第1話 お婆ちゃん
新しいの始めました。
気に入って頂けたら感想、ブックマーク、評価等いただけると嬉しいです。
「お婆ちゃん、今日は何を教えてくれるの?」
深い深い森の奥、誰も近寄れない秘境、あるいは魔境と呼ぶべきか。
到底人が住んでいるとは思えぬ程の大森林に建つ一軒の家。
廃屋と呼んだ方がしっくりとくる物置小屋の様な家は所々が崩壊し、今にも崩れそうでありながらも自生した樹木や頑丈な蔓に支えられてかろうじて原型を残していた。
そんな森に埋もれた家の裏手側にそびえる大きな山の麓には大きな洞穴が一つ。
洞穴の中には使い込まれた竈や木製の箪笥等、原始的ではあるものの人が人らしく暮らしていく為の家具が揃っている。
倒壊しかけた家よりも遥かに生活感のある空間が洞穴の中にはあった。
そんな洞穴から聴こえて来たのは女の子の声。
十歳にも満たないであろう女の子の銀色の髪は腰の長さ辺りで雑に切り揃えられ、服装も穴の空いたみすぼらしい物であったが、それとは正反対に整った顔立ちは貴族の令嬢だとうそぶいても信じてしまう人だって居るだろう。白くて張りのある肌がまたそれを彷彿とさせる。
銀色の髪に白い肌というやや寒さを感じる色合いの女の子。けれどもその笑顔はお日様の様に暖かく、そして優しかった。
女の子の笑顔の先に居たのは身体の大きなお婆ちゃん。
女の子に話しかけられたお婆ちゃんはゆっくりと目を開き、重たそうに頭を持ち上げる。そして女の子を見つめると嬉しそうに目を細めた。
「…アイラ…今日は早いねぇ」
「えー、フラウ婆ちゃんが起きるの遅いんだよ。もう昼だよ?」
フラウと呼ばれたお婆ちゃんの身体は、アイラと呼ばれた女の子の肌よりも更に白い。正に白磁と呼ぶに相応しい程の色艶だった。
「もうそんな時間かい。…おや?アイラ…昨日はお風呂サボったのかい?」
フラウがスンスンと鼻を鳴らすとアイラは少しばつが悪そうに頬を膨らませた。
「フラウ婆ちゃんの鼻が良すぎるの!もー…お湯沸かすの面倒だよー」
ここに住んでいるのはアイラとフラウの二人だけ、最近のフラウは寝ている事が多く、アイラは家事も自分でこなす必要があった。
されどもアイラは遊び盛り。家事をする時間や知識はあれど面倒な事は避け遊び回りたいのが心情というもの。
お風呂を忘れてもフラウは怒らず「そうかい」と頷くだけだった。
「だいたいフラウ婆ちゃんはお風呂入らなくても良いんだからズルいよー。ね、ね、久しぶりに私にもアレやって、アレ」
アイラは着ていた服を脱ぎ捨てるとフラウの鼻先に抱き着いてぴょんぴょんと跳ねる。歳相応にはしゃぐその姿は子兎の様に可愛らしい。
「はぁ…アイラや、女の子がはしたない事をするんじゃないよ」
「むぅ…フラウ婆ちゃんなんていつも裸じゃんかー」
むくれたアイラに対しフラウは楽しそうに笑ってみせた。
「はははは、あたしが裸だからって欲情した変態は爺さんくらいなもんさ。老いた今となっちゃ例え爺さんが生きていたとしても萎えるだろうよ」
そう言ったフラウの目は虚空を見つめて遠い昔の事に想いを馳せていた。
余談だがお爺さんの名誉の為に言っておくと、お爺さんはフラウに欲情していた訳では無い…が、異性として認識していた事は紛れも無い事実だ。
そして過去から未来へと…アイラの目を見つめ直す。
「いいかいアイラ、この老体が朽ちた時、アイラは一人で生きていくことになるんだよ。人間らしい生き方を…学ぶんだ」
「やだ……そんな先の事知らないもん。フラウ婆ちゃんは朽ちたりしないもん」
「はぁ…仕方ない子だねぇ。老いが始まったら終わりまではすぐなのさ。まぁ、いずれ…分かる時が来るだろうさ」
フラウは息を吸い込むとお腹の中に留め、「ふぅぅ」と優しくアイラに吹き掛ける。その吐息は赤く色を変え、炎となってアイラの体に火を灯す。
「どうだい、熱くないかい?」
「大丈夫、温かいよ。えへへー、お風呂って沸騰するの時間かかるんだもん、こっちのが早くて楽だよー」
「ああ…ぬるいと殺菌出来ないからね。仕方の無い事さ」
火が消えた後、アイラは体が冷めないうちに服を着直す。そして思い付いた様にフラウに提案した。
「そうだ、今日は今のやつ教えてよ。ボーッて火を出すやつ」
「ん……そうだねぇ、今のはアイラがもう少し大きくなったら自然と出来る様になるし……あぁそうだ、じゃあ魔法について、前の続きから教えようかねぇ」
それを聞いたアイラは嬉しそうにフラウに飛び付いた。大好きなお婆ちゃんからのお勉強はアイラにとっての一番の楽しみなのだ。
「覚えてるよ!自然から力を借りる精霊魔法と、自分の魔力を使う強化魔法があるんだよね!でもどうやって使うのかはまだ聞いてなかったよ」
「アイラは…魔法って何だと思うかい?」
「えーっとね!火を出したり水を出したり風をビューンってやったり…なんか凄い不思議で格好良い力!」
「ふふふふ……魔法っていうのはねぇ…ん、んんっ…あー、喉渇いたね、説明する前にちょっと水をくれるかい?」
アイラは桶を掴むと「分かった!」と言って元気よく川へと走っていく。それを見てフラウは楽しげに笑っていた。
「はい!フラウ婆ちゃん!水持ってきたよ、ちゃんと上流から汲んだやつだよ」
「ああ、有難うねぇ」
フラウは桶いっぱいの水で喉を潤すと黙ってアイラを見つめた。
「…フラウ婆ちゃん?魔法の勉強の続きは?」
「はっはっは、今のが精霊魔法さ」
愉快に笑うフラウを見てアイラは首を傾げる。水を汲んできた以外には何もやっていないのだから当然の事だろう。
「分からないかい?今あたしはアイラに水が欲しいとお願いした事でアイラは水を汲みに行った。そしてあたしは自分が動く事無く水を手に入れた。つまり何も無い所からお願い一つで水を手に入れた事になる。これが精霊魔法さ」
「えっと…つまり…今のは私が精霊さんの役だったの?」
「そうさ、よく分かったね。賢いじゃないか」
「えへへ。……あれ?でも待って、今のは私がフラウ婆ちゃんの事大好きだから急いでお水持ってきたんだよ?それに美味しいお水飲んでもらいたいから上流まで汲みに行ったの。嫌いな人に頼まれたら持ってきてないかもしれないよ?」
「ふふ…本当に賢いねぇ。それが精霊魔法の極意さ。精霊というのは身近な隣人であり、肌で感じ、対話する事で良き友人となる。好かれれば大きな力を貸してくれるだろうさ。まぁ…今の人間は自然に意思があるなんて思ってもいないだろうけどねぇ」
「へー!そうなんだ!えっと…よろしくね、精霊さん!」
アイラが虚空に向かってお辞儀をするとフラウは苦笑いを浮かべる。
「違うよアイラ、精霊は人の言語を理解しない。何度も触れ合い仲良くなった時にようやく…こちらの言葉の意図を汲んでくれるのさ」
「えー!それじゃあすぐには使えないじゃんかー!」
「んー…使う方法も有るけど…おすすめは出来ないねぇ」
使う方法が有ると言われアイラは一瞬色めき立ったものの、おすすめは出来ないと言われた事で「そっかぁ」と素直に引き下がる。
フラウが「おすすめは出来ない」と言うのならソレは本当にやらない方が良い事なのだとアイラは知っていたからだ。
「ちなみに、どんな方法なの?」
「強化魔法で無理矢理に精霊魔法を発動させるのさ。精霊に喧嘩を売る行為だからやめた方が良い。アイラは…使わないと思うけどねぇ、やり方は一応伏せておくよ」
「わかったー、じゃあやり方聞かない。仲良くなるのが本当の精霊魔法だもんね、仲が悪くなるのはダメだもんね。ところで強化魔法ってどんなのなの?」
「これはそのままさ、自分の生き物としての力に魔力を乗せて強化するんだよ」
「えーと…分かんない!」
「そうだねぇ…分かりやすく言うと…自分の出来る事をもっと出来る様になる魔法さ。逆に言うと自分が出来ない事は出来ないんだよ」
「……ふーん」
「おや…分かってないね?まぁ良いさ、続きはまた今度だよ。ブレスも強化魔法の応用だからね、アイラもブレスを覚える事が出来たら…とっておきを教えてやろうかねぇ」
「わーい!楽しみだなぁ、また色んな事教えてね!……て、あれ?フラウ婆ちゃんてば…また寝ちゃったよ」
フラウは重たそうに頭を地面に降ろすと目をゆっくりと閉じてしまった。洞窟の中に差し込んだ夕日がフラウの白い鱗に反射して銀色に鈍く輝く。
アイラはそんなフラウを眺めるのが好きだった。
「お爺ちゃんの気持ち分かるなぁ、フラウ婆ちゃん綺麗だもん」
はい。新しいの始めましたよー。
一話目を読んでいただき感謝でございます!
お婆ちゃん人間じゃないですね☆
女の子はぱっと見人間ですが…絶対違いますね(笑)