人の視線はある合図を境に森へと向けられる。銃声だ。それも一発では無く何度も何度も鳴り響く。単発式の銃であるにも関わらず鳴り止まない。狙って撃っている訳では無いのだろう。無我夢中で弾を込め、ノータイムで撃ち続けている様な音。
「あいつら……ジボーゲンの獣に遭遇したのか?」
「あら、ジボーゲンの獣ってそんな簡単に会えますの?」
「いや…警戒心が強い奴だ、あたしでも姿までははっきりと見えていない。牛よりも大きいのに狼よりも速く走るし、なかなか私の射程圏内にも入らないからな。あいつらの銃で当たるような距離には来ないと思うんだが。…何か変化があったのか…銃声で興奮したのか……」
そう話していると次第に銃声が減っていき、やがて音は完全に止んでしまった。仕留めたのか、撃ち尽くしたのか、……もしくは。その答えはすぐに分かった。ドラグーン隊の乗っていた馬だけが何頭か逃げ帰ってきたからだ。その鞍を…真っ赤に染めて。
その馬を見てカルアの表情が青ざめていく。ジボーゲンの獣の爪が届くような近距離戦であればドラグーン隊の銃は当たるはずだ。しかし結果として…馬だけが帰ってきた。
果たして自分の手に負えるのであろうか。今までのジボーゲンの獣とは明らかに動きが異なる。そして、馬は無傷なところを見るに殺意は以前にも増して人間へと矛先が向いている。
怖気付いたカルアはその場で固まり、森の中に潜んでいるであろう化け物が村へ攻めて来るんじゃないかという不安からその目は森に釘付けになってしまっていた。
「……お姉様、カルアさんは戦意を失ったようですわ。私たちだけで向かいましょう」
リッシュは確信していた。アイラなら勝てる、負けるはずが無い。しかしカルアが挑めば死んでしまうかもしれない。ならば恨まれても自分たちが向かうべきだと、そう判断した。
そしてアイラもまた、カルアが戦える様な状態では無い事を感じ取っていた。
「んー…そっか、そうだね。うん、じゃあ私達で行こーか」
カルアは森へと進む二人を追う事も、止める事も出来なかった。
森に入ったアイラは血の匂いを頼りにジボーゲンの獣を探す。そうして見つけたのは地面に染み込んだ血の池と、まだ新しい肉片。それが先程の兵隊達の物であることは一緒に落ちていた装備からも明らかなのだが、何故か馬の残骸は全くと言っていい程に残っていない。
更におかしい事がもう一つ。これはどうした事だろうか、事件が起きたのは今の今だと言うのに森は静まり返っており、ジボーゲンの獣はその姿を現さない。
「お姉様、ジボーゲンの獣…いないですの」
「近くには居ないねー。でも血の匂いは追えるよ」
そう言ってアイラが先導して進んだ先からは大きな水音が聴こえだし、深緑の爽やかな香りは次第に水気を帯びていく。大量の水が滝となって流れ落ち、滝壺を形成していた。
「ありゃ…血の匂いはここで途切れてるね。匂いが薄くなり過ぎてこれ以上は無理かも」
「ジボーゲンの獣が滝で血の匂いを洗い落としたって事ですの?」
「かなー。カルアが言ってた通り興奮状態なら簡単だと思ってたんだけどねー。冷静だし慎重だよ。出直した方が良いかも」
「そう……なんですの?んー………あら?ねぇ、お姉様」
残念そうにするアイラの役に立ちたくてリッシュは真剣に周りを見渡し、そしてある物を見付けた。それは巨大な獣の足跡である。カルアは牛以上と言ったが、その足跡はまるで象の様に巨大で、その爪の跡はダガーよりも長い。そんな恐ろしい足跡が土の上にくっきりと残っていた。
「ほらほらお姉様、足跡ですわ!ジボーゲンの獣はこっちに行ったに違いないですわ!」
「うーん…どうかなぁ。その足跡さ、ちょっと深過ぎない?」
「え?んー…そうです…わね?まぁ、私でも見つけれるくらいには跡が残ってますわ」
「それ多分二回踏んでるよ。そっくり同じ場所踏んで後退するの。野生の獣が逃げる時にやるんだよ。私も昔は騙されたなぁ、引っかかるとイラッとするの」
「あら、つまりジボーゲンの獣は逃げてますの?…興奮状態だったはずなのに、急に冷静に?……お姉様、確かさっきの現場には人間の死骸しかありませんでしたの。人間を狙ってて、人間を見たから凶暴化して、人間じゃない生き物が侵入してきたから逃げたって事かしら。…いえ…違いますわね、私は人間ですものね。申し訳ありませんわ、浅はかな意見でしたの」
「なるほど。多分それだ!いやーリッシュはやっぱり賢いなぁ」
「へ?いえいえ、褒めていただけて非常に嬉しいのですけど。私は人間でしてよ?私の仮説が合ってれば私が狙われてなければおかしいですわ」
「リッシュは私の財宝なの。私の血が巡ってるから私の匂いもするんだよ。混ざった変な匂いだからジボーゲンの獣も余計混乱して怯えた可能性まであるかも」
「私…そんな匂いますかしら?」
「あ…私の匂いなんて嫌だよね。ごめんね」
「いえ!いえ!そんな事ありませんわ!違いますの!私自身の匂いが気になっての発言ですの!むしろ自分の血なんて全て抜いてお姉様からの輸血で生きていきたい所存ですわ!」
「ええええ!?それは流石にダメだよ!死んじゃうよ!」
「お姉様の血で死ねるのなら本望ですの!」
「絶対ダメ!リッシュは良い匂いだよ!私は今のリッシュの匂いが大好きだよ!」
「ふへぇ!?……え?…えぇ!!?…大…す…ふ…ふぇえええ!?」
「リッシュ!?落ち着いて!!んー……もう、やっぱり今日は撤退だぁー!」
頭が沸騰する寸前のリッシュを抱えてアイラは村へと帰路に着き、リッシュは運ばれてる間の記憶が飛ぶ程にトリップ状態となっていた。
そして走って帰ってきた二人を見て真っ先に駆け寄って来たのはカルアだ。二人が森に入ってしまってから我に帰り、ずっと二人が帰ってくるのを待っていた。
「良かった!二人とも無事だったんだな!」
「それがさー、逃げられちゃってさー。リッシュもこんなだし、帰ってきた」
「な!?リッシュ!どうかしたのか!?なぁ?なぁリッシュ!」
心配そうにリッシュを掴んだカルアであったが、リッシュの顔を見てスッと冷静になる。当のリッシュは至って幸せそうな顔をしていたからだ。
心配していたのが馬鹿らしくなる程に緩んだ頬は真っ赤に紅潮し、人間何があったらそこまで幸せになれるのかと疑問になるくらいだらしない笑顔であった。
「うん…なんかもう…馬鹿らしくなってきた。リッシュのおかげで冷静になれたわ…ありがとな」
今回はアイデアロールに成功したカルアが一時的狂気に陥りましたね!
何言ってるか分かんない方ごめんなさいね!
さておき、面白いものが書けてるのかなぁって凄く不安になりますねー。
感想とか、感想とか、感想とかがあると、ね、嬉しいなぁって、ね。
|ω・)