第14話 大胆な侵入者達
敷地内に侵入したオーバンが最初に取った行動は何か?
門番の吹いた笛の音によりフィディック商会は最大級に警戒している。しかし緊急事態なのは分かるが中に居る人達には何が起こったのかまでは分からない。
武器を持って玄関まで集まってきたフィディック商会の従業員達は決して戦のプロでは無いのだ、皆浮き足立ってしまい状況の判断が出来ていない。
ならばオーバンが取る行動はこれしかない。情報を欲しがっているのだから与えてやれば良いのだ。ただしその情報が合っているかどうかは別の話である。
「フィディック商会の皆さん!私です!オーバンです!」
門の近くでオーバンが叫ぶと皆が外へ出てくる。門番の惨状を見て腰を抜かす者も居た。門番の一人は血溜まりの中で倒れているのだから無理も無い。
「おお、オーバンさん。良かった、何があったのか教えてくれ」
オーバンがリッシュを連れてフィディック商会に来るのは作戦通りの事であり、それ自体を怪しむ者は居ない。
「賊です。どこの手の者かは分かりませんが突然襲われましてな。門番と私で応戦はしたのですが…賊は門番を倒してフィディック商会に侵入してしまったのですよ」
「あの二人とオーバンさん相手に?本当なのか?」
「ええ、とても強かったので全員で掛かってください。私はリッシュ様をグレイン殿の所まで護衛せねばなりませぬからな」
「な!待ってくれよ!話が本当ならそんな奴相手に俺らでどうしろと…」
従業員達が困惑する中、突然ガラスの割れる大きな音が鳴り響く。否が応にも注目を集めるこの音の出処は二階の窓ガラスが割れる音だった。
その窓ガラスを割った張本人であるアイラは皆の視線が集まるのを待ってから中へと侵入する。入った所を見せる為にわざわざ少し間を置いたのだ。
アイラは元々駆け引きの得意な質では無い、あまりにも露骨な誘導ではあったが相手も所詮は素人、今回に関してはそれが有利に働いた。侵入者はドレス姿の女性、いくら強いといっても数で押せば何とかなるだろう…そう思わせるのに十分な程アイラの見た目は可憐な少女なのだ。
「私はグレイン殿の元へ向かいます。どこに居られるか知ってる者はいますかな?」
従業員達は顔を見合わせて確認し合うが皆一様に首を傾げたり横に振ったりと否定の意を示す。これだけ居て知ってる者が居ない。しかしそれがヒントになる事もある。
「分かりました。自分で探すといたしましょう。皆さんは賊を追ってください。早く行かねば大変な被害が出ますぞ」
何せ古竜の孫であるアイラに好きに暴れて良いと言ってしまったのだ。下手したら建物の解体工事が始まってしまうかもしれない。
「確かに賊が居る事は確認したが、あんた本当にあんな小娘にやられたのか?」
「ほれ、ぼやぼやしとると貴重な商品も壊されますよ」
例えば、買うのに金貨が必要な程に高価な壺があったとしても残念ながらアイラにはその価値が分からない。陽動に必要であれば躊躇無く破壊するだろう。
その証拠に二階から陶器が砕ける様な派手な音が鳴り響き、それを聞いた従業員達は血相を変えて二階へと走り去って行った。
「…ねぇオーバン、人間てこんなに騙されやすいんですのね」
「そうですなぁ、一度裏切った身としては耳の痛い言葉ですな。しかしまぁ…人間といえど慌ててる時はこんなものですよ」
「古竜であるフラウ様はどんな気持ちでこの愚かな生き物を見ていたのかしら」
「ほっほっほ、いやいや、アイラ様の言動からするとおそらく古竜というものは……いえ、これは不敬ですな。さて、私達も参りましょう、旦那様がお待ちです。それに彼らも冷静さを取り戻せば私が怪しい事に気付く事でしょう。急がねばなりません」
「当てはありまして?」
「はい、誰もグレイン殿を見ていないという事は誰も近付かない場所に居る…という事かと。おそらくは…地下室」
◆ ◆ ◆
「うーん…好きに暴れて良いなんて言われてもなー」
二階に侵入したアイラはフィディック商会の中をきょろきょろと物珍しげに眺めている。実際アイラにとってはそこにあるどれもが珍しい。
その中でも特に目を引いたのは石膏で造られた偉人の像やら豪奢な花瓶等の陶器類だった。これほどまでに造形に拘った物は見たことが無い。
それらは平民ではとても手が出ない様な高価な品ではあるが、アイラの目には奇異な物として映っていた。それもそうだろう、食べれもしないし狩りにも使えないし家具として見ても用途が思い浮かばない。いったい何の道具なのだろうかとアイラは首をひねる。
「あ!分かった、この壺は魚を捕る道具だ!たぶんこうやって横にして…あ!」
台座の上に置いてあったイチジクの様な形の空の花瓶を横向きに倒したら床へと転がり落ちて粉々になってしまった。貴族向けの商品として保管していた花瓶だ。
「こんな簡単に転がってたら川に置けないじゃんかー、流されて魚逃げちゃうよー」
そんなアイラが次に目を付けたのは人の形をした石膏の像。少し眺めた後「思い出した!」とばかりに目を輝かせて近付いていく。
「これ、フラウ婆ちゃんに教えてもらったやつだ!畑守るやつ!カカシ!」
もちろん違う。世の権力者をかたどった像であり、当然ながら依頼されて保管している大事な物だ。もしこれに万が一何かあれば管理責任者はクビでは済まされない。
「でもこんなのでどうやって守るんだろ?もしかして動くの?強いの?」
アイラは像をペシペシと叩くが像は一向に動く気配を見せない。まぁ…当たり前だろう、像なのだから動くはずもない。
ちょっとだけ強めに叩いてみようかな、なんて思ったその時、突然大きな声で怒鳴られてビックリしたアイラの手に力が入った、入ってしまった。
「居たぞ!!あの女だ!」
「おい!あいつが叩いてるのって…」
「おい!おまえ!それを叩くな!!」
「え?……あ」
アイラの平手打ちを喰らった像が粉々に砕け、飛び散った破片が他の商品まで破壊する。その威力たるや散弾銃のごとしと言った所か。
「おま!それが何か分かっているのか!」
「目当ては金じゃないのか!?」
「フィディック商会を潰す気だな!?」
「あ、そうだった。遊んでる場合じゃ無かったよ。えーと、この人達を引き連れながら逃げ回れば良いんだったかな」
「逃げたぞ!追え!」
「絶対に逃がすな!あいつに責任取らせねぇと俺ら皆奴隷にさせられるぞ!」
「追い込め!行き止まりに誘導するぞ!」
そうしてしばし追いかけっこを続けたアイラが追い込まれたのはデッドスペースを活用して作られた納戸、まんまと行き止まりに誘導されたアイラであったが、アイラにとっては木の壁など薄いカーテンに等しい。
「あ、行き止まりだ?よっこいしょー」
「おぉぉい!あいつ壁を蹴破ったぞ!」
「嘘だろ!?」
「あいつ逃がしたら俺ら終わりだぞ…どうすんだ」
絶望に血の気が引いていく従業員達だったが幸か不幸か、そのおかげで頭に登った血も引いていく。少しだけ頭も冴えてくる。
「なぁ、離れの小屋からアレ…連れてこれねぇかな?」
「アレ?…アレか!?グレイン様のペットだろ!?あんなの放ったらそれこそ終わりだぞ!逃がしたら間違いなくクビだ!」
「もうさ…クビじゃ済まねぇよ。どっちにしろこのままじゃ俺ら奴隷として売られちまうよ。賊が化け蛇を逃がした事にするんだ。門番が警笛を鳴らした時は既に手遅れだった事にしよう。その後化け蛇が商品と建物を破壊した。これで口裏合わそうぜ」
「なるほど。それなら早い方が良いな、時間が経てば辻褄が合わなくなる」
「で、どうやって連れて来るんだ?俺はごめんだぞ、食われるだけだ」
「門に…転がってるだろ?餌がよ」
「…分かった、気は進まねぇが…やるしか無いな」
次ようやくオオノヅチです。