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一億歳のお婆ちゃんの知恵袋  作者: しら玉草
第1章 白灼の竜姫
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第2話 お母さん

二話目はちょっと暗いお話になりますが全体的には明るい話になりますのでご安心ください。


「フラウ婆ちゃん、お婆ちゃーん。うーん……今日は起きない日かー」


 いつもの洞穴から聞こえて来たのは少し残念そうな女の子の声、歳は十代半ばといったところだろう。腰まで伸びた銀色の髪は昔とは違い綺麗に切り揃えられていた。服装は革の服を腰紐で縛っただけの簡素な物ではあったが穴が空いてないのは大きな進歩と言える。

 そう、アイラだ。何年かの時が過ぎ去りいくらか成長したアイラは未だに洞穴でフラウと二人きり。けれど二人で過ごす時間はアイラにとって宝物のようなものだった。


「ん…ああ、アイラかい」


「え?あ!フラウ婆ちゃん起きたの!?」


 今日はフラウとお話出来ないかもしれないと思っていただけに突然聞こえてきたフラウの声にアイラは思わず顔がほころんでしまう。


「嬉しそうにまぁ。この子は何年経っても変わりゃしないねぇ。しかし…まぁ…胸のサイズもあまり変わらないのはあたしの遺伝だねぇ、そこは悪かったね」


 乳房はフラウには必要のない身体構造であった為、その血を受け継いだアイラの胸もまたささやかな物であった。服の上からでは膨らみがあるかどうか確認するのも難しい。

 フラウの口ぶりから察するにこれからの急成長に期待するのも難しいだろう。


「えー、そう言われてもなぁ、同い歳の女の子とか見た事無いし、大きかったら良い事でもあるの?邪魔になるんじゃないの?」


「そうだねぇ、アイラは一応人間寄りだからねぇ、授乳器官は大きい方がモテるだろうねぇ。デメリットは負うけど生存競争には有利なんだよ」


「……へー」


「どうでも良さそうだねぇ。まったく…曾孫ひまごの顔は見れそうに無いよ。……いや、娘の顔を見れただけでも奇跡だったのに…こうして孫の顔まで見れたんだ。これ以上を望むのはあまりにも罪深いね」


 娘の誕生、それはフラウにとって喜びと後悔が入り交じった出来事でもあった。あの子はきっと今でも恨んでいるに違いない、産んだ事自体が罪だったのかもしれない。

 その罪を紛らわせてくれていたのは他でも無い、孫であるアイラの存在だった。アイラは元気いっぱいで明るく素直で…何よりも健康だった。


「私の…お母さん?あ、そうだ。今日は私のお母さんについて教えてよ。何となくでしか覚えて無いんだよねー」


 アイラはいつもと同じで軽い口調だった。しかしフラウにとっては言い辛い内容であった為しばらくの間沈黙が続く事になってしまった。

 それでもこれはアイラには聞く権利のある事で有り、隠す事は許されない事でもある。フラウは重たい口を開くとゆっくりと語り始めた。


「あたしの娘…つまりアイラの母親はね、名前はアマレットというんだが…生き物としては不完全だったのさ。まぁ…こんなトカゲモドキと人間の間に生まれた子だからねぇ」


「はい質問!お母さんはどうやって産まれたの?卵?ねぇ卵?」


「え、そこかい。まぁ…でも…そうだねぇ。あれを卵と呼んで良いのなら卵だったよ」



 ◆  ◆  ◆


 卵と呼ぶにはその殻は非常に薄く柔らかい。色素も薄く中が透けて見えていた。そして中に居た愛しい我が子は既に人の形を形成していたのだ。

 人間の様にお腹の中で赤ん坊まで成長し、不完全ながら卵で産まれた。それを奇跡と呼ばずして何を奇跡だと言うのだろうか。

 人の形とは言ったがその姿は爬虫類を彷彿ほうふつとさせるものだった。白い鱗に覆われ、体の色素も薄い。長い尻尾を有し、頭部には小さいながらも角が生えている。

 竜人と言えば強そうに感じるかもしれないが、その身体は痩せ細り、あまりにも弱々しい。竜…なんて言葉よりも白魚しらうおという言葉の方がしっくりとくる。


 そして卵が破れた時、日の光を浴びた鱗がまるで錆びていく様にくすみ、皮膚からボロボロと崩れ落ちていってしまった。その際に赤ん坊の皮膚も傷付いて赤くなり、あざとなって白い肌を侵食していく事となる。アマレットと名付けたその赤ん坊は生き物として不完全で、酷く身体が弱かった。


 そんなアマレットを育てるには清潔な家が必要だ。とは言えフラウもアマレットも人里で暮らすのは無理がある。

 人里離れた深い森の中で家を建てる事にしたが、母親であるフラウの手は大きく無骨で、城壁すら引き裂く爪では家を作る事はおろかアマレットを抱く事すら出来ない。家造りも子育ても全て人間である夫がやってくれた。

 何千万年と生きてきたはずのフラウが自分の子供に対しては何もしてやれなかったのだ。何者よりも強かったフラウは自分の矮小わいしょうさを思い知らされた。

 夫はアマレットと一緒に自作の家で暮らし、フラウは一人で洞穴に住むようになった。数年の時が経ってもアマレットの身体は良くならなかったが…それでも生きて成長してくれたのが救いだった。後になって思うと死ねなかったのはフラウの血によるものなのだろう。アマレットにとっては呪いと言っても過言では無いかもしれない。

 アマレットのいびつな身体はアマレット自身を痛め付けていた。鱗が皮膚を裂いて生えてきてはすぐに抜け落ち、バランスの悪い骨格は骨をきしませる。


 それでも決して死ぬことは無かった。


 毎日毎日「痛い…痛い…」と自分の身体を抱きかかえるアマレットに夫は付きっきりだった。そのためフラウは家族が出来たにも関わらず今まで以上に孤独で、罪悪感と戦う日々に心をすり減らしていた。疲弊した心につられてか、身体も衰えていく。


 そんな辛い日々が何年続いただろうか、ある日突然アマレットが居なくなってしまった。隠れ住んでいた森の中をくまなく探したが見つからない。

 夫は森を出て更に探索を続け、フラウは森でアマレットが帰ってくるのを待ち続ける事にした。フラウではアマレットを傷付けてしまうし、アマレットが自ら出ていったのなら元凶であるフラウには説得する力が無いと、そう考えていたからだ。


 そうして…百年は時が過ぎただろうか、人間である夫はもう生きてはいないだろう。それはフラウの長い永い寿命からしたら瞬きの間の様な出来事だ。

 しかし…娘を失い、夫を失い、どちらの死に目にも会えないというのは何千万年と時を重ねたフラウにさえ耐え難いものであった。

 同族は遠い遠い昔に絶滅しており、もはや唯一無二の家族だったと言っても過言では無い。フラウに死を選ばせるには十分な出来事だったのだ。


 自ら命を終わらせようと決意したフラウであったが、ふいに感じた懐かしい匂いによって踏み止まる事になった。

 洞穴の前に現れた一人の女性、歳は二十程に見えるがフラウには本当の歳が分かっていた。太陽の光を嫌ってなのかフード付きの大きなローブを身にまとったその女性は間違い無くアマレットだったのだ。白かった肌は全身が痣により浅黒く染まってしまっていた。

 本当は言いたい事はたくさんある、謝罪や喜びの気持ちが溢れそうになる。しかし今更自分に何が言えるというのか。


「アマ…レット…?そうかい…帰って来たのかい。まったく親不孝な子だよ。せめて…父親が生きてるうちに帰って来てほしか……え?待っとくれ、その子供は何だい?」


 アマレットの後ろから出てきたのは二歳くらいの小さな女の子。鱗や角や尻尾は無く、一見すると人間の様だが一目で理解した。あの子とは血の繋がりがある…と。

 アマレットは女の子の頭を撫でながらポツリポツリと呟く様に喋りだした。


「名前…アイラ。母…さんと同じくらい白くて、母さんと同じくらい強い…から」


 そこから先は喋ろうとせず、アイラの背中を軽く押すと、アイラを置いて去っていこうとしてしまう。アイラはきょとんとした目でアマレットを見つめるが追いかけようとはしない。それどころか巨大な怪物の様なフラウを見て笑いかけてきた。


「ばーば?ばーばだー、ばーば」


「あ…ああ…まさか…本当に孫なのかい。…って、アマレット!待っとくれアマレット!この子はどうすんだい!お前今どこに…」


 流石に幼子を残したままアマレットを追いかける事は出来ず、再びアマレットと離れ離れになってしまった。

 そうしてフラウとアイラの生活が始まったのだ。


 ◆  ◆  ◆



「と、言うわけさ…」


「へー、お母さんは何で家を出て行ったのかな?」


「何で…だろうねぇ」


 フラウはそれも自分のせいだと思っていた。きっと嫌われていたに違いないと、自分の元から逃げようとしていたのだと。そう思っていた。


「フラウ婆ちゃんにも分からない事ってあるんだね」


「そうだねぇ、自分の娘の事なのに…何も分からないのさ」


「お母さん、フラウ婆ちゃんの事好きなのに、何で出て行ったのかなぁ」


「………へ?今…なんて?あたしは嫌われていたんじゃないのかい?」


 アイラの口から出た言葉はフラウの悩みを根底から崩す事であり、理解の追い付かない言葉でもあった。


「えー?だって私最初からフラウ婆ちゃんの事好きだったよ?悪口聞かされて育ったなら好きな訳無くない?フラウ婆ちゃんのとこに預けられた時嬉しかったの覚えてるよ」


「嫌われて…無かった…とでも…言うのかい…そんな…何で」


「むしろ何でそんなに嫌われてるなんて思うのか不思議だけどねー」


「そん…な。それなら…それなら…言えなかった事が…言いたかった事が…喋りたかった事が…たくさん…あるのに」


 自分はいったい今まで何をしていたんだろうか、そんな想いがフラウに込み上げる。自分の身体はまだ動くのだろうか、会いに行けるのだろうか。生きてるうちに…また会えるのだろうか、自分はあとどれくらい生きれるのだろうか。

 そんな葛藤に頭を悩ませているフラウをアイラがいつもの明るい笑顔で見つめていた。


「良し!じゃあ私がお母さん探して連れてくるよ!」


「何を…言ってるんだい?」


「私もお母さんに会ってみたくなったし、フラウ婆ちゃんもお母さんに会いたいみたいだし、悩む理由無くない?」


「でも…アイラはこの森の外の世界を知らないだろう?それにあたしもあとどれだけ生きられるか分からないよ?」


「大丈夫!フラウ婆ちゃんに色々教えてもらったし何とかなるよ!お母さん連れて来るまで絶対に死なない事!私との約束ね!」


「あ…ああ。はは…はっはっは、善処ぜんしょはするよ」



 その後、善は急げとばかりに荷造りを始めるアイラであったが、服以外に自分の荷物が無い事に気付き、けっきょく手ぶらでフラウに手を振って去っていこうする。


「待ちなアイラ…これ、持って行きな」


 そう言ってフラウが渡してきたのは二枚の小さな鱗に紐を通したペンダントだった。一枚は小さく加工された真っ白い鱗、そしてもう一枚は…。


「これ…フラウ婆ちゃんと…お母さんの鱗?」


「そうさ、昔爺さんが作った物だよ。お守り代わりさ」


「分かった、大事にするね」



次回からやっと冒険?が始まります。

装備や食糧無しで大丈夫でしょうか。

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