第18話 赤い少女
アイラの体はまだ熱を帯びており、体も未だ赤く染ったままではあったが、その体も徐々に放熱されていく。
人の気配を頼りに地下に降りたアイラが見た物はオーバンの横で座り込むリッシュの姿だった。オーバンは上着を脱がされ、破いた布を傷口に巻かれた姿で横たわっている。喋る元気は無く、けっして良い状態では無いが命に別状は無いように見えた。
「リッシュー、そっちは終わったー?」
「あ、お姉さ………ま!?その体はどうされましたの!?」
「あー…熱が抜けたらまた白くなるから大丈夫だよー」
「ほぼ全裸じゃありませんの!これは頑張った私へのご褒美でして!?」
「そっち!?」
確かにアイラが着ていたドレスはほぼ全てが真っ黒に焦げてボロボロになっていた。それにしたってもっと見るべきところがあるだろう。
そしてその変化を正しく見ていたのはリッシュでは無くグレインであった。魔法による剣の鉄柵で囲まれ身動きの取れないグレインは目を丸くして驚いていた。
「何…ですか、その少女は。銀色の髪に焼けた鉄の様な肌…人間では…無い?………は!そのペンダントは!もしや!貴女様は!」
グレインはアイラの首から下がる鱗のペンダントを見つけ、全てを悟る事となった、この少女こそがグレインが崇拝した相剋の竜姫の令嬢であることを。
驚きを隠せずにアイラから目を離せないでいるグレインを見て目の色を変えた人物が一人。そう…リッシュである。
「貴方なんかにお姉様の肌を見る権利があるとでもお思いですの?あのお姿は私へのご褒美でしてよ!まさか…お姉様の裸に興奮なさってますの?去勢が必要でして?」
さっきまで人を殺す事に怯えて震えていたはずのリッシュから殺気が溢れる。しかしグレインも元はリッシュと同じだ、古竜伝説に魅了された一人に過ぎない。
「そんな!滅相も無い事です!私なんぞが見て良い物ではございませんでした!おお…相剋の竜姫様のご令嬢の肌を見てしまうなど…なんと罪深いことでしょうか!どうすればお許しいただけるのでしょうか。そうだ!この目を献上いたします!」
「あら、グレイン様は話の分かる方ですのね。誤解しておりましたわ。……アイラお姉様、この者が目を捧げたいそうですわ」
自分の目を抉ろうとするグレインと、その様子を当たり前の事の様に報告するリッシュ。アイラには何一つ理解出来ない。
「私には分からないけど!?っていうか目なんていらないよ!?」
「では何を差し出せば良いのでしょうか!相剋の竜姫様との約束も果たせず、不敬にもそのご令嬢の神聖なる肌を見てしまったこの愚か者は何を差し出せば…」
「お母さんとの…約束?」
「貴女様がここに来たら食に困らない様にしてほしいと頼まれました。だから私はこの豊かな土地を支配し、貴女様に食べ物を捧げる為の制度を作ろうとしておりました」
「それは…嬉しいけど…でもやっぱりダメ!食べ物の恨みはね、怖いんだよ!人から取るのはダメ!取る時は取られる覚悟も必要なんだよ」
「なんと!深いお言葉に目から鱗が溢れ出る思いです!」
アイラの浅いお言葉に感動するグレインと、そんなグレインを見て首を縦に振るリッシュ。この場にダルモアが居たらこの狂信者達を見てため息を漏らしたに違いない。
「えーと、何かやってくれるっていうならリッシュのお父さんを外に出してあげてほしいんだ。多分ここに居ると思うんだけど、知ってる?」
「もちろんでございます。おおせのままに」
こうして命懸けの作戦が茶番に書き換えられていくのを見てオーバンは内心複雑だったことだろう。
グレインにアイラを見せても相剋の竜姫の娘である事を説明するのは難しい。しかしこうも分かりやすく異形の姿で現れては人外である事を認めざるをえない。
結果として茶番化してしまった現状を見てオーバンはやりきれない想いを抱えてしまう。しかし得る物も確かにあったように思う。
「ふぅ…。まぁ、私の怪我でリッシュ様が成長なされたのですから納得しておきましょうかね。それに、裏切りの代償はまだ精算し切れておりませぬしな」
「オーバン!喋って大丈夫ですの!?」
「ほっほっほ、なぁに…これ…しき……うっ…つぅ…」
「ほら、無理しないでくださいまし。私が肩を貸しますわ」
「リッシュ様では私を支える事は出来ますまい…捨て置いてくださいませ」
「そんな事出来るわけありませんわ」
そんなやり取りを見ていたアイラはおもむろにグレインの元へと歩いていく。そしてグレインを囲んでいた剣の檻をまるで草でも掻き分けるかの様に手で退かしてしまう。床ごと引っこ抜かれた剣もあれば、叩かれてへし折れた剣もあった。
「この人に運んでもらえば良いんじゃないの?っていうかこれ誰だっけ」
「なんと!出して頂けるのですか!それよりも!名乗っても宜しいのでしょうか!私の名前を記憶に刻んでいただけるのでしょうか!いやいやいやいやそれよりも!名乗るのが遅れた事を恥じるべきでございました!おお…なんと罪深い…名乗った後に私の舌を献上いたします!」
「いらないよ!?」
「では代わりに欲しい物があればなんなりと!…私の名前はグレイン・フィディック。今回の事件の首謀者であり、ここフィディック商会の会長を務めている者でございます」
「ああ、君がそうなんだ?まぁどうでも良いかな。ダルモアもオーバンも私の物じゃないしね。弱い方が負ける。ただそれだけの話だもん」
「おお…なんと寛大な…」
「でも…リッシュは私の物だからね。手を出したら覚悟してね」
その瞬間、その場の空気が重く冷たく張り詰める。否…リッシュだけは恍惚の表情でウットリとしていた。
「心得…ました。いえ…正直に…申しあげます。先程リッシュ様と一戦交えました。負けたのは私ですが、負わせた外傷としては…おそらく腕に痣があるのでは…と」
「え!じゃあこの鉄板ってリッシュが生やしたの!?すごーい」
「それはもう見事な地魔法でした。それで…あの…私への罰は…?…え?……っああ!ぐっ…ああああああああああ!」
突然苦しみ出したグレイン。その理由はアイラがグレインの腕を掴んだ事による物だった。アイラの体は冷めてきているとはいえまだまだ火に掛けたフライパンのような温度だ。掴まれたグレインの腕は服の袖ごと焼かれ、肉の焼ける音とともに煙を上げる。
「うん、それで許そう。で、お願いは別にあるんだけど」
「はぁ…はぁ……な、なんなりと」
アイラの手形に焼けた腕を見つめて「聖痕だ…」と呟いたグレインは片膝を着いてアイラのお願いを聴く姿勢へと移行する。
「オオノヅチの革で服造りたいんだけど、私が仕留めたんだし私の物って事で良い?」
「なんと!あれを倒してしまわれたのですか」
「ダメだった?」
「いえ、いえいえ!めっそうもございません!オオノヅチは日に日に大きくなって気性も激しくなっていきまして…正直手に余るものでした。常に何かを食べていないと暴れる始末で、仕方なく頑丈な檻を造り閉じ込めていた次第です。部下達には予定通りだと虚勢を張っておりましたが頑丈で始末も出来ず…」
「…そっか。で、貰って良いの?」
「もちろんでございます!宜しければ私の伝手で腕利きの職人に服を造らせましょう!いえ!造らせて頂きたい!私の商会の力ならば最高級の物を提供出来ます!私は領主殿に裁かれる身ではありますが…話だけは通しておきましょう」
「ありがとー。んー…でも」
「何かご不満な点がありましたでしょうか?」
「その商会?ってこの建物の事だよね?多分…もうすぐ壊れるよ?」
「………はい?」
「ここ地下だから分かりにくかったかもだけど、上ボロボロなんだよ」
「なんと!それでは従業員達を避難させねばなりません!」
「それもオオノヅチが殆ど食べちゃった」
「な…なんですと…」
流石に両膝を着いて崩れ落ちるグレインであったが自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。焼けた腕が痛むが気にしてる余裕も無さそうだ。
「別館もありますし取引先が無くなった訳でもありません!フィディック商会の全権は領主殿に譲りますのでオオノヅチの革の件は必ずや果たさせていただきます!まずは脱出が先でございます!」
グレインはダルモアが幽閉されいた部屋の鍵を開けた後オーバンを担ぐ。怪我をさせた張本人に担がれるオーバンは正直苦笑いをしていた。
ダルモアはというとアイラがベッドごと持ち上げて外に運び出した。この時一番困惑していたのがダルモアだ。アイラは赤いし、グレインは従順だし、部屋の外には剣が生えてるし、地上階はボロボロだし、庭には蛇の化け物が死んでいる。情報量が多すぎて思考回路が焼け切れそうになる。しかしそれでも今言うべき事だけは分かっていた。
「説明は…後で良い。アイラには二度も命を救われたな。感謝する。…ダルモア・クライヌ・オブ・ハイラードの名において誓う、俺に出来うる限りの物であれば与えよう。まぁ、とりあえず…もう朝だ。今アイラが欲しい物は朝食だろ?」
「うん。それにちょっとだけ寝たいかな」
二徹したアイラの目には朝日が少しだけ眩しかった。
オオノヅチのモデルは…まぁ、分かると思いますがツチノコです(笑)
もうすぐ1章も終わるので、2章始まったら章分けしますね。
さてさて次はどんなUMAが出ますかね(軽いネタバレ)