9話 思い当たる節といえば
(ダイヤには負けるな!なんて言ったけど…あいつ、ちゃんとできてるかな?)
父・狐白との鍛錬中の小太郎だったが、数分間の休憩を言い渡されていた。厳しい父だが、体を壊す直前…まさにギリギリの瀬戸際になると数分間の休憩を挟むように言う。決して小太郎を苦しませたい訳では無いのだ。
室内の訓練場の壁の背に持たれて座る大亜の元へ、部屋をあとにしていた長が戻ってきた。
「もういいか、狐太郎。訓練を再開するぞ」
「はい…父上。ですがその前に1つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「今の間に父上はダイヤ…じゃなくて大亜の様子をご覧に?もしご覧になられたのであればどんな様子か少しお聞きしたいと思いまして」
「大亜殿か…いや、直接見に行った訳では無い。神奈はまず庭で妖力の制御について伝えると言っていた。ここから庭までは遠い。お前の訓練の開始時間を遅らせることになってしまうからな」
(少しぐらい開始が遅れても文句なんて言わないって父上…)
もちろん顔には出さないが、心の中で突っ込みをいれる小太郎。父は自分のために時間を割いてくれているのだから文句など言えるはずもないが…大亜の様子を見に行くぐらいはやってもいいところだ。
まあ良くも悪くも、これが父・妖道狐白である。
「だが、偶然すれ違った神奈と話すことができた。自分の部屋に書物を取りに戻るところだったらしい」
「ということは…大亜の様子をお聞きになったのですね。どのような様子と?」
妖力の制御の訓練、妖狐である自分たちの定番はやはり狐火のコントロールだろう。まずは狐火を出すところからだから、大亜はそこで躓いているかもしれない。
「大亜殿は既に狐火の大小は自由自在ということだ。今はそれを飛ばして攻撃する訓練を行っているらしい」
「なっ…!?いくらなんでも覚えが早すぎるぞダイヤ…はっ…申し訳ございません父上、少々驚きまして」
「…まだ訓練中ではないから良い。おそらく神奈は予想以上に覚えが早い大亜殿のため、追加で教えられるように書物を取りに来ていたのだろう」
(人から妖怪になった例はいくつか知ってるけど…こんなにもとんとん拍子にいくものなのか!?)
「それに、神奈からさらに驚くべきことを聞いた」
「…何と?」
「大亜殿が狐火を出した時にこんなことを言ったらしい。『狐火を出したのは、初めてでは無い気がする』、とな」
「何だって!?そんなバカな!…あう、すみません父上…」
「だから今は良いと言っておるだろう…大亜殿は気のせいだったかもしれないと言っていたという、本当に覚えが良いだけという可能性も無では無いからな。しかし、何とも気になることよ」
小太郎の前では氷のように表情を崩さない狐白だが、今回ばかりは驚いているのが顔を見ればわかる。
小太郎が思い当たる節といえば、ひとつ。
「耳と尻尾が黒いことと何か関係があるのか…?」
「私も同感だ、狐太郎。お前が妖力を彼に注いだのだろう?彼は白尾の妖狐と化すのが道理というものだ。しかし、そうはならず黒尾の妖狐と化している」
「父上、黒尾の妖狐をご存知でしょうか?俺が知る中では…存在しなかったはずですが」
小太郎がずっと引っかかっていたことだ。
父にもいずれ聞こうと思っていたことであるし、自分が疑問に思うぐらいのことだ。父が既に答えを探していると考えていた小太郎であった。
しかし、狐白は顔をしかめながら静かに答える。
「…そうだな、お前に伝えた知識の中では黒尾の妖狐は登場しなかった。また…今もこの一帯に黒尾の妖狐はいないはずなのだ」
返ってきたのは普段の父らしくない曖昧な答え。
しかし、小太郎は今の発言の中で少々引っかかる点があったことを見逃さない。
(俺に伝えた知識の中では…?まだ父上は俺に伝えていないことがある…?)
「…狐太郎、そろそろ訓練に戻るぞ。少々休憩が長引きすぎた」
「…!わかりましたが…しかし最後に1つ。黒尾の妖狐のことで俺に伝えていない知識が、あるんじゃないですか?」
「…私が貴様に伝え忘れがあるとでもいうのか?今はそのことはいい、私の方でも調べておく。さあ、今は訓練だ。構えよ」
父が質問をはぐらかすなんて!
85年の父との付き合いの中でこのようなことは今まで無かったのに。本当に父が知らない知識なのだろうか?
「少しでも心当たりがあるなら教えて頂けませんか!親友のことなんです!」
こんなところで黒狐の妖狐についてはぐらかされて納得できるはずもない。少しでも情報を…
しかし、父は鋭い目でそれを制した。
それはまるで、聞いてはいけない何かに触れられたかのような。とても反論できる雰囲気ではなかった。
それに加えて、小太郎は父の僅かな表情の変化に気づいたのだ。今はこれ以上詮索するのはやめた。
「いや…すみません。訓練を再開します、よろしくお願いします…」
構える小太郎。もちろん詮索をかわされたことに納得はしていないが、あんな父の表情を見たら訓練に戻るしかあるまい。
傍から見ればいつもの厳しい狐白だ。
しかし、いつも近くから長を見てきた小太郎は、その小さな表情の違いに気づいていた。
(父上…何をそんなに焦っているんだ?)
そんな小太郎の気持ちもよそに、狐白は小太郎に攻撃を仕掛けてくる。訓練に入れば、さっきちらりと見えた父の焦りも完全に消えていた。
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「大亜殿、本日はここまでにしましょうか。そろそろ、貴方は表世界に戻る時間でしょう」
「あ、もうそんな時間か…今日はありがとうございました神奈さん」
巨大な狐火を出してしまったあとに、予想外なほどすぐ妖力のコントロールはできるようになっていた大亜だった。
彼の中に残っていた感覚は、制御を身につける上でも非常に役立ったのだ。
狐火以降もデジャヴのような感覚を味わい続けていた大亜だったが、神奈にそれを伝えることは無かった。
訓練はスムーズに進むわけであるので、時間の無い今の自分にはむしろ都合のいいことだと考えたのだ。
この謎は、忙しい期間を乗り越えてからゆっくりと解き明かしていけばいい。
「狐火での攻撃まで本日中に行けるとは…私もびっくりです」
「神奈さんの教え方が上手でしたから、きっとそのおかげです」
「そんな、教え方が良かったなんて…大亜殿の頑張りがなければきっとこんなにうまくいきませんでした」
神奈曰く、正直大亜がうまく妖力の訓練に入ることができるか心配していたという。しかし、それも杞憂のことだったとのこと。
「人の子から妖怪となられた方に会うのは私も初めてなものですから…妖怪の生き方を学ぶことは抵抗があるかもしれないと思っていました。しかし大亜殿は強い意志で訓練に励んでおられる。その姿はまるで、狐白様に指導される狐太郎様のようです」
「小太郎と?努力してる小太郎みたいだと言われると僕も誇らしいな…」
彼と肩を並べたい一心で訓練に励んでいる大亜である。
訓練する姿だけでも努力する彼と同じく見られるのは、とても嬉しいことだった。
「では、長の部屋へと戻りましょうか。狐白様と狐太郎様もそろそろ戻っているはずです。それと…大亜殿、1つ願いを聞いて頂けますか?」
「お願いですか?たくさんのことを教えて貰ってるんだ、僕にできることなら何でも…」
「では…こほん。表世界のこと、私に教えて頂けませんか?」
真剣な眼差しで大亜を見つめる神奈。
狐太郎が行きたがる表世界がどのような環境なのか、どうしても知りたいとのこと。
そのようなことは、大亜に取ってお安い御用である。
「そんなことでいいのなら…喜んで。休憩の時にでも色々とお話します」
ぱあ、と神奈の表情が明るくなる。
ありがとうございます、大亜殿!と尻尾を振る彼女の姿に大亜も少し顔が赤くなる。何せ、見た目は同い年の女性である。
だが、彼女が85歳という年齢であることも思い出して、なんとも言えない感情に襲われる大亜であった。