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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第1章 白灼の竜姫
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第20話 次の目的地


 事件から一月程経った時の事、立って歩けるくらいには回復したダルモアは同じく屋敷を歩いていたリッシュを呼び止めた。


「確証は無いが…次の目的地の候補が見つかった」


 それはダルモアにとっては娘との別れを意味する切ないものであったが、当の本人であるリッシュは嬉しそうに目を輝かせていた。リッシュは大好きなアイラとの二人旅に気が流行ってしまって父親の心情に全く気付かない。


「本当ですの!?お父様!」


「あ、ああ…。まったくお前は…」


「?…どうしましたの?」


「いや、良いさ。それに魔法を失ったクライヌ家は存続が危ぶまれている。爵位もおそらく俺で終わりだろう。お前は好きに生きて良い。だが…俺が老いるまでには帰って来い」


「もちろんですわ。いつかこのハイラード領でお姉様と一緒に暮らす約束をしましたもの。でも…私達が戻って来るまでの間リープフラウエン様の住む森を汚されるのだけは避けねばなりませんの。お父様、任せましたわ!」


「ああ、分かった。しかし…聞いてはいたが、本当に彼の古竜、白灼びゃくしゃく竜姫りゅうきがあの森に居るとはなぁ。そうなると俄然がぜんこの領地を手放すのが惜しくなってきた。…そうだ、リッシュ、お前魔法使えたんだろう?その力でクライヌ家復興は出来そうか?」


「残念ながら…。あの時は何で成功したかも良く分かりませんの。それに詠唱魔法を繰り返したらお姉様の言う通り手痛いしっぺ返しにあってしまいますわ」


 精霊という高位の存在に一方的に命令を下すのが詠唱魔法の真実だという事はアイラから聞かされていた。精霊の機嫌次第では何があってもおかしくないと言われては多様は避けたい。


「アイラの言っていた詠唱魔法と精霊魔法の違いってやつか。ふむ…まぁ良い、リッシュに重荷を背負わせる気は無い。俺は俺でやれるだけやってみるさ。フィディック商会の協力も得られそうだしな。複雑だが…怪我の功名だな」


 元よりフィディック商会はそのつもりでいた。もっともグレインは実権を奪うつもりでいたのだが、自分の大義名分を失った今はクライヌ家に全面協力する方針の様だ。

 とはいえグレインが失ったのは大義名分だけでは無い、商会を失い、顧客からの信頼も失った。以前のフィディック商会ならまだしも現状では助けになるかは怪しいだろう。

 それでも従順になった今、投獄してしまうよりは味方にした方が良いと判断したのはクライヌ家の存続がそれほどまでに危ういからだ。


「まぁ…最悪領主が変わっても問題はありませんわ。人間のルールに神が従う道理はありませんもの。力技で独立国家を作るのも有りだと思いませんこと?」


「おま…本気なのか?」


「アイラお姉様の家族が幸せに暮らせる環境を整えるくらいの事は…考えてましてよ」


「はぁ…リッシュが悪事に手を染めない為にもまだまだ俺が頑張らないといけないようだ。では…やはりオーバンの助けもまた不可欠な物となるだろう」


「あら、ではオーバンは」


「ああ、元気になったらこれからもクライヌ家の為に頑張ってもらうさ」


「うふふ、流石お父様ですわ」


「ふっ…甘いのは承知の上だ。さて、そろそろ本題だ、次の目的地について話したい。アイラを連れて俺の部屋まで来てくれ。俺は先に待っている」



 ◇  ◇  ◇



 その後しばらくしてダルモアの部屋に扉を叩くノックの音が木霊した。


「お父様、リッシュです。アイラお姉様を連れてまいりましたわ」


「ああ、入って良いぞ」


 部屋の中では椅子に座ったままのダルモアがアイラとリッシュを見つめている。


「まだ万全では無くてな、座ったままで失礼するよ」


「辛いのなら寝ててくださいまし」


「いや、大丈夫だ。それには及ばん。それより…」



 ダルモアは地図を広げるとハイラード領から見て南の方にあたる場所を指さした。途中にある大きな湖を迂回せねばならず、馬車で一週間はかかるであろう道のりだ。


「ここにジボーゲンと呼ばれる土地が存在する。小さな村がいくつか点在する広大な放牧地だ。普段はのどかな場所らしいのだが…ここ最近獣害事件が発生したらしい」


「家畜が狼にでも襲われましたの?」


「襲われたのは人間だ。牛の世話をしていた女性が謎の獣に襲われ大怪我を負った。不幸中の幸いだったのは興奮した牛達が暴れた事でその獣も驚いて逃げた事だな。一命は取り留めたそうだ」


「謎の獣?獣の正体は分かっていませんの?」


「ああ、問題はそこでな。赤茶色の厚い毛皮に覆われており牛よりも大きな狼に似た獣だったそうだ。それに大きな牙と大きな爪があったとも聞いているな。まぁ…襲われた恐怖で誇張されている部分もあるとは思うが……ああ、あと背中に一本の黒い縞模様があったそうだ」


「確かにそれは謎の獣ですわね。そんな獣聞いた事ありませんもの」


「そこで思ったのだが、相剋そうこく竜姫りゅうきアマレット、つまりアイラの母親の血の力により変化した獣では無いのか?だとしたらアイラの母親はそこを通った事になる」


「まあ!!流石お父様ですわ!」


 興奮して目を輝かせて納得するリッシュとは裏腹にアイラはやや困惑していた。しかしそれはダルモアの情報に対してでは無い。ダルモアが指さした地図に対してだった。


「この絵なんなの?ここに行けって…え?絵だよね?どうやって行くの?絵の上に乗るの?」


「アイラは…地図を知らないのか?」


「ち…ず?」


「これは…前途多難だな。リッシュ、お前が頑張らないと帰りが遅くなりそうだ」


「もちろん頑張りますわ!うふふふ、私でもお役に立てる事があって嬉しく思います」


 実際の話、アイラの一人旅では目的を果たす事は困難だっただろう。フラウから得た知識は全て竜の目線からのものだ。地図を広げる渡り鳥など存在しない。それと同じく地図を広げるドラゴンもまた存在しない。しかし空を飛べないアイラには地図は必要なものだ。アイラ一人では世界を宛もなく彷徨う事になっていただろう。

 アイラは未だに地図の価値が分からず不思議そうな顔をしていた。そして不思議な事はもう一つあった事に気付きアイラはダルモアに質問を投げかける。


「そういえばさ、お母さんは何で一回帰ってきたのかな」


「ん?それはどういう事だ?」


「えーとね、数えて無いけど…お母さんが家を出て行ったの多分10年以上は前だよ。さっきの話通りならお母さん一回戻ってきてまたどっか行った事になるよねーって思って」


「そうなのか。ふむ…そうなると確かに一回戻って来たと考えないとグレインの話とも辻褄が合わんか。まぁ…それは母親に会ったら直接聞くと良い」


「そっか、そうだね。確かにその通りかも」


「さて、情報はこんなところだ。あとは…そうだな、アイラの服と金の話だ。金は…朱金貨1枚と大金貨5枚、悪いが流石にこれ以上は出せそうに無い。これはリッシュに渡しておこう」


 リッシュはその金額にやや不満そうではあったものの仕方なしと諦めて受け取った。とはいえ女の子が持ち歩くにはあまりにも大金が過ぎる。普通ならば女の子がそんな大金を持ち歩くのはリスクしか無いのだが…それはアイラと一緒ならばどんな金庫よりも安全だろう。


「分かりましたわ。でもこのままでは使いにくいですの。大金貨1枚分を小金貨と大銀貨と小銀貨に小分けにしてくださいまし」


 そう言って大金貨1枚を返したリッシュを見てダルモアは微笑んだ。


「ふっ、頼もしくなったものだ。安心して送り出せそうだな」


「うふふ、お父様の娘ですもの。世間知らずなお嬢様では無くてよ」


 露店や屋台なんかで大金貨を出されても返すお釣りが無ければ支払いを断られてしまうのは当然の事であり、戸建ての店構えであっても個人経営のお店では余程儲かっていない限りは嫌な顔をされるだろう。いちいち大きな商会を探す羽目になるのはあまりにも面倒だ。


 そんな話を退屈そうに覗う視線がダルモアに突き刺さる。そしてこの視線は次の話を急かす催促の視線でもあった。


「む、アイラには退屈な話だったな。服の話に移ろうか」


「うん!服!出来たの!?」


「ああ、凄いのが出来たぞ。まぁ…鋼の革包丁が何本も刃こぼれした…と、職人からの恨み言も一緒に受け取ったがな」


 そう言ってダルモアが机の後ろから引きずり出したのは二つの箱だった。実際には引きずり出そうとしたのをリッシュが止めてアイラと二人で机の前まで運んだ形になる。

 服とはいえオオノヅチの頑丈な革でこしらえた物だ、それはもう革鎧と言っても差し支えの無い重さになる。それでも金属鎧よりはずっと軽いのだが怪我の治りきっていないダルモアを気遣っての事だった。

 しかし二つの箱両方が重かった訳では無い。二つのうち重かった方を指してダルモアはアイラに開けるようにうながした。

 その箱は被せた蓋を紐で縛ってあるだけの簡素な物であったが、アイラは紐の解き方が分からず豪快に引きちぎる。



「ほわぁ…革の服がこんなに格好良く作れるなんて…人間って凄いなぁ」


 それはまさに革鎧だった。それでも服と呼んでも差し支えの無いくらいのシンプルなレザーアーマーにパレオを巻いた物だ。パレオと言ったがもちろん布では無い、オオノヅチの背中の模様がそのままあしらわれた頑丈な革で出来ている。


「加工が難しくてな、シンプルな物しか出来なかったそうだが…気に入ってもらえたのなら何よりだ。それにあまり全身を覆う必要も無いんだろ?アイラは鋼の剣を皮膚で跳ね返したそうじゃないか、動きを邪魔しない程度で良いだろうと判断したが…どうだ?足りないなら外套がいとうも作らせよう。まぁ…また時間はもらうがな」


 これにはダルモアの希望も含まれていた。アイラが希望するならリッシュも納得するだろう。もう少しだけ一緒に居たいと思うのは親として自然な事だった。


「んーん!完璧!やっぱり人間って凄い!フラウ婆ちゃんも人間の器用さには感心したって言ってたけど、私もそう思うよ!」


「そうか……っておい!ここで着替えようとするな!」


「なんで?」


「リッシュが…俺をにらむからだ」


「?…そっかぁ、分かんないけど分かったよ」


 渋渋しぶしぶ諦めたアイラは新しい服を見るだけに留め、少し残念がりながらもその目はさながら綺麗なドレスを見つめる歳相応の女の子の様だった。



「良かったですわ。お父様がお姉様の着替えを黙って見てたら親子の縁を切るとこでしたの」


 リッシュの声色にはよどみが無く、本気である事がうかがえた。そんなリッシュの機嫌をとるようにダルモアはもう一つの箱を指す。


「は…はは。あー…そっちの箱はおまえのだから、開けてみると良い」


「何で二つあるのかと思ってましたけど…私のもありますの?」


「ああ、リッシュには身を守る意味合いのが大きいがな」


「では……オオノヅチの革で出来てますの?」


「そうだな、お腹の方の柔らかい革を薄くすいた物だから軽いはずだ」


 箱を開けたリッシュが取り出した服は腕も脚も隠れるローブ状のワンピース。ややクリーム色がかった柔らかい白みを帯びていた。


「素敵ですわ…デザインはシンプルながらも本当に革なのか疑うくらいきめが細かくて……何より…お姉様の服と同じ素材なのが最高ですわ!これはもはやペアルックなのでは!?」


「デザインが全く違うだろうが。…まぁ、リッシュがそれで良いなら良いさ」


「ええ、大事にしますわ。…ありがとうございます、お父様」


「ああ、二人の旅路に白竜の加護があらん事を……って、その孫に言うのもおかしな話だな。…無事に帰ってくる事を祈ってるよ」



流石に実在する地名そのまま使うのはどうかと思うので少しもじりました。

次の目的地はジボーゲンです。

いやぁ、更新が遅くて申し訳ございません。

そして次の謎の獣行く前にちょっと違う生き物も挟みます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイラもリッシュも可愛い…( ◜︎࿀◝︎ ) めちゃめちゃ無自覚にちゅーしまくってますけど、いつか恥じらいを覚える日はくるのか…こい……!!! こんな感じに過ごしてたらもっと色んな人を誑か…
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