第12話 竜の財宝とは
「オーバンの処罰はお父様に託しますわ。なのでお父様を助けるまではオーバンの罪が洗い流される事は無くてよ」
それがリッシュの下した判断だったが内心は怖かったのだ。自分の言葉一つで人間一人の人生を終わらせてしまう。リッシュはそんな決断が出来る程成熟してはいなかったし、気軽にソレを成すほど子供でも無い。尊敬する父親であればきっと良い判断をしてくれるに違いないと、父親に甘えつつ自分の威厳も保とうとした結果の言葉だった。
「かしこまりました、ならば旦那様の救出に尽力いたしましょう」
オーバンとしては後回しにされていく自分の処遇に少々苦笑いが漏れる。
「で、先程言ってたオオノヅチっていうのは強いんですの?」
「未知数…としか言えませぬな。戦ったわけではありませぬゆえ。ただ…」
「ただ?」
「牛一頭を生きたまま丸呑みにし、呑まれた牛は抵抗する間も無く断末魔を上げましてな」
「丸呑みですのに?」
「オオノヅチの不自然に太い胴体、あれが蛇の様に全て筋肉だとしたら…体内で締め上げたのでは…と、私は考えております」
「それは…近付きたくないですわね」
「アイラ様はどう思われますかな?」
急に話を振られたアイラはキョトンとした顔で事も無げに首を傾げて答える。
「つまり丸い蛇でしょ?蛇ならよく食べてたよ」
「ほ?ほっほっほ、で…あればオオノヅチはアイラ様にお任せしても?」
「うん、いいよー。後で欲しいって言われてもあげないからね」
アイラはオオノヅチを食料としてしか考えていない。オーバンはもはや乾いた笑いしか出て来なかった。まだ見ぬ怪物に恐れを抱かないのは自分の身内に最強のドラゴンがいるからだろう。確かに現代において伝説上の古竜を上回る生き物が居るというのは考え辛い事ではあった。それでもアイラの見た目は可憐な少女だ、心配せずにはいられない。
「ほっほ…アイラ様にこんな事を言うのは失礼かと存じますが…くれぐれも油断だけはなさらないでくだされ」
「大丈夫、それはフラウ婆ちゃんに教わったところだから」
「ほう…それはそれは、古竜の教え…ですか。白灼の竜姫様の教えであれば私も是非あやかりたいものですな」
「うん、フラウ婆ちゃん言ってた。蛇やトカゲには絶対なめられるなって、竜の方が格上だって事を見せつけろって言ってたよ!」
「………ほ」
絶句してしまったオーバンに変わりリッシュが憐れみをもって口を開いた。
「これは…オオノヅチに同情しますわね」
◆ ◆ ◆
「で、何で自分なのでしょうか…」
そう言ったのは気の弱い冴えない青年、ダルモアお抱えの御者である。
ダルモア救出に向かうメンバーにこの冴えない男が選ばれた事にはちゃんと理由があった。使える馬車はオーバンが乗ってきた一台のみ。フィディック商会に乗り込む時はもちろんだが撤退時まで馬車を隠して管理する者が必要になる。そして何より…。
「またアイラ様が並走なされたら馬が怯えますからな。怯えた馬を宥められるのは君しか居ないのですよ。リッシュ様もお乗りになりますゆえくれぐれも…頼みますよ?」
「ひ、ひいいいぃぃぃ」
館に着くまでの間アイラに怯える馬を必死で宥めていたのはこの御者だった。日も変わらぬうちにまたあの苦労を味わえというのだから御者の目には涙が溜まっていた。
救出メンバーはそんな嫌がる御者を含めて四人。御者、アイラ、オーバン、そしてリッシュ。御者が強く願った為アイラは出来る限り馬車の中で我慢する事となった。
……… ……… …… …
フィディック商会へと向かう馬車の中には御者を除いた三人、リッシュは緊張からか馬車の中で口数が減っていく。そんなリッシュをアイラは少し心配そうに眺めていた。初めて会った時は馬車の中で隠れて怯えていたリッシュが今は自ら戦場へと向かっている。怖くは無いのだろうか。
「それにしても…リッシュも行くんだね?」
「…迷惑…でしょうか」
「んーん、リッシュはもう私の財宝だもん。私が守るよ」
「お姉様の財宝…うふ、うふふ、うへへへへ………は!そうですわ、以前は嬉しさのあまり聞くの忘れてしまっていた事がありますの!」
リッシュは緩んだ自分の頬を両手でグイグイと押さえ、なんとか正気に戻ると真剣な眼差しでアイラを見つめた。
「ん?あ、竜の財宝の事?」
「そうですわ。お姉様の血を飲んでも死ななかった者はお姉様の財宝になる…そう仰ってましたの覚えてますわ。具体的にはどうなりますの?」
「あ、ちゃんと聞いてたんだ?っていうか、理解してて飲んだんだ?はぁ…まったく、リッシュは意外と大胆な事するなぁ」
「だってぇ…お姉様の体液…欲しかったんですもの」
「……」
「あ!お姉様!何で離れていきますの!?」
「とにかく、次からは自分の命を粗末に扱うのやめるんだよ?」
「はーい、わかりましたわ。…ん?結局竜の財宝って何ですの?」
「んー、これはフラウ婆ちゃんから聞いた話だよ?竜って長生きなのに娯楽が竜同士の殺し合いくらいしか無かったんだって。でも生態系のトップ同士だからそこまで衝突しないの。そしたら暇で暇でしょうがないよね?そこで竜達は皆それぞれ自分の好きな物を集めたり、それで遊んだりしだすらしいの。それが竜の財宝」
「えーと…つまりコレクションであり玩具でもある…という事ですの?」
「そう。フラウ婆ちゃんもそうだったけど、竜って自分で何かを作るのが苦手でね。集めたり弄ったりが趣味になるんだって」
「血を飲ませる事で生き物も所有出来る…という事ですわね。では…生き物が財宝になるとどうなるんですの?」
「それは…言いたくは無いかな。リッシュには知らないでいてほしい」
「え?え?そんな、気になりますわ!」
「あー、そろそろ馬車気持ち悪くなってきたかもー。降りて走るねー」
「ええええええ、そんなぁ…」
感覚の鋭いアイラにとってやはり馬車の小刻みな揺れはストレスとなる。しかし今回は話を切り上げる為に馬車を降りた事はリッシュの目にも明らかだった。
アイラが馬車から飛び降り並走を始めると、馬は捕食者が走って追いかけて来ているものと感じとってしまい暴れ始める。そして御者が泣き言を悲鳴の様に上げ続ける中、そんな事はどこ吹く風と言わんばかりにオーバンがリッシュに声をかけた。
「リッシュ様、これから向かうのは戦場ですぞ、怖くは無いのですかな?」
「…怖いですわ」
「で…あれば、やはり館に残っていた方が良かったのでは」
「アイラお姉様が居ない事の方が…怖いんですの」
「今の館には裏切り者は残っておりませぬが」
「違いますの、お姉様と離れる事自体が不安で不安で仕方ありませんの」
「ふむ…アイラ様の血を飲んだ事と関係がある…と、そう思っておいでですかな?それで先程はあの様な質問を?」
「分からないですわ。でも…先程の理屈に従うのなら、オオノヅチは…」
「血では無く鱗という事でしたが…そうですな。相剋の竜姫様の財宝…という事になるかもしれませぬな。もっとも、勝手に造られた財宝ではありますが」
「竜の財宝がコレクション、もしくは玩具だと言うのなら、持ち主が必要としない…いえ…知りもしない財宝はどうなるんですの。私に置き換えた場合、要らなくなった玩具は…お姉様に捨てられてしまった場合の私は…」
それを想像したリッシュの顔が青ざめ…肩が震える。
「ほっほっほ、アイラ様はリッシュ様を大事にしておられます、心配はいらぬでしょう」
「そうなら…嬉しいですわね」
「さて、まだ少しかかります、仮眠を取られてくだされ」
フィディック商会の門を確認出来たのは深夜、日の出にはやや早い時刻となっていた。
今回は会話回です。わりと重要な回…かな。
ちなみにフラウも夫となる人間に会うまでは集めているモノがありました。
さて、いよいよ次回がフィディック商会に乗り込む所からですね。
私にしては展開遅めですね。今回の話はじっくり書いております。