6話 尻尾は正直だな
「厳しいんだな、君のお父さん」
「ダイヤがいたから、まだあんなのマシなほうだ。2人っきりの時はもっと厳しい」
小太郎の父・狐白との面会を終えた2人は、屋敷の廊下を並んで歩いていた。
「しかし、本人の前で今の自分があるのはおかげだ、なんて言えるお前は全く馬鹿だよ」
「たしかに少し恥ずかしかったけど…本当のことだ。狐白さんにもこれは伝えておきたかった」
「くそ、お前に憧れられていたなんてもうとっくに気づいて…嬉しくなんか…」
「小太郎、尻尾がぶんぶん揺れてるぞ…尻尾は正直だな」
「ああー!今だけは尻尾いらない!!」
顔が真っ赤になる白尾の妖狐。
どうやら、照れ隠しは尻尾にまで通用しないらしい。
「だー!もうそれはいい!表世界に帰るんだろ!」
「話を逸らすなって…まあ、できればすぐにでも。時間にズレがあるとはいえ、表世界でもあれから一日が経とうとしてるんでしょ?」
「…そうだな。お前がこっちに来てからこれで4日。表世界の1日ももう終わろうとしている」
「あの夜にこっちに連れてきてくれたんだよね?4日も経ってるんだ。表世界ではもう次の日の昼ぐらいか…」
陽道小太郎と月野大亜、2人の生徒が学校を無断で欠席していることになる。今から行っても放課後になるだろう。
加えて、大亜は自分の親にも心配を掛けていることを気にする。
家には母親しかいない。しかし母親目線で見ると、昨日の夜から息子が帰ってきていないことになる。加えて、学校から無断欠席の連絡もあれば、行方不明といってもいい。
(どうやって誤魔化せばいいだろうか…)
「向こうの都合を心配してるのか?それならいい考えがある。俺に任せてくれ」
軽くウインクする小太郎。こういうことには慣れっこだという表情だ。
「俺がどれだけ表とこっちを行き来していると思ってんだ。向こうで生活する上で発生しそうなトラブルの対抗策ぐらい持ってる」
「え、本当?どうするつもり…?」
「ダイヤ、スマホ持ってるか?」
「スマホ?持ってるけど…圏外だよ?」
「それでいいんだ。ちょっと貸してみろ」
あの夜、スマートフォンはポケットに入っていた。貫かれたのは胸あたりであり、スマートフォンは幸い無事であった。しかしここは異世界のようなものであり、圏外になるのは当然といえる。大亜も目覚めてから連絡を試みたが無駄であった。
「妖力ってのは操れるようになると便利でだな。こうやってやると…面白いことになる」
小太郎が大亜のスマホに手をかざす。彼の手は発光しているようにも見えた。
これが妖力なの?と大亜が訊ねると、そうだ、と小太郎が一言返す。
「妖力は汎用性があって、向こうの機械なんかに当てると少々内部が狂っちまうんだ。安心しろ、しばらくしたら直る」
たしかに、スマートフォンの画面がついたり消えたり…
この状態で電話かけてみろ、と小太郎はいう。
電話は繋がらないが留守電だけ入れとけ、と。
「えー…友達の家に泊まるので今日は帰れないです…。これでいいの?」
「普通は留守電すら残せないけど、妖力を噛ませることで留守電ぐらいは何とかなる。そして、向こうの電話から見れば何時にかかってきたか分からないが、着信履歴と留守電だけは残ってるんだ。これで、連絡したけど向こうの人が気づいていなかったって口実になるわけだ」
「なーるほどなぁ、…これ結構悪用できそう」
「ダイヤもこっちと表を行き来するようになるんだ。お前もできるようになった方がいい」
同じ要領で学校にも連絡を入れておく。体調が優れないので休む、と…
「よし、これで表でのいざこざは幾分マシになるだろ。じゃあ早速向こうにかえ…」
「ま、待った待った!大事なこと忘れてる!これだよこれ!」
大亜が指さしたのは自分の耳と尻尾である。
こんなものを見られたら何を言われるか分かったものでは無い。
「あー、安心しろ。普通の人には見えないから」
「え?でもあの夜、君の耳と尻尾が見えたのは…」
「あの日が満月だったの覚えてるか?満月の夜は妖力が満ちる。だから一般人にも見えちまうんだ」
また、小太郎の場合は持つ妖力が他の妖怪と比べても多いので、隠すのが非常に難しいという。
「その点ダイヤは大丈夫だ。まだ妖力も小さいし、人間から妖怪になって間もない。表では少し残った人間の血…霊力ってやつだな。それが妖力を隠してくれる」
「まだ僕には人間の血が残ってるの?」
「ほんの少し、だけど。でもそれもすぐに消えちまう。それまでに妖力の扱いを覚えてもらわないと」
(あの夢から推測して僕はもう完全に妖怪になったものだと思ってたけど、そうじゃないのか…)
人間の大亜は死んだ、と彼は言っていたが。彼は大亜の奥深くで眠っているような状態かもしれない。大亜が妖怪に近づくにつれてゆっくり消えゆくのだろうか。
「まあ表で鏡を見ればわかるさ。じゃあ行くか、表世界に」
「う、うん。しかしどうやって帰るんだ…?移動マシンみたいなのがあるとか?」
「妖怪の世界にそんなハイテクな機械あったら場違いすぎるだろ…よし、そこでいいか」
小太郎が立ち止まったのは他のものと変わったところもない襖である。
「ここが表世界への扉?他とあんまり変わらないような…」
「今はただの襖だけど…妖力を使うと表に続く扉に早変わりさ。…ちょっと集中する」
フゥ、と一呼吸置いた小太郎は襖に手を当て意識を集中し始める。手から溢れるオーラが襖全体に広がっているようだ。
少しずつ…襖が歪み始めた。ぐにゃぐにゃしている襖は見ていて何とも気味が悪い。
歪みが強まってくると、小太郎は手を離して一息ついた。
「はあー!これで大丈夫だ。ここを通れば表世界に着く」
「気味が悪いな…ここを通るとなるとちょっと躊躇っちゃうよ」
「中に道とかはないし、直接表に繋がってるしそんなに怖がらなくてもいいぞ…?これから何度も通ることになるだろうしな」
「うう…わかったよ、じゃあ行こう。でも先に行ってくれない?」
「お前もう妖怪なんだぞ…こんな程度でビビるなって」
ため息をつく小太郎は襖を開き、歪んだ先に進んでいった。大亜も恐る恐る、彼の後に続いた。
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「一体どこに繋がって…あれ?」
歪んだ襖に入って数秒もしないうちに到着したのは、見慣れた空間だった。
これは、小太郎のアパートの自室である。
大亜も何度か遊びに来たことがあるが、襖などなかったはずだ。
自分が通ってきた場所を振り返ると、襖はもう見当たらない。開かれたクローゼットがあるだけだ。
「まさか、僕達はこのクローゼットの中から出てきたの?」
「そうだぞ、大きさも手頃だからいつもここを出入口に使ってる」
「…妖力って本当に便利だな」
「ダイヤも使えるようになるさ。というかなってもらわないと困る。そうだ、そこに鏡あるからちょっと自分の姿確認してみろよ」
「鏡…これか。…!ホントだ、耳も尻尾も無くなってる!良かった…これで安心だ」
「だから言っただろ、心配しなくていいって」
声をかける小太郎も、耳と尻尾は既に見当たらない。
妖力を抑えて人間に化けているのだろう。
「とりあえず、家に帰ってお母さんに会ってきたらどうだ?おっと、妖怪になったなんて口が裂けても言うなよ」
「言うわけないだろ!…夜にまた戻ってくればいいの?」
「そうだな…また連絡するよ。お母さんが寝てからでいいから、こっそり抜け出してきてくれ。多分、これから1週間はかなりしんどくなると思うけど」
「…頑張ってみるよ。自分のことももっと知らなきゃいけないし、ずっと小太郎に頼りっぱなしなのも悪いからね」
…頼りっぱなし、か。
小太郎の呟きは大亜には聞こえなかったらしい。
「何か言った?小太郎?」
「いや、何も。じゃあまた夜にな」
「うん、また後で!」
家の外まで大亜を送る小太郎。
アパートの階段を降りた大亜は、小太郎に手を振りながら去っていく。
小太郎も、彼の姿が見えなくなるまで手を振り返す。
「頼りっぱなし、なんかじゃねぇよ。お前は俺よりも遥かに強いんだから」
妖道狐太郎の呟きは、風の中に消えていった。