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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第2章 ジボーゲンの獣
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第21話 ネル湖のほとり


 二人が屋敷を出たのが1時間程前の事。食料は保存のきく干し肉や煎り豆、そして塩を屋敷の備蓄びちくから持ち出しただけなので準備に手間を取る事はあまり無かった。

 食料、水の入った革袋、あとはお金と地図とナイフ、それに簡単な生活用品のみ。あまり多くても旅の邪魔になるだけだからとリッシュがリュックサックに背負える程度しか持っていない。

 荷物を背負っているのが何故リッシュなのか、まず理由の一つとしてアイラでは扱いが雑になるからだ。地図を破られてしまってはたまったものでは無い。

 加えてアイラは生肉や生水を摂取してお腹を壊す事も無く、お金とも無縁であり、ナイフ等の小道具が無くとも大抵の物は素手で引き裂く事が出来る。必然的に荷物の多くはリッシュの為の物となり、リッシュの性格からもそれをアイラに持たせる事は無いだろう。

 最後に一番大事な理由として、万が一はぐれた時に荷物を持っているのがアイラだった場合にリッシュの生存率がいちじるしく低下する。これは文字通り死活問題となりえる。


 それと…リッシュの荷物の中には私的な物も含まれていた。とある植物の種である。



「さて、お姉様!とうとう旅立ちの時ですわ!…ですが…」


 リッシュは意気揚揚いきようようと士気を高めようとしたが地図を片手にやや困り顔を覗かせた。

 目的のジボーゲン地方へ行くには現在地から南下して行けば良いのだが、途中に存在する巨大な湖が行く手を阻むのだ。迂回するとなると馬車でも一週間はかかるだろう。


「どしたの?何かおかしな事でもあった?」


「あー…いえ、道中ネル湖と呼ばれる湖があるのですけど、それが海と見間違う程に大きいんですの。迂回していくと馬車で一週間はかかりますわ」


「えー、馬車はやだー」


 貴族であるクライヌ家の馬車ですら酷い揺れだったのだ、安い馬車での長旅など感覚の鋭いアイラには苦痛以外の何物でもない。途中で暴れだすのが目に見えていた。


「ですわよね。ええ、ここは覚悟を決めますわ!お姉様の足に着いていけるか不安ですが…精一杯歩かせていただきますわ!」


「え?泳ぐんじゃないの?」


「え?ええええ!?」


 アイラに合わせて陸を歩く覚悟を決めたリッシュであったが、流石に広大な湖を泳ぐのは物理的に不可能であり、アイラが泳ぐつもりだったのは完全に想定外の事だった。


「湖をまっすぐ突っ切っていくのが一番早いんじゃないの?」


 リッシュはアイラの感性に合わせたいとは思いつつも無理なものは無理である事を自覚している。何とかして遠泳を回避する方法はないものかと頭をひねる。


「え、えーと……あ!そうですわ!地図!地図は水に弱いんですの!地図が濡れて読めなくなってしまったらお義母様に会えなくなってしまいますわ!」


「あー、それは困るー。………あ!水に触れなければ良いんだよね!?」


「え……ええ……」


「リッシュは丸太にしがみついてれば良いよ。私が押しながら泳ぐから」


「う……丸太を掴み続ける握力が……その……せ、せめていかだを作りませんこと?」


「いかだ?」


「ええ、小さい船の事ですわ」


「あ!船!船は知ってるよ。フラウ婆ちゃんから教えてもらった。水に浮かぶ乗り物だよね!」


「そう!それですわ!一緒に作ったら楽しいと思いますの!」


 それを聞いたアイラの目は分かりやすくキラキラと輝いていた。リッシュの説得の勝利である。そもそも本来ドラゴンは自分で物を作れない。それゆえに趣味は収集となり、ドラゴンは気に入った物を手に入れ、守る事に執着するのだ。だがアイラは違う、人間のような手足を持つアイラは物を作る事が出来る。それゆえに作れると聞いたら好奇心が勝ってしまった。


「本当に!?リッシュは作り方分かるの!?やりたいやりたい!」


「ええ、分かりますわ!見た事がありますの。筏なんて丸太を並べて縛れば良いだけですわ」


 もちろんそんな簡単に作れる物では無い…が、リッシュの知識もまたそこ止まりであり、貴族の娘であるリッシュが筏なんて作った事があるはずも無い。進言通り、見ただけである。


「じゃあさっそく湖行こうよ!木くらい生えてるよね!」


「木なんてそこらじゅうに生えてますもの、大丈夫ですわ。…あ、でも…実はネル湖には新竜の目撃情報がありますの。お姉様が居れば何も問題無いとは思いますが」


「そういえば前も言ってたね。新竜ってなんだっけ?」


「リープフラウエン様を除く古竜が絶滅した後に永い年月を経てドラゴンの様な姿に進化した生き物を新竜と呼びますの。一応今の生態系のトップだと言われてはいるのですが…個体数が少な過ぎて出会う事自体が稀ですわ。それにネル湖の新竜…通称ネッシーは短い時間しか姿を見せませんの。視線を感じると逃げるように湖底に沈んで行くのだとか」


「強いのに…逃げるの?」


「その辺は…分かりませんわね。ネッシーが戦う姿を見た物はいませんもの」


「ふーん、フラウ婆ちゃんは新竜なんて教えてくれなかったなぁ。あ、フラウ婆ちゃんの事だからドラゴンだとは認めて無いのかも。大きいトカゲくらいに思ってたりしてねー、あははー」


「ネッシーは水棲なのでイモリとか魚とかかもしれませんが……もしかしたら…ネッシーが隠れてるのってリープフラウエン様に見つからない様にするためだったりしませんの?」


「あー…フラウ婆ちゃんプライド高いからなぁ。イモリとか魚と同格なんて嫌がるかも。新竜?なんてのが居たら威嚇いかくくらいはしてるかもしれないなぁー」


「もしそうなら…ネッシーはトラウマ抱えて隠れ続けてるという事になりますわね…」


「あはははは、それ面白いね!」


「少しだけ気の毒になってきましたわ」



 ◆  ◆  ◆



 太陽は真上を通り過ぎ、まだ日は高いもののやや西へと傾いている。屋敷を出たのが早朝なのだからリッシュの足はもう悲鳴を上げていた。


「リッシュー?大丈夫ー?水の匂いするからもうちょいだよ」


「はぁ…はぁ……お姉様の…為なら…足が折れようとも…歩ききってみせますわ」


「いやいや、初日で足折っちゃダメだよ」


「ふぐぅ……自分の弱い足腰が恨めしいですわぁ…」


 下っ端貴族とはいえリッシュはお嬢様だ。足腰の強さで言えば村娘にも劣るだろう。


「なら…また私の炎を送ろうか?元気出るよ?」


 アイラはリッシュの顎を優しく掴み口を開かせ、自分の顔をそっとリッシュの顔に寄せ……唇が触れる前にふと、考え込む様に動きを止めた。アイラの炎は呑み込む事で力を増幅させるが、けっして身体の強度を上げるものでは無い。ただでさえ足を痛めたリッシュの足を無理やり動かしたら本当に折れてしまうのでは?自分の財宝を自分で壊すのはドラゴン的には望むところでは無い。


「う…うぅ…寸止めは…寸止めはあんまりですわぁ……私の高まりに高まったこの胸の鼓動がお姉様に聴こえせんことぉ…?うぅ…」


 アイラからの文字通りに熱いキスを待ち受けていたリッシュから涙が溢れ落ち、流石のアイラも焦ってしまう。しかし泣いた理由がキスをお預けにされたからだなんて夢にも思わない。


「ええ!?何で泣いてるの!?そんなに足痛い!?あ、そうだ、それならこうしよう」


「ふぇ……ふぇえぇ!!?」


 アイラがリッシュの脇と膝を抱えて支えると、リッシュの身体はまるで羽の様に軽く持ち上がりアイラに委ねられてしまった。そう、所謂いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「ほら、湖までこうやって行けばリッシュも足痛く無いでしょ?湖に着いたら休憩にするから、ね。……って、あれ?泣き止むの早くない?」


「ふへ、えへへへへ、そんな…こと…ないですわぁ。痛いので…もう少し…このまま…」


「うん、少しは元気でたのかな。よく分かんないけど」


「ふあー…元気出過ぎて鼻血出そうですわぁ…」


「ええ!?大変だ!は、早く湖の涼しいとこで休憩にしよう!」


「そ、そんなぁ!ゆっくり、ゆっくりでお願いしたいですわ!」



 その後、湖まではすぐだった。何せアイラは軽いジョギングでも馬と同等の速度が出るのだからそれも当然だろう。ゆっくりと言われても、ゆっくり走って尚これなのだ。


「とーちゃーく。わぁー、本当に大っきい湖だなぁ。すっごく綺麗」


 凪いだ湖面に陽光が反射し、優しい輝きを放つその湖はまるで巨大な宝石の様にも見える。それはアイラには初めての景色だった。


「ほんと…綺麗ですわぁ…うっとりしちゃいますの」


「……今リッシュが見てるの私の顔だと思うのだけど?湖見てなくない?」


「もちろんですわ!」


「力強いね!?…まぁ、元気があるのはいい事だけど、リッシュはとりあえず木陰で休んでてよ。私は筏用に木を引き抜いてくるね」


「木を引き抜く!?いえいえ!根っこは要りませんわ!というか、そんな事したら土が抉れてしまいませんこと!?あ、いえ、お姉様がそうしたいのなら意見は申しませんわ。でも必要なのは幹の部分だけですの。あとは木を縛る為の紐状の…つるとかですわね、それは私がやりますわ」


「分かったー。それも私が集めとくから休んでてー」


「あぅぅ…正直助かりますの。ぅぅ…お姉様の足ひっぱってばかりですわね…」


 リッシュは足を庇うようにして木陰に座ると木にもたれかかり、申し訳なさそうに項垂うなだれた。しかしアイラはそれを見て満足そうに微笑む。


「何言ってるの?リッシュは私に出来ない事が出来るんだから、私が出来る事は私がやるんだよ」


「私に…出来ること…」


「じゃあ、私は木を集めてくるねー」


「あ、はい…」



 リッシュは遠ざかるアイラの背中を見つめながら考え込んでいた。自分に出来る事とは何だろう…と。それはもちろん文字や地図を読む事だったり、人間同士での取り引きだったりするわけだが、それはリッシュじゃなくても出来る事だ。リッシュは…唯一無二の存在になりたかった。


「私に出来る事……今は…これですわね…」


 地面を浅く掘り、鞄から植物の種を取り出すと優しくそれを植えていく。


「これで合ってるのかは分からないですわね、もうちょっと勉強しておくべきでしたの」


 地魔法の使い手だったクライヌ家、その祖父の代までやっていた事、それは土を耕し、クローバーを植える事だった。クローバーは生命力が強く、大地を強い日差しから守り、クローバー自信が大地の肥やしになる。行っていた土壌改良はこれだけでは無いが、リッシュが旅をしながら少しでも大地の精霊と仲良くなる為に思い付いたのがこれだった。

 旅先でクローバーの種を撒いて歩く。意味のある事かは分からない、それでも何もしないよりは良いと思ったのだ。



 手に付いた土を払い、アイラの帰りを待つ。そんなリッシュの前に現れたのはアイラでは無かった。それは突然現れた。リッシュはそれを知っている。知っているが見た事は無かった。

 それは虫の様な羽を持つ手のひらサイズの人型の生き物で、服の様にも見える外皮をまとうことから人間に擬態しているとも言われていた。

 およそ百年程前に新種の生き物として発見され、違法な薬の材料として乱獲され、瞬く間に絶滅したと言われていた希少な生き物。その名は…妖精と呼称される。


「これ…まさか…妖精?そんな…たしか…人間が狩り尽くしてしまったはずではなくて?」


 座ったまま妖精に向かって伸ばしたその手はやや届かない。立とうとした瞬間に妖精は風に乗って飛び去り、忽然と姿を消してしまった。

 しばらく呆然としていたリッシュが我に返ったのはアイラが戻って来た後だった。



妖精の登場なのです。妖精の話は…よ~せ~(何)


さておき、ここから新章となります。UMAになぞらえた生き物が出てきますが基本的に実在する土地名等はもじって使いますのでご了承ください。

はてさて、ネッシー…いったいどんな生き物なんだ…

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