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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第2章 ジボーゲンの獣
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第26話 ドラグーン


 その夜、アイラは物音で目を覚ました。だが警戒はしていない、音の正体が敵では無い事にすぐに気付いたからだ。外灯などは無い為外の景色は闇に覆われている。その闇から帰還したのは少し野性味のある女の子、カルア。


「今日の風も甘えん坊さんだったね。肌にまとわりついて冷たくてかなわない」


 全てが寝静まった深夜、カルアは本日の仕事を独り言で締めた。唯一の誤算はアイラが起きていた事くらいだろう。そして唯一の救いはリッシュが寝ていた事だ。


「風がカルアを守ろうとしてたのかもしれないね」


「はひゃ!?お、起きてたのか!?」


 驚いたカルアの声がまた高く上擦るが軽く咳払いをして誤魔化そうとする。


「うん。おかえりー」


「あ、ああ…ただいま」


「たぶんカルアの匂いが風で遠くに流れていかないようにまとわりついてたのかな」


「え……風の精霊…本当に…いる…のか?」


「いるよ。目には見えないけどね」


 カルアは周りを見渡すと何とは無しに手を差し出してみる…が、我に返ったように軽く首を横に振ってその手を下げた。その顔からは未だに半信半疑な様子が見てとれる。


「ま、まぁ…あれだ、ほら、今日はもう寝なよ。あたしももう寝るからさ」


 そう促されたアイラは目をスゥ…と閉じてそのまま眠りにつく。元々カルアと話したい事があった訳でも無いのだから寝ろと言われれば寝る以外にやる事は無かった。



 ……… …… …



 翌朝、とは言っても太陽はそれなりに高く昇っており、村の外では放牧された牛が呑気に草を食み、時おり鳴き声を上げていた。

 ジボーゲンの獣は闇に乗じて襲ってくる、明るいうちは向こうも身を潜めているのだろう。生態が分からない以上は相手の巣を闇雲に探すのは危険だ。もちろん探索は行うがやり過ぎて相手の警戒を強めてしまえば狩りは更に困難なものとなる。警戒心の強い獣を狩る時は持久戦を覚悟せねばならない。


 だと言うのに、これはどうした事だろう。日が暮れるまで体力を温存させるつもりだったカルアの耳に、けたたましい爆発音にも似た騒音が鳴り響く。それは間違いなく銃声だった。


「なんだ?今の音…火薬を使った鉄砲の音…だよな」


 その音に関してはリッシュも嫌な思い出があった。銃の出す威圧的な音は周りの生き物全てを警戒させる。それに今しがた鳴り響いたその爆発音はグレインの持つ銃を遥かに凌ぐものだった。

 放牧された牛達もその音に驚き興奮してしまい村は一瞬にしてパニック状態となってしまう。


「な、なんですの!?ジボーゲンの獣が出ましたの!?」


「い…いや、ジボーゲンの獣は明るいうちは身を潜めるはず。それに銃なんてこんな小さな村で持ってる奴居ないと思う。高いからな、アレ」


 遅れて聴こえて来たのは沢山たくさんの馬の足音。それと同時に音の正体も分かる事となった。軽装ながらも鎧を身にまとい馬に騎乗した兵隊達。その馬の耳には音を遮る革製の耳栓の様な装具が着いており、数は十人という小規模編成ではあったが全員が馬を所持していた。

 そしてその全員が大きな拳銃を所持している。大きいとは言ったが銃身は短く騎馬戦向きで、大口径のその銃は精度よりも一撃の威力を重視したものだろう。

 そのうちの一人が村全体に聴こえるような大声をあげる。


「我らはカルバディス王国より参じたドラグーン隊!国王の意向によりジボーゲンの獣とやらを狩りに来た!村長は居られるか!」


 村長は何事かと慌てはしたもののジボーゲンの獣を狩ってくれるというのであれば願ったり叶ったりだ、慌ててドラグーン隊の元へと駆けていく。


「あ、ああ、俺が村長だが。ジボーゲンの獣を狩ってくれるというのは本当なのか?」


「件の化け物を退治したともなれば国王の評価も上がるというものだ。まぁ…大層な呼び方をされてはいてもどうせ大きな狼かなんかだろう?我らドラグーン隊にかかれば造作もない」


 そう言って村長と対峙した兵隊は自分の持つ拳銃を見せ付ける。そこには竜の模様が刻まれていた。大きく派手な発砲音とそれに伴う発砲炎を火を吹くドラゴンに見立てたのがドラグーン隊の名前の由来だろう。その火力と騎乗による機動力を合わせれば正に竜騎兵を名乗るに相応しい。もっともそれは本物の竜を知らなければ…の話だ。


「それは頼もしい限りで。…最近狩人を雇ったんだが何分小娘なもんで、少々手間取っているらしい。こちらとしては早くケリがつくのであればありがたい。…が、しかしこの村には王国の軍に払える程の金は無いのだ…」


「ああ、そんなことか。我らは正規軍だぞ。金は国から出ている、気にするな」


 それを聞いて村長は肩の荷が降りたとばかりに安堵した。しかし対する兵隊達は口角をあげてニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。


「…だが、個人的な報酬は村から好きに受け取れと言われていてなぁ。こんな田舎まで遠征させられておいて国からの端金はしたがねだけじゃああんまりだよなぁ」


「なに…を…」


「なぁに、金は今ある分だけでかまわねぇさ。足りない分は適当に選ばせてもらうぜ。そうだなぁ、祝杯の肴に牛を一頭、あとは若い女でもいただくかなぁ」


「な!それでは盗賊と変わらないではないか!」


「おいおい、人聞き悪いなぁ。村を脅かす脅威を排除してやるんだぜ?何でも喜んで差し出すべきだよな?合意の上での報酬だよな?ん?」


「牛…なら…差し出そう。だが…村の者には…どうか…」


「何言ってんだ、女がメインの報酬だろうがよ。ああ、そういえば雇った狩人は小娘らしいな?その無能な狩人でも差し出せば良いじゃねぇか。村の者じゃあ無いんだろ?」


「………いや…しかし…」


「おい、いい加減そっちに選択肢なんて無い事に気付けよ」


 兵隊が村長に銃を向けると足を狙って引き金を引き、放たれた弾丸は大きな音と炎を伴い村長の足の骨を粉砕する…はずだった。そうならなかったのはその弾丸を素手で捕まえた少女が居たからだ。もちろんそんな事が出来る女の子なんてアイラしか存在しない。


「これ当たったら痛いよね?ね?ね?昨日もらったお肉のお礼ねこれ。優しくしろって言われたもん。カルアが昨日言ってたんだよ。もらったお肉の分くらいは優しくしろって」


 村長も兵隊も何が起きたのか分からず固まってしまう。まぁ…無理も無い話だろう。突然現れた女の子が放たれた後の銃弾を空中で捕まえたのだ。理解が追い付かなくて当たり前だ。

 遅れてやって来たのはカルア、そして足の遅いリッシュがそれに続く。カルアはやってきて早々に兵隊を睨み付けた。


「発砲したのはあんたらか、ジボーゲンの獣に警戒されたら狩りどころじゃなくなるだろ。あたしは狩人だ。本職に任せて素人は引っ込んでてくれ」


 カルアを見た後兵隊達は我に帰り再びいやらしい笑い顔になる。自尊心の高い兵隊達だ、今の出来事を自分に都合の良い様に曲解したのだろう。小娘の言う事など無視して村長へと視線を向ける。


「運が良かったなぁ村長。弾を込め忘れていたようだ。王国が誇るこのドラゴンの咆哮ほうこうを受けていたら今頃あんたの足は木端微塵こっぱみじんになっていただろうさ。しかし…これであんたの立場は理解してくれたよな?ええ?その小娘が例の狩人だろ?ほほー…なかなかに可愛いじゃねぇか。我らへの捧げ物になるよう説得しとけよ」


 この脅しに一番身震いしていたのは…リッシュであった。恐る恐るアイラの顔色を伺い、カルアの手を引きながら後退りを始める。何にそんなに怯えているのか?それはもちろん兵隊に対してでは無かった。無表情に兵隊を見つめているアイラに対してだ。



「ドラゴンの…咆哮?今のが?今のあれが…ドラゴンブレス?へー……そう、なんだ?これ…おばあちゃんに習ったところだなぁ。ドラゴンをバカにしてるなぁ…」


「あん?何言ってるんだ小娘が……んー?小娘?胸平ら過ぎねぇか?女顔の男か?ふん、だがおまえの連れは良い身体してるな、気に入った。…おい村長!報酬にそっちの女も差し出せ!」


「リッシュは……私の財宝だよ!」


 ドラゴンには逆鱗と呼ばれる激昂げっこうに至るトリガーがある。アイラには逆鱗は生えていないが、もし逆鱗があるとしたら初めての友達であるリッシュという財宝がそれに当たるだろう。

 フラウ婆ちゃんの教え、そして逆鱗をも逆撫でした兵隊に与える温情はアイラには無い。


「本当の…ドラゴンブレスを…見せてあげようか」


 大きく開いたアイラの口内に火球が生まれ、青白く煌々と輝きを増していく。光り輝く光球となったソレは途方も無い熱量を内包した対処不可能な災害と言って良い。

 前回は呑み込み己の力としたが、今回は吐き出す為に力を溜める。それがどれ程の取り返しのつかない脅威となるか、想像出来たのはリッシュただ一人だった。


 カルアを守る為に後ろに突き飛ばした後、リッシュはアイラの元へと駆け寄っていた。アイラの身体を後ろから抱きしめ、そして叫ぶ。


「お姉様!お待ちくださいまし!私はここに居ますわ!私は奪われておりませんの!未遂!そう…未遂ですわ!私はお姉様の財宝ですもの、奪われたりしませんことよ」


「リッシュは…私の…」


「そう、そうですわ。その通りですの」


「うん…」


 炎が収まり消えていく。その様子を見ていた兵隊達はたじろぎはしたものの未だに理解が出来ずにいた。もしアレが放たれていたら…ドラグーン隊を巻き込み後方の地形までもが変わるだろう、その様を想像出来る方がどうかしている。



「詠唱無しで…魔法を?ふ、ふん!まぁいい!魔法使いだろうとドラグーン隊の敵では無いわ!ジボーゲンの獣の次はおまえだからな!覚悟して待っていろ!」


 度肝を抜かれて少し弱腰になった兵隊達は捨て台詞を吐き、逃げるように森へと行き先を変えて進軍していく。兵隊達の目的はジボーゲンの獣の討伐であり、それは国王自ら指示したものだ。腐っても王国の正規軍、第一目標を違える程落ちぶれてはいない。


 森へと姿を消したドラグーン隊を見送った後、落ち着いたアイラは村長に問いかける。


「ねぇ、ジボーゲンの獣殺したら牛くれるって本当?」



 ……… …… …



 その頃、アイラから逃げるように森へと入ったドラグーン隊はやはりアイラの話で持ち切りとなっていた。捨て台詞は吐いたものの、冷静に考えれば考える程得体が知れない。


「なぁ、俺は詠唱の無い魔法なんて聞いたこと無いんだが…」


「俺もだよ。…それよりよぉ、おまえさっきみたいに弾込め忘れるなよ?」


「あ、ああ。…あれ?弾が一つ減ってる。さっきの…本当に空砲だったのか?」


「おい、冗談やめろよ。弾丸を素手で掴まえる人間なんて居るわけねぇだろ」


「そう…だよな。ははは…どうかしてるぜ」


「おっと、皆足を止めるんだ。前方に何か居る」


 低く唸るような声の後、森の木々がメキメキと音を立てて掻き分けられていく。そこから姿を見せたのは一匹の獣。

 まるで象の様な巨躯の狼に似た赤茶色の獣。大きな爪に大きな牙、そして特徴的な背中の縞模様。それは紛れも無くジボーゲンの獣だ。だが兵隊達はこんなの聞いて無いとばかりに取り乱す。聞いていた大きさよりも…ずっと大きいのだ。そして不気味なのはその表情、低く唸りをあげて威嚇いかくしてきているにも関わらず、その目は怯え、悲しんでいるようにすら見える。



───────────────


── かえりたい ──


── ここはどこ ──



── ゆるさない ──



最近書く時間が取れていませんがちゃんと書いております。

更新遅くてすみません、ほんとすみません。

見に来てくれる方が居るのを確認する度に「すまねぇ!すまねぇ!」と思っておりまする。


ジボーゲンの獣、ちょろっとですがとうとう登場です。

古竜の血の侵食が進んでおりますねぇ。

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