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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第2章 ジボーゲンの獣
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第25話 ガロル村


 ジボーゲン地方、土地としては高地に位置し、開けた放牧地がありつつも遠目には森が広がる。自然豊かなその土地はくだんの獣にとっても有利な狩場と言えるだろう。

 普段は森に隠れ、開けた土地に住む人間を狩る。放牧された牛よりも人間を積極的に狙うそのジボーゲンの獣に村人は日々恐怖し生活していた。


 赤茶色の厚い毛皮は生半可な攻撃を跳ね返し、牛を超える巨躯に大きな爪と牙を有したその獣の攻撃力は村人達の築く質素な防衛網など軽く破壊する。背中にある一本の縞模様が特徴的な件の獣は正体不明ゆえにジボーゲンの獣と呼称された。そして、正体不明がゆえにアイラの母親の手がかりとなる。古竜の血がもたらす力、アイラの母親の血の力、進化と退化を促すその血の力によって姿を変えられた獣である可能性が高いからだ。


 しかしその獣を追い求めてジボーゲン地方までやってきたのはアイラ達だけでは無い。村人達もまた餌食になるのを黙して待つはずが無いのだ。

 初めに被害を受けたガロル村、その小さな村には旅人は来ず、宿屋などは存在しない。客人をもてなすのは村人達の集会所にもなっている村長の家だった。

 そして、カルアはそんな村の客人だったのだ。村長は腕の立つ狩人が居ると聞いて藁にもすがる思いでジボーゲンの獣の討伐を依頼したに違いない。



「村長、ジボーゲンの獣は出なかった。今日はもう皆家から出ないように」


「あ、ああ。…ん?人が増えているようだが?」


「さっき拾った。この二人もここで面倒を見て欲しい」


 村長はカルアが連れて来た二人、アイラとリッシュを怪訝けげんな顔で見つめる。ただでさえ雇った狩人は若い女の子なのだ。ソレが同じくらいの歳の女の子を連れて来たとあっては心中穏やかでは無い。屈強な男達でも手も足も出ない化け物相手に女の子達を集めてどうなると言うのだ。村長はやや口調が荒くなる。


「女の子ばかり三人も雇う金はこの村には無いぞ」


「良いさ、この二人は文字通り拾っただけだから。屋根だけ貸して欲しい」


「…勝手にしろ」


「感謝する」


「早いとこ俺にも感謝させて欲しいものだ」


「ジボーゲンの獣は用心深い、長期戦になる可能性も高い」


「………ふん」


 機嫌悪そうに奥に引っ込んだ村長は少しして三人分の干し肉とパンを持ってきてくれた。獣のせいで疲弊ひへいしているだけで根は優しい男なのだ。

 もちろんカルアもそれは理解しており、村長に軽く会釈で返す。それを見たリッシュが自分の服の裾を軽く摘み上品にお辞儀すると村長は目を丸くして驚いた。


「あんた…貴族だったりするかい?…いや、まさかな」


 リッシュはそれには答えない、村長に笑みを返すだけに留まった。ただでさえ疲弊している村に貴族相手のもてなしなど出来るはずもない。余計な心労は与えるべきではないだろう。

 解決した後で恩を売る方がクライヌ家の得になるかもしれない。なんて…そんな打算もあった。


 村長が自室に引っ込んだ後、少し疲れ気味なカルアにリッシュが声をかける。


「聞けば貴方も手こずってらっしゃる様子ですわね。私達に構ってる余裕がありまして?」


 泊まる所を決めて無いという二人を自分の下宿先に誘ったのはカルアだ。しかしそれは二人の身を案じての事では無い。


「あたしが興味を持ってるのは…そっちの白い方さ。アイラって言ったかな。あたしの銃弾に精霊の気配を感じたってのはどういう事?」


「そう!それですわ!私も気になってましたの。カルアさん、貴方魔法が使えまして?」


「使えない…が、思いあたる節はある。で、どうなの?」


 硬い干し肉をいとも容易く引き裂き平らげたアイラはカルアの顔をジッと見つめた後、少し納得した様子でウンウンと頷いた。


「精霊に好かれてるね。たぶん風の精霊じゃない?何回も対話してると見たね」


 アイラのこの言葉はカルアが精霊魔法の使い手である事を示唆しさしていた。命令による詠唱魔法では無く対話による精霊魔法。それは精霊がみずから進んで力を貸す為大きな力を行使する事が可能となる形式の魔法で、それを目指しているリッシュはやや興奮気味にカルアに詰め寄った。


「まぁ!では精霊魔法ですの!?カルアさんは風に向かってどんなお話をして仲良くなりましたの?教えてくださいまし!………って、あら?どうして黙ってしまわれましたの?」


 見るとカルアの顔はプルプルと震え、耳まで真っ赤に染まっているのが分かった。怒っている?否、俯いて汗を浮かべるその表情は恥ずかしさを堪えている様に見えた。


「お、おおおお、お話!?いったいにゃんの……んん!何の事か分からないなぁ!」


 少し前まで冷静に話していたカルアの声は高く上擦る。いや、むしろ咄嗟に出たこっちの声色が本来の声の高さなのだろう。普段は少し声を低めに出していたようだ。


「ええー?そんなはず無いと思うけどなぁ。風の精霊って風自体に形も無いから意識することも難しいってフラウ婆ちゃん言ってたもん」


「言われてみればそうですわね。いったい何に向かって対話を試みたら良いのか分かりませんわ。何も無い虚空こくうとどうやって仲良くなりますの?」


 カルアは「もう勘弁してくれ」とばかりに顔を手で覆う。カルア自身、本当は精霊に自我があるとは思っていない。詠唱魔法を学ぶ金なども持ち合わせていなかったし、魔法を使いたかった訳でも無い。では何故カルアに精霊が懐いたのか?それは…純然たるカルアの趣味嗜好しゅみしこう。獲物が来るのを独りで待ち続ける狩人としての暇潰しから来るものであった。いくつか例を上げよう。



──────────


「今日はやけに風が騒がしいな…」


「ふふ、軌道がズレるだろ?いたずらな風だね」


「風が…呼んでる。今日は…そっちなんだね」


「風が…止まった…。そう……今って…ことか」


──────────



 そう、全て…独り言である。場面に合わせてソレっぽい事を言うだけの独り遊びである。

 その独り遊びに精霊が興味を持ちカルアに懐いたのだ。カルアの持っている銃はブレイクアクションのエアライフル。本来の威力はたかが知れている。…が、そこに精霊の力が働けばどうなるか。

 独り遊びに興が乗る程に銃弾の威力が、そして精度が上がる。その度にカルアは酔いしれた。「自分は特別な力を持った選ばれた人間」だと。

 中二病患者の出来上がりである。いや、実際に特別な力を手に入れたのだから誇るべきだろう。それが例え…風に話しかけるという少し変わった言動であっても。



「あ、あたしの事は…もう良いよ!あんたはいったい何!?本当に人間なの!?あんたを見た時鳥肌が立った。とても強い生き物だと思った。ジボーゲンの獣かと思った程に」


「お姉様は神ですわ!!」


「あんたは黙って。話が進まない」


 リッシュを邪険に扱うカルア。それに対し文句を言いたげなリッシュであったが、アイラが口を開こうとするのを見て、アイラお姉様が喋るなら…とリッシュはすぐに口を閉じる。


「私はアイラだよ。ただのアイラ。お母さんを探してるの」


 アイラの応えはとても意外なものだった。それは自分は特別な存在では無いと言いたげにも聞こえ、カルアはそれ以上の事は聞けなくなってしまった。


「そ…そう…。まぁ、あたしには関係無い…か。でもジボーゲンの獣だけはあたしの獲物、手は出さないで。自分で狩らないと報酬もらえないからね」


「うん。私はお母さんの行先だけ分かれば良いの。その…ジボーゲンの獣だっけ?要はただの縄張り争いでしょ?人間どうぶつと動物が殺し合いしてるだけ。そんなの興味無いもん」


「その死生観は狩人にも通じるところがある。あたしは…理解するけど、村の奴には言わないでよ?とくに村長は責任感じてピリピリしてるから」


「何で?弱い方が死ぬだけでしょ?」


「あんたマジか……。あー…村長さっき食べ物くれたんだから、食べ物分は優しくしてやれって事で理解して欲しい…かな」


「分かった!そっかー……食べ物のお礼なら大事だね」


「あたしはお金を貰うお礼にジボーゲンの獣を狩る。世の中ギブアンドテイクの交渉で成り立ってるんだよ。そういうものさ」


「フラウ婆ちゃんの言ってた通りなんだねー。人間は交渉が好きって言ってたもんなー」


「人間は…て…フラウ婆ちゃんっていうのは何者?」


「フラウ婆ちゃんはフラウ婆ちゃんだよ。私のお婆ちゃん」


「やっぱ人間じゃないだろあんた…」


「アイラはアイラだから、アイラって呼んで欲しいな」


「そうかい…分かったよアイラ」


 名前を呼ばれて満足そうに笑うアイラとは裏腹にご立腹な顔を浮かべている者が居た。言うまでも無くリッシュである。


「あまりお姉様と親しくなさらないでくださいまし!お姉様は私の所有者なんですのよ!お姉様の一番の下僕はこの私だという事を覚えておいてくださいまし!」


「お、おお……本当ヤバいなこいつ。心配しなくともそんな称号はいらないよ。あんたが一番の下僕さ。誰もそんなポジション盗らないから安心してくれよ」


「あら、カルアさんは意外と話の分かるお方でしたのね。勘違いしていましたわ」


「こっちは逆に話の通じなさに驚いてるよ。…さて、あたしはもう少し村の周りを見張ってから寝るから、あんたらはもう寝ると良いよ」



 そう言い残してエアライフルを抱えるカルアを見送ってからアイラとリッシュは眠りについた。



この風…少し泣いてます。


さて、第2章もようやく進んできました。

次回くらいにはジボーゲンの獣出せれたら良いなぁと思います(思います)

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