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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第2章 ジボーゲンの獣
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第24話 スナイパー


 悪夢の様にも思えた船旅を越えたリッシュは今もなお悪夢にうなされていた。ただし今回は正真正銘の悪夢である。そう…夢の中だ。

 とはいえ悪夢の内容は起きていた時と変わらない。暴れるいかだにしがみつくという恐怖体験の焼き回しだった。夢に出る程のトラウマだったのか?もちろんそれもあるだろう。しかし一番の要因は別にあった。寝ているリッシュは実際に揺れていたのだ。

 体を揺さぶられ続けたリッシュは目を覚ますと目の前にあったのは輝くような銀の髪。


「う~…ん、んー…ん?あら?ここは…どこですの?」


 周りを見渡すと見た事の無い景色が前から後ろへと流れていく。どうやら移動しているらしい。その速度は馬上での景色よりも速い。それでもリッシュが平静でいられたのは景色が変わり映えのしないだだっ広い草原だったからだろう。自分の速度を測る対象物が遠いと遅く感じるものだ。そして何よりまだ微睡まどろみの中に居るリッシュは現状が把握しきれていない。


「あ、リッシュ起きた?」


 リッシュの耳に届いたのは愛しいアイラの声、その声を引き金にリッシュの頭が覚醒し今の状況を理解した。……アイラにおんぶされている。しかもそのまま走っている。


「はわぁ!?お、お姉様!?こ、これはいったい!?」


「えーとね、今日まだ進めそうだったからさー、リッシュおんぶして走ってるの」


「そ、そんな!申し訳ないですわぁ!………いや、でも、んふ、んふふ」


 リッシュは申し訳ないとは思いつつもアイラと密着している今の幸福を捨てるのには強い抵抗を感じてしまう。せめてこれくらいは許されるだろうとアイラの匂いを満喫していた。


「気にしなくて良いよ。……って、私の方こそごめんね」


「んふふ……ふへぇ?」


「そんなに匂い嗅いでくるなんて…臭かったかな?」


「んひゃあぁああ!ち、違いますのよ!至高の香りですわ!」


「へ?湖に潜った後なのに!?」


「お姉様の背中がどんな状態であっても私にとっては玉座にも勝るのですわぁ」


「あ、背中と言えばさ、私もフラウ婆ちゃんみたいに空を飛べたらもっと簡単に移動出来たのになぁなんて思うとさー、ちょっとだけ悔しいなぁ」


「あら、それだと私はお姉様には出会って無かった事になりかねませんわ」


「あ、そっかー、飛べるなら道なんて歩いてないもんね」


 もう一度小さく「そっかー」と言いながら納得するアイラを見つめながらリッシュはアイラの背中に強くしがみつく。

 小さく「お姉様に…翼があったら…」と呟いたリッシュの次の声は小さ過ぎて言葉にならなかった。『私なんて要らなくなりますわね…』…それは…出来れば言葉にしたくない事実だ。

 心なしか…アイラの背中に内包された翼の骨が以前より大きい気さえしてきてしまう。




 その後どれだけ走っただろうか、けっきょくリッシュはアイラに乗ったまま時が流れ、再び陽が西へと傾いていく。陽が落ちる前に村に辿り着くだろうか、今晩も野宿だろうか。

 もっとも…リッシュにとってはアイラの腕の中で眠れる野宿の方が幸せだろう。


 そして空が茜色に染まる頃、アイラは急に横に飛び跳ねる。背中に乗っていたリッシュはその動きに耐えきれずに大きく揺れるがアイラがリッシュを落とす事は無かった。

 とはいえ実際は落としてもらった方が幾分いくぶんかマシだったに違いない。


「お、おおおおお姉様…、お、お、降ろ…して」


 アイラから降りたリッシュは地面に四つん這いになり胃の中身を草原へとぶちまける。

 アイラの超人的な瞬発力により内蔵を瞬間的に激しく揺らされたリッシュは吐き気を堪える事が出来なかった。アイラの背中に吐かなかったのは最後の意地だったに違いない。


「ぅぅぅぅ………トイレの次はゲロ………お姉様には見苦しいものばかりお見せして申し訳ないですのぉぉぉぉ、でもどうして急にお止まりになりまして?」


「ごめんねリッシュ。なんか小さい物が凄い速さで飛んできてさ。咄嗟とっさに避けちゃった」


 鋼の剣による斬撃であっても避ける事の無かったアイラが咄嗟に回避行動を取る、その意味を考えリッシュは立ち上がるとフラフラとした足取りながらも周りを警戒した。

 しかし当のアイラはと言うと特に警戒した様子も無く一点を指差した。


「あっちから飛んできたんだけど、なんか長い棒持った女の子が居るよ。こっちに向かって走ってくる。敵意は…もう無さそうかな。まぁ…さっきも敵意は感じなかったんだけどね。凄いなぁ……あんなに殺気殺せるなんて。直前まで分かんなかった」


「え?え?……あ!本当ですわ、すっごい遠いけど、私にも人らしきものが見えましたわ!でも…近付いてくるの悠長に待ってても良いんですの?」


「大丈夫、敵意は無いよ」


「でも…先程何かされた時も敵意は感じなかったと…」


「うん、でも大丈夫。たぶんね」


「そう…なんですの」


「姿を晒したまま近付いて来るって事はそういう事だよ」


 もし気配を隠して移動するようであれば敵意がある事は明白だ。次に備える、あるいは逃走するという明確な意思となる。だが攻撃をしてきたその女の子の目には焦りの表情がうかがえた。


 その女の子の足は人間にしては速く、アイラの目の前まで走ってくると慌てた様子で怪我をしていないか全身を眺めてくる。そして無傷である事を確認すると深く呼吸をした後喋り始めた。


「悪かった…馬より速いし…強い生き物の気配だったから…くだんの獣かと」


 そう声をかけてきた女の子の風貌ふうぼうはやや鋭い目付きで、絞り込まれた身体、陽に焼けた小麦色の肌、浅黒い髪。歳こそ二人に近そうではあったが、雰囲気はリッシュとは対照的でやや野性味があり、色合いはアイラが白過ぎるせいで日焼けや黒い髪がよく目立つ。


「ちょっと貴女!いったい何しましたの!?お姉様に何かありましたらどう責任取りますの!?私の名はリッシュ・クライヌ・オブ・ハイラード。さぁ、貴女も名乗りなさい!」


「げっ…貴族…なのか?いや貴族がこんな場所走ってるはずが無いような。それよりも、白いあんた、本当に人間?」


 浅黒い女の子はアイラに向かって問いかけるが、アイラが口を開く前にリッシュが口を挟む。


「答えるべきは貴女ですわ!それにお姉様が何者かですって!?決まってますわ!神ですわ!」


「うわぁ……ヤバい奴に絡んでしまった気がする。でも…悪いのはあたしだね。あたしの名はカルア、ただのカルア。狩人を生業としてる」


 そう言ってカルアと名乗った女の子が見せてきたのはアイラが長い棒と称した金属製の細長い筒の様な物、リッシュにはその筒に既視感きしかんがあった。


「ではその長い筒はやはり銃っていうやつですの?一度だけ見たことがありますわ。もっと小さくて短いやつですけど、次世代の武器がどうとか。そんな希少な物を一介の狩人が持てますの?」


 リッシュが見た銃、それは少し前に事を構えた相手であるグレインが護身用に持っていた拳銃だ。フィディック商会の様な大きな商会の主であるグレインが持っていた物ですら精度に難のある開発段階の代物だったはず。つまり高価な上に実用性に欠ける武器という認識であった為、カルアが放った遠距離で精密な射撃というのは少々信じられないものだった。


「ああ…火薬とか入ってるやつ…かな?これはそんな大層な物じゃ無い。なんていうか…弱過ぎて開発の止まった代物。当たっても殺せるのは鳥くらいだろうってんで捨て値で売られてたよ」


 弱い、カルアの口からそう発せられた武器。しかしカルアはその武器で目視出来るギリギリの距離から正確にアイラを狙撃してみせた。音も出なかったように思う。

 そして何より…アイラは回避を選んだ。鋼の剣を避けなかったアイラが避けたのだ、鋼の剣以上の脅威である事は間違いない。しかしアイラはカルアの言葉に同調して頷いてみせた。


「うん、そうだねー。馬とか牛くらいなら頭に当たれば殺せるかもだけど、ちょっと弱いかなー」


 カルアは鳥を殺せる程度の威力だと説明したが、アイラの見立てでは大型動物の頭蓋骨を割るだけの威力はあるという判断だった。もっとも…それはアイラにとっては強い部類には含まれない。

 そしてリッシュが信じるのは当然アイラの方だ。


「なんてことですの!牛の頭を割れるだなんて!そんな銃弾がもしお姉様に当たっていたら!…いたら………どうなりますの?お姉様?」


「え?……うーん。……なんかこー……痛いかも。いてっ…てなるかも」


「お姉様に不快な思いを!?カルアさん!?あなた万死に値しますわよ!」


「え!?待って!痛いで済むはずが………だってあたしの銃弾は」


「うん。精霊の気配を感じたよ。だから避けたの」


「「え!?」」


 理由は違えどリッシュとカルアが驚いたのは同時だった。



やっと続き書けましたー。遅筆で本当に申し訳ないのです。

構成は出来ているのですけどなかなか落ち着いて書けず。


次回はこの新しく登場した女の子と例の獣の話になります。

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