第22話 不完全な筏
切り揃えた丸太を地面に並べ、まだやや高い位置にある夕陽を見つめながら丸太を縛り合わせていく。切断する道具はナイフしか無いのにも関わらず丸太の断面には尖った鋭利なささくれは無い。
それはアイラの荒業によるものであった。へし折って長さを揃えた後、尖ったささくれ部分に噛み付き、焼き切っていったのだ。少々面倒な作業ではあったが、火を吐いたのでは丸太が燃えてしまう。ゆえに噛み付き、焼きごての様に焦がしていった。
「えへへー、私もけっこう器用でしょー」
「ええ…まさか丸太に嫉妬する日が来るとは思ってもいませんでしわ」
アイラの口付けをお預けにされたリッシュは丸太の断面を恨めしそうに睨み付ける。
「嫉妬?リッシュはたまに会話が噛み合わないねぇ」
会話といえば。ふと…リッシュはアイラに聞いてみたい事があった事を思い出した。それはアイラが丸太の伐採から戻ってくる少し前の出来事についてだ。
「あ、そうですわ。そういえばお姉様は妖精について知ってらっしゃいませんこと?リープフラウエン様からお聞きになられたりとか…」
「妖精?んーん、聞いた事無いよ」
「まぁ…百年くらい前に見つかった新種の生き物ですものね」
「ふーん。どんな生き物なの?」
「人の形をしていて、虫の様な透き通る羽を持ってる小さい生き物ですの」
「………んー?そんな感じのやつなら見たことあるような?無いような?あー…だめだー、やっぱり分からないかもー。思い出せないや、ごめんねー」
「ああ!いえいえ!私の方こそ急に変な事を聞いてしまい申し訳無いですわ!さ、日が落ちる前に筏作りをやれるだけ進めてしまいませんと…て、少し肌寒くなってきましたわ、今日は切り上げて焚き火でもした方が良さそうですわね」
「ああ、それなら」
と、開いたアイラの口内に火球が出来上がる。それを見たリッシュは今度こそ炎を口移ししてもらえるのでは?と期待に目を輝かせたがアイラはその口を閉じて炎を自分で飲み込んでしまった。
リッシュはショックで項垂れてしまうが、ふいに背中に暖かなぬくもりを感じ目を見開く。ぬくもりの正体はアイラの体、背後から抱き締められていたのだ。
「お、おおおおおお姉様!?」
「どー?暖かい?私の体って炎呑み込んで体温上げれるんだよー。でさ、リッシュの家のお風呂くらいの温度になってみたけど、どう?ね、ね、どう?」
人間は弱い、とくに就寝時は無防備で、家に守られていないと安全に眠る事も出来ない。それを理解したアイラは旅先でリッシュを安全に眠らせる為に考えていた事があった。
その答えがこれである。そう、リッシュを抱え込んで眠れば良いのだ。そして自分が暖かければ布団の代わりにもなる。まさに一石二鳥、それを試す為の行動であった。
「ふへ、ふへへへ、頭が沸騰しそうですわぁ」
「ひゃあああ、温度上げすぎた!?リッシュ大丈夫!?」
「大丈夫過ぎて大丈夫じゃないですわぁ」
「どういうこと!?」
その後少しの時が経ち、夕陽が本格的に地平の彼方へと消えて行く。筏作りの粗は明日修正する事にして眠りにつくこととなった。暗い中リッシュにナイフを使わせては指を切る恐れもあるし、流石に出発は日中にしたい。今急ぐ理由は無いのだ。
日中はキラキラと輝いていたネル湖の湖面だったが、日が沈んだ今となっては全てを呑み込む様な深い深い暗闇の底なし沼を思わせた。
「あ…あの…お姉様?その…お姉様に抱き締められたまま眠るというのは…流石に…緊張しますの」
「えー?これからは野宿する時はこうしようと思ってたんだけど?嫌だった?」
「嫌な訳ありませんの!毎日野宿で良いくらいですわ!家なんて無くて良いですわ!」
「極端だよー?まぁ、嫌じゃないなら良かったよ、もう寝なよ」
「あうー………」
少しの間モジモジしていたリッシュではあったが、人間であるリッシュは疲れと眠気には勝てない。慣れない事をして疲れ切っていたリッシュの体と頭は眠りを欲していた。
「ふふふ、お休み、リッシュ」
◆ ◆ ◆
朝陽が顔を覗かせ、リッシュの目蓋がうっすらと開く。湿った空気が今居る場所を思い出させてくれた。そして背中に感じる確かな暖かさが今の状況を思い出させてくれる。
「おはようリッシュ。起きたならそろそろ退いてもらおうかな」
「はひゃ!?……う…うーん……むにゃむにゃ……えーと、すやすや…」
「それは無理があるよ!?」
「あうー……」
「はい、起きてね。で、さっそくだけど筏ってこれで完成なの?丸太を並べて縛って繋げただけだけど?水に浮かぶ馬車みたいなの想像してたんだけど?」
「そういう難しいのは…私達だけでは無理ですわね。あ、でもこれだけでも凄い事ですのよ?お姉様の力が無いとこんなに早く作れなかったはずですの」
「え?凄い?私ちゃんと作れてた?ほんと?えへへー、うれしーなー。私もお爺ちゃんみたいに人間の道具作れたんだー…」
アイラはお爺ちゃんが残していった道具で生活をしていた。壊したら直せないから大事に大事に使っていた。自分で作れるならお爺ちゃんが作ったものはそれ以上壊れないように残しておいてあげたい。それらを愛おしそうに見つめるフラウの為に。
「あとは…帆…は無理ですわね、そもそも作り方どころか使い方も分かりませんわ。そしたら漕ぐ為のオールですわね。棒の先端に平たい板を付けたものですの」
「なんだか簡単そうだね!よし、残りもやっちゃおー」
そうして出来上がった筏は形だけは大した物だった。リッシュの頭が良いのだろう、見た事があるだけだとは到底思えない程に良い出来栄えだと言える。
二人が乗るのに十分な面積を持ったその筏は実際に湖面に浮かべても見事に浮いてみせた。
「やった!やったよリッシュ!すごいよリッシュ!浮いた!浮いてる!」
「ええ!やりましたわ!私達にかかれば筏なんて楽勝ですわ!」
意気揚揚と乗り込んだ二人を支えても筏は浮いている。これなら湖に繰り出しても問題無く向こう岸まで辿り着くだろうと二人は確信した。
しかしその認識が甘いのだと知ったのは湖を渡り始めてからどれくらいの時間が経過した時だっただろうか、最初こそ美しい自然を眺めながらの優雅な船旅だったものの、やがてリッシュの顔に焦りが見え始め、今は顔面蒼白の様相を呈していた。
「お、お姉様……ど、どうしましょう」
丸太を縛り合わせていた蔓が緩んだり切れたりしだしたのだ。そのせいで丸太が不安定に揺れ、その揺れで更に丸太同士の繋がりが弱くなっていく。
「うーん…やっぱり私にはまだ物作りは早かったかー」
「いえ、あの、それより今はこの状況を…ひゃああ…あ、ああ」
「分かったー。じゃあ筏直そうか。何があれば良いの?」
「え、えーと、…頑丈なロープなどがありましたら…って、ある訳ありませんわね。あぅ…」
「もっかい縛るってことだね、じゃあなんかそれっぽいの探してくるねー」
「え?え?ここは湖のど真ん中でしてよ?」
「えーと…服は…水はじいてくれそうだしこのままで良いかな。じゃ、いってきまーす」
そう言い残したアイラは筏から湖面へと足を移動させ、そのまま水の中へと消えて行く。もともとアイラは泳いで渡るつもりでいたのだから水中に対しての恐怖などは微塵も無いのだ。
「お、お姉様!?……そんな、今ネッシーが現れたら私はどうしたら良いんですの?と、とりあえず目立たないように…じっと…しなければ……って、ひゃぁあああ。筏が揺れてそれどころでは無いですわー!お姉様ー!お早いお帰りをお待ちしておりますわー!」
やっと更新できましたー。
最近色々ありましてー。遅くなりまして申し訳ございませぬ。
次回は水中に潜ります。