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5話 長の風格

月野大亜の眠る部屋の襖が静かに開かれ、灯りが差し込んだ。


「おはよう、ダイヤ、起きてるか?」


「…あ、小太郎じゃん。おはよう…」


大亜は大きく伸びをすると、耳と尻尾も引き締まったように感じた。


「…やっぱり夢じゃ、ないんだな」


一晩寝て起きれば狐の耳と尻尾は無くなってるんじゃないか、などと少し心のどこかで考えていた大亜。


痛みはもうほぼない。

小太郎にそれを伝えると、昨日の食事に薬草が含まれていたことを教えてくれた。


「苦味とか全くなかったのに。神奈さんは凄いな」


「俺も一目置いてるよ。彼女も俺と同い歳だってのにすげえよ」


「あ!そういえば、神奈さんから聞いたぞ。小太郎、85歳って本当なのか!?」


げっ、と顔を青くする小太郎。やはり知られたくはなかったらしい。


「ダイヤから見ればじじいだもんなぁ…」


「これからはおじいちゃんって呼んだ方がいい?」


「おいおい、頼むから辞めてくれ!それにしても、あんな短時間で神奈と仲良くなりすぎだっての」


口を尖らせる小太郎。大亜には将来に妖怪を率いる者にはとても見えなかったので、笑みがこぼれる。


(やっぱり、小太郎は小太郎だな)


そんなことより、と真剣な顔で本題に入る小太郎。


「ダイヤ、父上がお前と話したいって」


「小太郎のお父さん、この辺りで一番偉い人なんだってね」


「そこまで聞いてるなら話が早くて助かるよ。来てくれるか?」


「わかったよ。小太郎のお父さん、かぁ…」


妖怪の長。一体どのような人物なのだろうか。

緊張もあったが、期待もある大亜であった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


大亜が小太郎に連れられてやってきたのは、雰囲気が今までとは違う襖の前だった。


(襖を隔てているのに、何だこのビリビリとした空気は…)


狐の体になって気配に敏感になっているからなのか、はたまたこの奥に鎮座する存在の圧力がここまで伝わってきているのか。


「父上、狐太郎です。我が友人を連れて参りました。失礼します」


開かれた襖の先の部屋は広いが、奥には祭壇の様なものが見える。祭壇の前には九尾の男が鎮座していた。


(凄いオーラだ…)


この人が小太郎の父親。


「月野大亜殿、ですな。そちらにお掛けくだされ」


「…は、はい!」


長の前に用意された座布団に正座をして座る。

小太郎は後方で立ったままだった。座らないのだろうか。


近づいてみると、その姿には圧倒された。

九つの尻尾は小太郎より一回り大きく、正面を見て話すだけでもオーラに圧倒される。


これが妖怪の長の風格か───


「この一帯を治める長を務めておりまする、妖道狐白(ようどうこはく)と申す。以後、お見知りおきを」


「狐白…様…と、お呼びすれば…よろしいですか?」


相手は友人の父親である前に妖怪の長である。

変な態度は取れないと、大亜は慣れない敬語を用いて恐る恐る話しかける。


敬語は間違ってないかな…と戦々恐々とする大亜。尻尾まで震え上がりそうだ。

それを見た狐白は…豪快に笑いだした。


「…ふははは!そんなに緊張しなくてもいいぞ、大亜殿!気軽に狐白、とでも呼んでくれたら良い。形式上丁寧に話したが、私自身堅いのは苦手なのだ」


「ええっ!?よ、呼び捨てだなんてそんな…!せめて狐白さん、と呼ばせてください」


荘厳なオーラに押されていた大亜は彼の態度の緩みに驚いた。が、彼は小太郎の父親であることを再認識する。


(小太郎のお父さん…だもんな。笑ってる顔なんかは小太郎にそっくりだ)


「少し肩の力が抜けたようだな。さて、今日貴殿をここに招いたのは…あれとの一件の事ことだ」


あれ、というのは小太郎のことだろう。息子を見やる狐白の目つきは鋭かった。


「私の息子が大変な迷惑をかけた。貴殿には何とお詫びすればいいのか…。表世界には関わるなとしつこく言っておったのだが、まさか人の子の命を奪うようなことになるとは…」


真剣な顔つきに戻った狐白は、正座のまま頭を下げる。


「そんな、顔を上げてください狐白さん!小太郎を守ったのは紛れもなく僕の意志。あなたも小太郎も気に病む必要なんかないんですよ!」


「あなたの人生を我が息子が奪ったのだ。さぞお怒りのことだろう」


人生を奪われた…妖怪と化した今は人生と言えるのかわからないが、これからの生き方は不安でいっぱいであった。


「…たしかに、これからのことを考えると不安です。自分が妖怪になったなんでまだ完全に飲み込めたわけじゃない」


それはそうだ、と頷く狐白。

真摯な目で話を聞いてくれている、誠実な男だと大亜は感じた。


「不安だらけですけど…妖怪になったからこそ、真の小太郎を知れるはずです。あいつの友達としては、良かったことなのかもしれません」


昨日、眠る前に大亜が考えていたことだ。

これからのことはまだわからないが、少しでも前向きになろうと考えたのだ。努力家の小太郎を初めて知ったように、妖怪になったからこそ、彼を真を知ることができるかもしれないと…


「本人がいる前で言うのも少し恥ずかしいですが、今の僕があるのは間違いなく小太郎のおかげなんです。小太郎は僕の目標ですから」


ちらりと後方の小太郎に大亜が目をやる。

威厳のある父親の前なので表情を崩しはしないが、何か言いたげな表情な小太郎であった。


「…大亜殿は変わった方だ。私はあれが表世界で過ごすことにはずっと懐疑的だった。だが、貴殿のような方と出会えたことだけは、あれにとって幸運だったのかもしれん」


優しげな笑顔を見せる狐白。

しかし、とため息をつく。


「あれの罪は、そうそう消えぬ。暫くは妖怪の世界から出さぬつもりだ」


表世界にまた姿を現すことを許可するのはかなり先になるだろうとのこと。


「狐白さん、1つだけお願いをしてもいいでしょうか?」


「ん?何だ、申してくだされ」


「…僕は、表世界に少しだけ戻ってもよろしいでしょうか」


「…!大亜殿、それは真か?」


「はい…僕にも家族がいます。勝手に消えれば心配をかけてしまいますし」


「貴殿はまだ妖怪となったばかりの身。できればここで妖怪の世界について知って頂きたいのだが…」


ううむ、と考え込む狐白。


「失礼します父上、意見を宜しいでしょうか?」


「狐太郎か。申してみよ」


父子の会話になると、狐白は再び厳格な長に戻る。

小太郎も緊張するわけである。


「ダイヤ…大亜は、まだ妖怪になって間も無い。外の危険から自衛する手段もまだ持ち合わせておりません。そこで、私が大亜の身を守るために共に行動するというのは」


それは助かるし、ぜひ頼みたい…そう大亜が答えようとした瞬間、狐白は声を荒らげた。


「狐太郎ッ!貴様、この後に及んでまだ外に出たいなどという戯言を吐く気か!?」


「少しの間だけです!大亜の安全が確認されたらすぐにこちらに身を置くと約束します!」


「ふ、2人とも落ち着いて!」


掴み合いにまで発展しそうな勢いであり、大亜が慌てて仲裁に入る。


「狐白さん、あなたの気持ちも分かります!僕もできるだけ妖怪の世界に来て、少しでも早く自立できるようになります!僕からもお願いします!どうか、小太郎に少しだけでも外に出る許可をお願いできませんか?」


大亜が声をかけると、狐白も少し感情を抑えたようだ。

フゥ、と息をつき、冷静な口調で切り出す。


「私としたことが…取り乱して申し訳ない。しかし大亜殿、これは妖道家の問題だ。貴殿には関係の無いこと」


「そんな…」


「しかし、だ。大亜殿、これから私のする提案は貴殿にも負荷をかけるものだが」


「構いません!」


「…わかった。1週間だ。表世界の日数で1週間だけ狐太郎を外に出す許可を出す。それ以上は認められない」


「…!狐白さん、ありがとうございます!」


「ただし!」


「ひっ!」


「大亜殿は、空いている時間は妖怪の世界に身を置いてもらう。短期間だが、その間にこの世界を知る覚悟、貴殿にあるか?」


「…やります!やってみせます!」


「…よろしい。では、狐太郎と共に妖怪の世界へ来るように」


「父上、本当にありがとうございます」


「決して貴様を許したわけではあるまい。それはわかっておるな?」


「もちろんです。この妖道小太郎、立派な長になるために一層励む所存です」


「口先だけで留まるでないぞ。行動で示せ」


「はい!」


こうして、妖怪の長・妖道狐白と月野大亜の面会は終了したのであった。



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